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102 新しい門出

 ◆


「ふむ。フローラ姫がそのように申し出てきたと?」

「はい。エルセリア王国所属の商団に魔導船を貸し出すつもりがあるとのことです。そしてラーカンシアとポートラルゴ間に新しく海路を結んではどうかというご提案でした」

「なるほど。そういう腹積もりか」


 ストレイル男爵の屋敷内。

 そこにはすでにポートラルゴへ到着を終えていたジークバード伯爵と、さきほどまで埠頭でセレネ公国の面々を出迎えていたストレイル男爵の姿があった。


「今のでジークバード様はおわかりになったので? 私はフローラ姫の真意をいまひとつ測りかねましたが。我がほうへの配慮もあるでしょうし、国家間の付き合いとなれば慎重にならざるを得ない気持ちはわからなくもありませんが、魔導船や船員を貸し出すという点がどうにも腑に落ちないと申しますか……」

「そこまでおかしな話ではなかろう。この先海路を使っての交易が活性化するのなら、現在のエルセリアの船では物足りぬ。その点セレネ公国の魔導船なら安全面や輸送量、速度の点において問題があるまい」

「それはそうでございましょうが、セレネ公国がそこまでする旨味があまりないのでは?」

「おそらくこの大陸の流通に影響力を持ちたいのであろう」

「と、仰られると?」


 ジークバード伯爵の言葉を聞き、ストレイル男爵が不思議そうに問いかける。


「交易の手段が海路に変われば、どうしても魔導船が欠かせない存在になってくる。安全に深き海を航海できる船は、残念ながらエルセリア王国にもラーカンシアにも存在しないのでな。おのずとセレネ公国の影響力が増してくるはずだ」

「わざわざそんなことをせずとも、セレネ公国の珍しい品や安価で質の良い塩などを交易するだけで充分な気も致しますが?」

「ポートラルゴからラーカンシアに輸送する品だけではないのだ。帰りは当然ラーカンシアからの積み荷を積んでくることになる。エルセリア北部向けやマガルムーク向けの荷をな。が、深き海を航海できるのはセレネ公国が認めた商会だけ。そうなれば当然セレネ公国はラーカンシアにも影響力を持つことになるというわけよ」

「なるほど。ですが、魔導船の技術を他国に盗まれる心配はしていないのでしょうか?」

「魔道具の技術が進んでいる国だ。当然なにがしかの対策を施してあると見るべきだな。見様見真似で似たような船を造ることなら可能だろうが、それぐらいならおそらく構わないのであろう。それと実際にデッカー商会のような例もある。迂闊に何かしようとすれば、取り引き停止を言い渡されるだけよ」


 デッカー商会といえば、セレネ公国から貸り受けた冷蔵庫付きの荷馬車を盗賊に奪われたという報告が上がっていた商会だ。

 その場合全額弁償しなければならない契約で、デッカー商会もけっこうな金額を支払ったという話だったが。

 が、その後すぐに盗賊たちの死体と、完全に破壊されていた荷馬車が見つかり、デッカー商会に対してセレネ公国から今後一切の取り引き停止が言い渡された経緯がある。

 それら一連の出来事から考えて、デッカー商会と盗賊たちが裏で繋がっていて、その盗賊たちが死んでいたことにセレネ公国が関わっているのではないかと、ジークバード伯爵は疑っていた。

 むろんエルセリア王国の許可も取らずにセレネ公国が勝手に盗賊を始末したのだとすれば、外交問題にもなりかねない。

 が、セレネ公国がそんなことをしたと認めるはずもなく、ジークバード伯爵のほうも今後の関係のためにそのことには触れないでいた。


「なるほど……。だとすれば、少しばかり危ない提案かも知れませんな。いかが致します? 何か適当な理由を付けてお断りしましょうか?」

「いや。どうせ将来エレナを介して、セレネ公国とは縁続きになるのだ。それにセレネ公国だって我々に配慮している部分があるのだから、ある程度はこちらも譲るべきであろう。そうなったところで損をするのはラーカンシアと直接取り引きがあるロレーヌ伯ぐらいのものよ。中央とはあまり軋轢あつれきを作りたくないが、王都方面やドゥワイゼ帝国への荷に関しては、地理的にレイネの町を経由するしかないので問題あるまい」


