103 イシュテオールからの使い
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「それは本当ですか? リリアーテ殿。この立派な建物を我らゴードウィン商会で使っても構わないと?」
「ええ。大佐からそう聞いています。それにストレイル男爵からもすでにご許可をいただいているそうなので問題はありません。ただし、なにぶん元は単なる倉庫ですので、生活にはあまり向かないかも知れませんが」
「そんなこたあありませんぜ。あっしらには充分過ぎるというか、むしろ贅沢なぐらいですよ」
「一応ゴードウィン商会様の方々が普通に生活できるよう倉庫内の一部を改築する予定です。それが終わったあと、今居る宿屋からこちらの倉庫に移っていただけとの話でした」
「おい。今の話を聞いたか、ルカルナ。これからこの場所を俺たちゴードウィン商会の倉庫兼住居として利用させていただけるってよ。ラーカンシアにある俺たちの倉庫の何倍も大きいこの立派な倉庫をな」
「リリアーテ様、本当によろしいのでしょうか? 助けていただいたうえにこんな場所まで提供していただいて……」
魔導船ヴィクトーリア号が港町ポートラルゴに到着した次の日、ドラガンたちは後日一緒にラーカンシアへと赴く運びになったリリアーテから今後の説明を受けていた。
今のリリアーテの説明通り、ゴードウィン商会には埠頭のすぐそばに建てられたひと棟の倉庫が貸し出される予定。
今後エルセリア王国の商会が参入した際に、ほとんどの商会が埠頭から遠い陸地部分が割り当てられることを考えれば、ゴードウィン商会は海に面した一等地をあてがわれたことになる。
しかもセレネ公国の仕事を手伝う対価の一部として、この倉庫を1年間無料で貸し出してもらえる約束。
そんな降って湧いたような幸運を前にしたドラガンには、小躍りせんばかりに興奮している様子が浮かんでいた。
「そんなに気にしなくても大丈夫ですよ。その分、ラーカンシアではこちらの仕事を手伝ってもらいますから。それでは倉庫の中をご案内しますね。改築が済んだあとはゴードウィン商会様でお好きなように使ってください。最低限の設備は整っていますので」
そう言ってリリアーテが通用口の扉を開けて先に進む。
その後ろ姿に続くようにドラガンたちも倉庫内へ入ると、そこには不思議な光景が広がっていた。
もともと置いてあった商品は別の倉庫にでも移されたのか、小部屋がひとつ見えただけで、内部はがらんどうの状態。
この倉庫自体の規模が大きいことと、ドラガンの見知らぬ建材で出来ていることを除けば、ラーカンシアにあるゴードウィン商会の倉庫とそれほど変わらなかったかも知れない。
が、天井からは眩いばかりの光が照らされており、そろそろ夕刻も近いというのに倉庫の中は真昼のような明るさ。
しかも特定の場所だけではなく、だだっ広い倉庫内のあらゆる場所が光で満たされている様子だった。
「こ、これは……。あの天井に見えるのは魔道具ですか?」
「ああ、照明のことですか。あれは光の魔道具ですね。セレネ公国では一般的な魔道具なので、そこまで珍しいものでもないのですが。通用口を入ってすぐ後ろの壁に切り替えスイッチがありますので、もし消したい場合はそちらで操作してくださいね」
「ほええ……」
「あの光の魔道具のほかにも、空調の魔道具や、水の魔道具などがあったはずかと。トイレやシャワー、冷暖房、簡易キッチン程度ならどこの倉庫にも設備されているはずですからね」
「空調の魔道具にシャワー、冷暖房? それはいったい?」
「空調の魔道具というのは室温をある程度一定に保つための魔道具ですよ。冬場はまだいいのですが、夏場に室温を下げないと食料品などが腐りやすくなってしまいますので。シャワーは身体を洗うための水やお湯が出る魔道具で、冷暖房というのはさきほど説明した空調の魔道具のことです」
光の魔道具や水の魔道具ならドラガンにも心当たりがある。
空調の魔道具というのはいまいち不明だったが、リリアーテの説明からしても一部の貴族などが所持しているらしい温度に関係する魔道具なのだろうと見当を付けていた。
「そんなものまで?」
「そういや倉庫の中に入ってから何か暖かくなったような……」
