100 ラーカンシアへの親書
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俺とラウフローラの真ん前で、船の床板に額を擦り付けんばかりにドラガンとルカルナが平身低頭していた。
俺がそうしろと命令したわけじゃない。
ラウフローラが居る応接室まで連れていき、椅子に腰掛けてくれと勧めた途端、何故かこんな状況になっていたというわけだ。
「ドラガン・ゴードウィンさんとルカルナ・ゴードウィンさんですね。この度は誠に災難でしたね。私はセレネ公国のフローラ・エリザベート・リアム。どうぞ、その椅子にお掛けになってください」
ラウフローラも優雅な口調でそう話しかける。
が、ドラガンのほうは額を擦り付けたままだったし、ルカルナのほうは少しだけ震えている様子。
まあ、無理もないか。
道中、これから会う相手はセレネ公国の第2公女だと説明したばかり。
それにフローラ公女に扮したラウフローラにはどこか近寄り難い雰囲気というか、王族然とした高貴な様子がある。
ただの平民に過ぎないドラガンたちにしてみれば、見知らぬ国だろうが何だろうが、目の前に居るラウフローラは雲の上の存在に見えたに違いない。
「そんなんじゃろくに話もできないだろ。気楽にしろとまでは言わないが、せめて普通に椅子に腰掛けてくれ。そもそもお前たちはセレネ公国の民ではないんだ。多少の無作法も問題ない」
「へ、へえ……」
俺がそこまで言ってようやく安心できたのか、ドラガンとルカルナのふたりが揃って腰を上げ、椅子に腰掛ける。
俺のほうはフローラ公女の護衛という立場なので一緒に座るわけにもいかず、ドラガンとルカルナを見下ろすように隣に立ったままだったが。
俺がふたりをこの場に呼んだのは、ドラガンたちがラーカンシア諸島連邦所属の商人だったためだ。
エルセリアとマガルムークとはすでに接触済み。近場で残るのはラーカンシア諸島連邦とドゥワイゼ帝国ぐらいで、俺としてはその両国とも何らかの繋がりを持ちたいと考えていたところだった。
「何でもドラガンさんたちはラーカンシアのお方だとか? ラーカンシアといえば、ここからかなり南にある国だと聞きましたが。それが今回何故このポートラルゴ近海に?」
「そ、それは交易のためでございます」
「ですが、エルセリア王国と取引するにしても、南方の都市で取引してそこから陸路で運ぶというのが一般的な交易ルートなのでは。わざわざ遠いポートラルゴまで船で運ぶ理由があったのでしょうか? しかも、航海していたのは深き海。西大陸の船乗りたちは皆深き海を避けるものだと聞き及んでいますが」
あの沈没事故が俺たちの注目を引くために故意に起こされたものだと疑っているわけではないが、その辺は一応聞いておきたいところだ。
ラーカンシアとエルセリアの間では、エルセリア南部にあるヴァイツェンシュタットという港町で盛んに交易が行われているという情報を得ている。それ以外となるとエルセリアの王都に近いレイネの町だろうか。
そのふたつの町ならわかるが、港町ポートラルゴまでやってくるラーカンシアの船は珍しいらしく、何故俺たちと鉢合わせするタイミングでドラガンたちがやってきたのか、少しばかり気になっていた。
「そ、それは現状ポートラルゴでなら塩が高値で売れるはずだと考えたと申しますか……」
「なるほどな。塩か。確かに本来なら高値で取引がされていたはずからな。そういう目的ならわからなくもないが。だが、どうしてわざわざ深き海に?」
「モタモタしていたら商機を逃すと思って焦っていたのです。その商機もすべて船と一緒に海の底に沈んじまいましたが」
「どのみち高値では売れなかったと思うぞ。セレネ公国の交易品の中には塩も含まれていて、比較的安価で取引されているんでな」
「そんな……」
俺の言葉を聞いてがっくりと項垂れるドラガン。
どうせ失った積み荷だ。今更、塩の値段がどうであろうと関係ないはずだが。
「そういう理由だったのですね。事情はよくわかりました。それでこの後、ドラガンさんたちはどうなされるおつもりなのでしょうか? もしかしてポートラルゴかエルセリアのどこかに商館をお持ちだったりとか?」
「い、いえ。ポートラルゴで商売するのは、今回が初めてだったものでして」
「そうですか。それでしたらラーカンシアに帰る手立ては?」
「うっ。今のところございません。正直、途方に暮れている状態で」
「なるほど。そういうことなら私のお願いを聞いてもらえませんか? 災難につけ込むようで申し訳ないのですが、その代わりに先払いで報酬や食料をお渡ししますので」
「へ? 報酬と食料をでしょうか?」
「はい。それと船を失くしたそうなので、魔導船をこちらからお貸し致します。その船でラーカンシアまで連れていってほしい者が何名か居るのです」
ラウフローラがそう言った途端、ドラガンが目の色を変える。
ドラガンたちの窮状を察して助けてやろうという気持ちも少なからずあったが、何もそれだけじゃない。それでなくてもいずれラーカンシアには人を送る予定だっただけだ。
「ぜ、ぜ、是非やらせてください。ラーカンシアまでの船旅ならこのあっしがまさに適任かと。大船に乗ったつもりで任せてくださって構いませんので」
「ただし、こちらにも多少都合があるのですぐというわけには参りません。その間ドラガンさんたちにはポートラルゴに留まってもらい、セレネ公国の魔導船の操縦方法を覚えてもらうことになると思いますが、それでよろしいでしょうか?」
沈没したドラガンの船の代わりにセレネ公国の魔導船を貸し出す予定だ。
そのため動力として魔晶石か何かを使っているように見せかける必要がある。
それと魔導船内部のマナ動力炉など重要な部分は部外者が立ち入れないようになっているが、念のためにしっかりと偽装し直しておかなければならない。