 ドゥワイゼ帝国への荷はゴルヴィナ山脈を迂回して西に抜ける交易ルートだったため、海路を使ってポートラルゴまで運べば逆に遠回りになってしまう。

 そのため王都方面の交易に関しては影響が出ないはずだとジークバード伯爵は考えているようだった。


「ロレーヌ伯が何か言ってきませんか?」

「どうイチャモンを付けてくると言うのだ。新しい交易路が出来たせいで、儲けが減ったとでも? それに我々が率先して、これからは海路を使えと商人たちに命じるわけではない。商人たちが陸路と海路のどちらを選ぶかは自由なのだ」

「なるほど。我々があれこれと指図したのでなければ、文句を言われる筋合いなどございませんな」

「エルセリアの船の倍以上の速度で魔導船が航海できるという話が真実ならば、輸送費も抑えられるはず。そもそも陸路と比べれば、到着までかかる日数も相当短縮できよう。どうなるかは自明の理だろうがな」


 結局のところ今回の話は港町ポートラルゴやジークバード領にとって利する話でしかない。

 あまりにもジークバード領が利益を出し過ぎると中央に睨まれる恐れがあったが、その見返りとして魔晶石の鉱山利権を譲渡したのだ。

 その分、こちらが交易で儲けても文句を言えないはず。

 そんな思惑があったのか、ジークバード伯爵がストレイル男爵にニヤリと笑みをこぼす。

 セレネ公国の使節団が港町ポートラルゴに到着したその日の午後、ストレイル男爵の屋敷内ではそんな密談が交わされていた。


 ◇


「みょおおおおおおお! みょっ! みょっ! みょっ!」


 ポートラルゴ内にある屋敷の敷地内に入った途端、俺の姿を目にした孫六がエレナの手を振りほどこうとして暴れ出す。

 久しぶりの再会に興奮しているのか、それともエレナの抱擁からただ救ってほしかっただけなのかは不明だが、必死になって俺の元へやってこようとする孫六の姿があった。


 そのまま俺の足へとしがみついてきた孫六の姿を見て、羨ましそうな視線を投げかけながら、こちらへとやってくるエレナ。

 今日は黒を基調としたゴシックドレス姿。

 いかにも貴族の娘といった感じの派手めのドレスを着たエレナが、俺のことをちらりと一瞥したあと、優雅な仕草でラウフローラに対してお辞儀する。


「フローラ様。長い船旅、ご苦労様でございました。こうして無事再会が叶いましたことをイシュテオール様に感謝致します。それと私、エレナ・ジークバードがジークバード領並びにエルセリア王国を代表して、セレネ公国の皆様を歓迎致しますわ」