「セレネ公国において魔道具という存在は比較的ありふれたものなんです。見下すわけではありませんが、こちらの大陸ではあまり魔道具の研究が進んでいない印象を受けましたね」
「そりゃあセレネ公国と比べれば、未開な文明に見えても不思議じゃありませんな。ただ、それだけ大量の魔道具となると魔晶石のほうをやたらと消費するのでは?」
「いいえ。ここの倉庫全体でもこぶし大の魔晶石ひとつほどあれば、ひと月ぐらいは余裕で維持できる計算。おそらく魔晶石を消費する効率がこちらの国々とはだいぶ違うのでしょう」
魔道具の技術が遅れていることを暗に揶揄されているように聞こえなくもないリリアーテの言葉だったが、これほどの技術を目にすればドラガンたちとて素直に認めざるを得ない。
そもそもあっさりと海獣を倒したことといい、魔導船の凄さといい、セレネ公国があきらかに自分たちより進んだ文明を持っていることをその身をもって感じていたほどだ。
むしろ、そんな進んだ文明を持つ相手とこの先取り引きできるように導いてくれたボードウィンの天秤にドラガンはひっそりと感謝しているぐらいだった。
「設備の説明や細々とした点については倉庫の改築が終わり次第改めてご説明差し上げる予定です。それ以外で何かご質問があるようならお答えしますが? 何でも聞いてくれて構いませんよ」
「あ、あの……。それなら私からひとつだけお伺いしたいことがあるのですが?」
「ええ、何でしょうか?」
「その……、レッド様には奥様がおられるのでしょうか?」
「はい?」
リリアーテとしては倉庫のことや今後の生活について質問があるかと尋ねたつもりだったのだろう。
よもやそんなプライベートな質問をされるとは思っていなかったのか、キョトンとした様子のリリアーテがルカルナに対して聞き返す。
「す、すみません。リリアーテさんが何でも聞いてくれて構わないと仰られたので……」
「はあ。まあ、それぐらいなら喋っても構わないと思いますが。たしか大佐は独身だったはずですね」
「そ、そうなんですね。それとセレネ公国の場合、一般的に平民がお貴族の愛妾やお手付きになったりすることは?」
「普通にありますよ。エルセリア王国などに比べればその辺りの考え方は緩いほうだと思いますので。あの、もしかして大佐のことが気になっておられるとか?」
「い、いえ。私みたいな田舎娘がそんな……」
「すみません。ルカルナのやつ、レッド様に命を救っていただいてから、のぼせ上がっちまったみたいなんで。愛妾にしてくれだなんて贅沢なことは申しません。下女でも何でも構いませんので、出来ればレッド様のお手つきにしていただけないでしょうか?」
「おっ父! な、何を馬鹿なことを言ってんだよ!」
「あん? おめえは今みたいな質問をして相手にバレないとでも思ってんのか?」
「そ、そういうことじゃなくってさ……」
「だいだいだな。レッド様に助けていただいてなけりゃ今頃……なんて独り言を毎日ブツクサ呟いていやがるくせによ。ロンじいやモースにも笑われてんぞ。お嬢にもとうとう春が来たみたいだってな」
「くそっ……。ロンじいやモースまでそんなことを。後で覚えてろよ」
そんなゴードウィン親子のやり取りに困った顔を浮かべるリリアーテ。
話がおかしなほうに向かったせいで、どう対応してよいものかリリアーテは少しばかり悩んでいる様子だった。
「そうですね。これでも大佐とは長い付き合いなので、ひと言だけアドバイス致しますが、ああ見えてけっこう下半身がだらしがないお方ですよ。それにここエルセリアに来てからというもの、何故かやたらとおモテになっているご様子。それ以外の部分は人として尊敬出来ますが」
「おお。そういうことならルカルナにも充分チャンスがあると」
「い、いえ。そういうことではなく……」
「となると、レッド様は露出の多い服のほうが好みなのでしょうか?」
「いえ、ですから……」
「私のように浅黒い肌の女はお嫌いだろうとは思いますが、私洗濯や掃除なら得意なんです」
「はあ……。大佐の好みまで存じ上げませんよ。それと残念ながら下女のほうももう間に合っておりますので」
「そんな。あと私の取り柄といえば船の操縦ぐらいしか……」
「くそっ。こんなことなら料理のほうも覚えさせておくべきだったか」
何とも噛み合わないルカルナやドラガンとの会話にふうっとひとりため息を吐くリリアーテ。