ラウフローラが時間をおいたのは、急遽こういう話になったために、隠蔽工作を施した魔導船を用意する時間が必要だったというわけだ。
「はい。何も問題ございません。なっ、ルカルナ」
「は、はい。炊事でも洗濯でも、た……大佐の身の周りのお世話でも何でも致します」
ラーカンシアに送るのはリリアーテと自動機械にするつもりだ。
正直なところ、今リリアーテに抜けられるのもあまり好ましくないが、かといって俺自身やバルムンド、ラウフローラ辺りがラーカンシアへ赴くわけにもいかない。
ただし最低でもひとりはドールを送りたいので、結局はリリアーテに任せるしか選択肢がなかったというわけだ。
「それで、あっしはセレネ公国のお方をラーカンシアまで送り届けるだけでいいんで?」
「いえ。可能ならば、ラーカンシアの上の方にお話を通してもらえないでしょうか。ドラガンさんはそういったお方に伝手などありませんか?」
「というと、評議員のどなたかということでしょうか?」
「そうなりますね。聞くところによれば、ラーカンシアは現在8名の評議員の方々が政務を取り仕切っておられるとの話。何とかその方々に取りなしをお願いできればということです」
エルパドールの集めた情報によると、現在ラーカンシア諸島連邦は君主制を取っていないらしい。
大昔から大商会が政治に口出しできるほどの力を有しており、いつからか政治体系が議会共和制に近い形になったという話だ。
そのために評議員に選ばれるのは、ラーカンシア内でも特に力を持っている商人。それこそがラーカンシア諸島連邦が商人の国と呼ばれる所以だった。
「評議員の誰でも構わないと仰るのなら、多少お話を通せないわけでもありません。ですが、うーん……」
「はい? 何か問題があるのですか?」
「そうですね。初めからご説明差し上げると、ラーカンシアは大きく3つの島にわかれております。小さい島も数にいれれば、もっとたくさんの島がございますが。ラーカ島、ダマネスク島、シシール島がその3島ですね。大昔からその3島は別の首長が治めているのです。ラーカ島のブルカ様、ダマネスク島のルワンダ様、そしてシシール島のシシマール様などがそうです」
「へええ。そいつは初耳だな」
「グリーンウッド大佐がご存知ないのも無理はないかと。表向きは8名の評議員がラーカンシアの政権を握っていることになっておりますので」
「そこが違うというわけか」
「はい。実際にはブルカ様の息がかかった評議員が3名、そしてルワンダ様が3名、シシマール様が2名の評議員を抱えております。結局のところ各首長の合意の元、その意を汲んだ評議員の手により、政務が行われているというのが実態でして」
「なるほどな。実権は首長のほうにあるということか……」
議会共和制なのに君主や首長が存在するのはままある話だ。
ただし、その場合君主や首長の権限を制限しているのが普通だと思うが。
いずれにせよ、なかなか面白い話が聞けた。
この調子でドラガンたちにはラーカンシアの内情をベラベラ喋ってもらいたいところだが。
「評議員の方で全然構いません。そこまで込み入った話でもありませんからね。セレネ公国からの使者を送り、親書を届けてもらうだけです。軽いご挨拶程度ですよ」
「エルセリア王国のようにラーカンシアとも国交を結ばれないので?」
「ええ、しばらくはこのままになります。ですが、ラーカンシアとも交易はしたいと思っていますが。ですので、エルセリア王国を介しての中継貿易という形をこちらは望んでいます」
何故、ラーカンシアと直接取り引きしないのか。
それはジークバード伯爵やストレイル男爵の要望がそうだったからだ。もちろんジークバード伯爵はそう匂わせてきただけで、はっきりと強制してきたわけではない。
が、セレネ公国のために新しい港まで建設中だというのに、その最中にセレネ公国がほかの国と取引するようになれば、ジークバード伯爵としては俄然面白くないはず。
それにこちらとしては交易で儲ける気がほとんどない。
それよりも交易の中継港としてポートラルゴや、ひいてはジークバード伯爵を富ませ、セレネ公国との繋がりを切り離せなくさせたほうが都合がいいってわけだ。
「そ、それならもしかしてこの先ゴードウィン商会がラーカンシア側の取引を請け負うという可能性も?」
「どうだろうな。ドラガンがしっかりと今回の役目を果たしてくれたら、俺としてはちょっとぐらいラーカンシア相手の取引を任せてもいいと思ってるんだが。むろんすべてを任せるわけにはいかないがな」
「グリーンウッド様あああああ! もしゴールドウィン商会にお任せいただけるようであれば、貴方様の下僕だろうが奴隷だろうが何にでもなりますから」
「わ、私もグリーンウッド様の下女として働きます!」
そんなことを叫んだかと思うと、ドラガンとルカルナのふたりが当然椅子から立ち上がり、俺の足に縋り付いてくる。
何を大袈裟なと思わないでもなかったが、それほどドラガンたちの先行きが怪しかったということなんだろう。
まあ船も積み荷もすべて失ったのだ。
その損害がゴードウィン商会にとってどれほどのものだったかわからないが、ドラガンたちがこうなってしまう気持ちも多少わからなくなかった。
「どうでしょう? フローラ様。ドラガンたちに交易のほうも少しだけ任してみては?」
「そうですね。当然ながらラーカンシアとの話し合いが上手くまとまらなければ、意味がありません。その話し合いが上手くいったら考えてみましょうか」
「あ、ありがとうございます。フローラ様」
「ありがとうございます」
ふたたび床板の上に平身低頭となったドラガンたちが、ラウフローラのほうに向けて頭を下げる。
そんなドラガンたちの様子を見た俺は笑いそうになるのをこらえていた。