 そんなお決まりの挨拶にラウフローラを初めとしたセレネ公国の人間全員が軽く頭を下げて返す。

 ただし、その場に居たのは俺とラウフローラにバルムンド、そしてエレナだけではない。

 もちろんエレナの隣にはお付きであるマーカス少年の姿も見えたが、これまで一度も会ったことがない護衛の兵士がエレナの後方には控えていた。

 といっても、直接会った経験がないというだけで、ピットの映像でなら見たことがある。

 たしか白鷺騎士団の副団長であるサイクスという男だ。

 その男が少しだけ気になっていたのは、さっきからそいつがずっと俺のことを睨んでいたからだ。


「エレナさん、お久しぶりです。そちらはお変わりありませんか?」

「はい、お陰をもちまして恙無つつがなく。フローラ様と再びお会いできる日をエレナは心待ちにしておりました。またセレネ公国のことをたくさん教えていただきたくて」

「まあ、エレナさん。なんとも嬉しいことを。ですが、本日は少しばかり疲れておりまして。すみませんが後日でも構いませんか?」

「ええ、それはもちろん。フローラ様は長い船旅でさぞやお疲れのことでしょう。本日はゆっくりとお休みくださいませ」

「ありがとう。それでは明日にでもまたお会いしましょうね」


 そう言い残してラウフローラが屋敷の中へ先に入っていく。

 そんなラウフローラとバルムンドの後ろに続き、俺も屋敷の中へ入ろうとした瞬間、エレナが俺のことだけ引き止めてくる。


「レッドさん。ちょっとだけ時間をもらってもいい?」


 そんなエレナの言葉に俺はその場に立ち止まる。


「はい? なんでございましょうか? エレナお嬢様」

「もしかして何か怒ってる? 何でこれまでどおり、あんたとかお前とか呼ばないのよ」

「ふう……。そばに兵士たちが控えている手前、エレナ様にも一応体面があるでしょう。私としては気を遣っているだけなんですがね」

「ふんっ。そんなの別に気にしなくてもいいのに」

「こっちはそういうわけにもいかないんですよ。それでいったい何の御用でしょうか?」

「まあいいわ。というか、あなたまだ話を聞いていなかったりする?」

「ですから、いったい何の話でしょうか?」


 エレナが何のことを言っているのか、実は俺も察しが付いていた。

 おそらくエレナと俺の婚約話だろう。

 俺がとぼけているのは、ついさきほどバルムンドとも再会したばかりだったからだ。

 それなのにすでに俺が婚約の話を知っているというのもおかしい。

 むろん帰り際にバルムンドからその話を持ち出されたと言い訳することはできるだろうが、ポートラルゴに着いて早々そんな話をバルムンドがするのも少し不自然だと思ったわけだ。


「あ、あなたと私の婚約の件よ……」


 珍しく顔を真っ赤にしてそんな台詞を口にするエレナ。

 実際のところ、俺はこの話を受けても構わないと考えていた。

 エレナの容姿にはまるで文句がないし、性格的にお転婆でちょっとだけ生意気なところも実をいえば気にいっているぐらいだ。

 それにエレナのことを好みかどうか以前の話で、今後のジークバード伯爵との関係や、この世界における俺の立ち位置が確固たるものになることを考えれば、断るという選択を取ることはちょっと考えにくい。

 ただし俺たちの秘密を話せない以上、エレナと婚約すれば都合が悪い部分が何かと出てくる。あとはそこをどうするかだ。


「は? 婚約ですか?」

「そうよ。提督からそんな話を聞いていない?」

「いや。提督とはついさきほどこの町で再会したばかりで。そんなことはひと言も仰られていませんでしたが」

「そうなの……。でっ、でもすぐに提督からその話を聞かされるはずよ。式典のあとで正式に婚約する流れになっているみたいだから」

「そうなんですか? よりにもよってエレナお嬢様とこの私に婚約話が持ち上がっていると? ですが、いったいなんだってそんな話に……」

「何よ。もしかして私と婚約するのが嫌なの?」

「そういうエレナお嬢様のほうこそどうなんです? 私のことを嫌っているとまでは申しませんが、やたらと喧嘩腰のように見えましたがね」

「そっ、そんなことはないわよ。どうしてもあなたが相手だとキツイ口調になってしまうってだけで。ど、どちらかといえば、好みの殿方かなって……」


 エレナの後ろで俺たちの話を黙って聞いていたマーカスがふうっとため息をこぼす。

 むろんジークバード伯爵から俺の気を惹けと命令されていることも理解しているが、エレナからの好意を俺がまったく感じなかったわけでもない。

 やたらと突っかかってくるところだって、好意の裏返しのように見えなくもないのだ。

 エレナにはああ言ったが、俺がエレナをからかっていることをマーカスにはとっくに見抜かれている様子だった。

 

「そうでしたか。ですが、提督から正式にそういう話をいただいてからですね。そうなってから改めて考えてみますよ」

「そ、そう……。私としては今回素晴らしいご縁の機会をいただいたと思っているのよ。そのことを是非レッドさんに知ってもらいたくて」


 恥ずかしそうに俯きながらそう小声で呟くエレナ。

 貴族の娘としては断れない類いの話なのかも知れない。

 エレナが本心からそう言っているかは不明だが、少なくとも父親から命令されて渋々やっているという感じは受けなかった。


 そんなエレナのことをちょっとだけ可愛いと思いつつも、エレナの後ろに控えるサイクスから憎しみのような視線が向けられていることが俺は少し気になっていた。

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