倉庫の案内中に便利な魔道具をちらつかせることで、ゴードウィン親子がより協力的になるよう仕向けるつもだったリリアーテは、そんなふたりに呆れたような顔を浮かべていた。
◇
港町ポートラルゴを一望できる小高い丘。
その丘の上に建つストレイル男爵の屋敷の中庭では、現在エルセリア王国、セレネ公国間の国交樹立を祝う式典が開かれており、多くの人間がその場に集まっていた。
ついさきほどラウフローラとディフリード男爵との手により批准書の交換が行われ、無事両国の間に正式な国交が結ばれていたからだ。
護衛の兵士たちを除けば、エルセリア王国の貴族やその家族だと思われる人物が1割程度。
そして貴族の代理であり準貴族などの肩書を持つ高官や役人連中がだいたい6割ちょっとぐらいか。
残りの1割強はストレイル男爵から本日この屋敷に入ることを特別に許可された町の有力者や大商人辺りだろう。
ただし、挨拶に訪れた人物をラウフローラに紹介しているストレイル男爵の説明と、エルパドールが集めた情報を照らし合わせたところ、現在この式典に参列しているエルセリア王国の貴族のほとんどが、男爵や子爵といったさして有力でもない地方貴族。
むろんいくら国交樹立を祝う式典だとはいえ、王都エルシアードで政務を取り仕切っている中央の有力貴族がぞろぞろとやってくるはずもない。
さすがにラグナヒルト宰相その人が姿を現すとは俺も思っていなかったが、外務卿のグローレス伯爵辺りなら名代として寄越してもおかしくないと予想していたのだが。
それだけラグナヒルト宰相が、セレネ公国を軽んじているということなのか。はたまたそうこちらに示すために、敢えて地位の低い貴族しか送ってこなかった可能性もある。
どちらかといえば後者だろう。
まあこちらの計画どおりに事が運んでいるのも間違いないので、それならそれで別に構わないのだが。
ラウローラのすぐ後ろに護衛として佇み、順番に挨拶にやって来るエルセリア貴族の顔を拝んでいた俺は内心そんなことを考えていた。
そんな感じにラウフローラに挨拶し終えた貴族たちが、そのままバルムンドとジークバード伯爵が談笑している席へと流れていく。
女性の地位が極めて低いエルセリア王国の貴族としては、実質的なセレネ公国の代表はバルムンドだと考えているのだろう。そのおかげで面倒な社交の場に付き合わされずに済んでいるが。
と、エルセリア貴族の紹介もまもなく終わりそうかという頃合いになって、ストレイル男爵の口から意外な参列者の名前が告げられる。
エルパドールの情報にはなかった人物だ。
が、挨拶待ちをしていた貴族たちが揃って頭を下げ、その一団に順番を譲っていることを考えれば、かなり地位の高い人物で間違いないはず。
その先頭に立っていたのは年配の女性で、いかにも優しげな面差しをしているのにどことなく人間味が感じられない表情の持ち主だった。
「これはこれは……。ようこそおいでくださいました。エルミアーナ様」
ストレイル男爵がそう言って先頭の女性に対して恭しく頭を下げる。
ストレイル男爵の言葉や態度から察すると、ほかの者とは少しだけ異なる扱いをしているみたいだ。その相手が年配の女性であることも相まって、俺はどんな人物なのか俄然興味が湧いていた。
「お久しぶりですね、ストレイル卿」
「申し訳ありません、エルミアーナ様。近頃は多忙だったせいで、教会に赴いて祈りを捧げることがなかなかできず……」
「いいえ。教会に来なくても構わないのです。毎日かかさず祈りを捧げることが重要なのですよ。イシュテオール様への祈りはどこに居ても御許へと届くのですから。それでこの方々が?」
「はい。こちらのお方がセレネ公国のフローラ・エリザベート・リアム殿下にございます」
「初めまして、フローラ殿下。そして新たに隣人となられる方々。私はイシュティール教国のエルミアーナと申す者です」
「フローラ様、こちらにおられる淑女はイシュティール教国の聖女であり、現在エルシアード大聖堂において司教を務められておられるエルミアーナ様です」
おそらくイシュテオール教の作法に則っているのだろう。
エルミアーナが両手を身体の前に重ね合わせるようにして変わったお辞儀をしてくる。
俺とラウフローラはこの世界に来て初めて、イシュティール教国の人間と接触していた。




