10 集落
「なるほど。どこからどう見ても人間そのものだな……」
集落を見下ろす小高い丘の上。
俺はエアバイクに跨ったままの状態で、辺り一帯の様子を観察していた。ピットがこちらの世界の住人を発見したとの報告を受けた俺は、すぐさまエアバイクに飛び乗り、自ら偵察へと赴いたのだ。
向かって右手に見えるのはおそらく農耕地なのだろう。
真っ直ぐに天を向いた植物が辺り一面を黄金色に染め、ぽつぽつとその場所に点在して見えるのは、農作業に勤しんでいると思わしき人々。
栽培している植物は一見麦のようにも見える。
遠目に見ただけなので何とも言えないが、穂が頭を垂れていないことからして、俺の知っている作物なら稲ではなく、麦かそれに近い作物だろうと思ったってことだ。現状はっきりとわかるのは、まもなく収穫時期を迎えそうだということぐらいか。
集落のほうに視線を動かすと、そちらにも住人らしき人影が見え隠れしていたが、その姿はまばらだった。
現時点で確認できた人数は50人ちょっと。
それだとこの集落の規模から言えばだいぶ少ない感じがする。
朝日が出てまもない明け方だということもあり、まだみんな眠りについている可能性はある。それとももしかしたら、とっくに集落外へと出掛けているのだろうか?
まさかこの集落全体で50人ほどしか住んでいないということもあるまい。
この集落がどこか近くの都市の衛星農業地だという線も考えられるので、農耕地の広さだけでは何とも言えないが、建物の数からすれば最低でも300人前後の住人がこの地に住んでいなければおかしいと俺は睨んでいた。
『現時点まで観察したかぎりでは、基本的な行動は地球人とかなり似通っております。また、生活様式や建築物などに用いられている技術から判断すると、古代ローマ時代から中世ロマネスク時代相当の文明レベルと推察。一部林業も営んでいるようですが、基本的には原始的な農耕文化であり、際立って異質な点は見受けられませんでした。ただ、細かい面にまで目を向けると少々気になる点もございます』
「ん……と、いうと?」
『この集落の防衛設備に関してです。農耕地を含む生活圏がぐるりと一周、防護柵に囲まれており、かなり厳重に守られている様子。これはこの住民たちにとって敵性生物が存在する証拠かと。さらには南北2地点に存在する門が双方閉ざされており、その付近にそれぞれ2名ずつ、武装した門番らしき姿も見られ、現在厳戒態勢を布いているものと思われます』
ウーラの言うとおり、集落全体を囲むような形で防護柵が設置されていた。
多少違和感があったのは集落部分だけではなく、農耕地までぐるりと防護柵で取り囲んでいる点だ。
といっても、上部を円錐状に削った丸太を等間隔に並べ、斜めの支柱で支えただけの簡素な作りでしかないが。
この程度なら簡単な足場さえあれば問題なく乗り越えられるし、弓矢などは防げないだろう。
ということは人間同士の戦争に備えてではなく、俺も遭遇したような野生生物を警戒してという意味合いが強いように感じる。
「ふーん。実際のところ、どういった意図があるのか俺にもわからんが、こいつらの感覚だとこれが普通ってだけじゃないのか? よそ者が勝手に入らないようにしているだけなのかも知れんぞ」
『集落へと続く主要街道の様子――中でも草木があまり踏み均されていないことから考えますと、そこまでこの集落に人の流入があるとも思えません。そうである以上、平時から門を閉ざし、武装した門番を常駐させなければならない理由があまりないかと』
「うーん、そう聞くとウーラの主張も頷けなくはないか。とりあえず住人の様子をもう少し詳しく知りたい。ズームできないか?」
『申し訳ありません。ピットの解像度では現在の20倍が限界になります』
集落の北門まで、おそらく400メートル~500メートルといったところだろう。その光景が20メートル~25メートル先の距離感に見えていることになる。
「この距離だと顔は見えるが、微妙な表情の変化まではわかりにくいな。なら音声のほうはどうだ? 現在地からあちらの音声を拾えないか?」
『ピットで集落内の音を拾い、その音を増幅させることは可能ですが、その場合他の自然環境音がかなり混ざってしまうため、住民の音声のみを選別する作業に時間がかかってしまいます』
「となると、結局ピットを近付けたほうが早いのか。目視以外の索敵手段がないことにかけて、高度100メートルぐらいまで上昇させたあと接近させてみるのも手だな。ただ、そうなるとそこから簡単には動かせなくなるが……」
孫六やキメラのケースに比べて、随分と慎重になっているのは相手が人間のような姿形をしていたからだろう。それに未知の相手が一か所に多数集まっている以上、安易に俺が出向くわけにもいかない。
もしかしたら地球人と何らかのかかわり合いがあるのかも知れないという一縷の望みとともに、おのずと警戒心も高まっていた。
この世で一番怖いのは人間だという現実を俺が骨身に染みて感じていたからだ。
『ただいま北に向かわせたピットCを急ぎこちらへと呼び寄せている最中です。もうしばらくすればピットCも到着し、両視点併せて確認可能になりますがいかが致しますか?』
「ああ、そうだったな。なら構わん、やってくれ。万が一ピットが見つかったときは、一目散に逃げ出すだけの話だしな」
俺の了承の合図とともに、付近を漂っていたピットが浮上を開始する。
その場で真っ直ぐ上昇していったピットの姿は次第に小さくなっていき、かろうじて視認できるかどうかというサイズになったところで一旦停止した。
と、今度は向きを変え、集落のほうへ飛んでいく。
俺から見ると豆粒ほどのサイズだ。
そうそう気付かれることもあるまい。ましてや遥か頭上を飛んでいる物体。
門番が飛行生物などを警戒し、上空を監視していないかぎり見つかることもないと思うが。
『ピットAが北門の上空付近に到達致しました。現在、確認できる範囲ではピットAの方向に注意を向けている存在はいません。このまま降下させます』
「わかった。こちらから遠目に見たかぎりでは、門番に変わった様子はなさそうだ。この分なら問題なさそうだな」
ピットが降下していくにつれ、集落の様子が詳細まで映像として伝わってくる。
その映像から判断すれば、今のところ門番がこちらに気付いた様子はない。道中、建物の陰に隠れていた住人を数名発見したものの、それ以外は集落全体でこれといった変化も見られなかった。
『高度3メートルまで下降。建物内部にも生体反応を複数発見。現在地から半径100メートル圏内に8名、この集落の住人と思われるあらたな生体反応を確認致しました』
「了解。そっちの音声も併せて拾ってみてくれ」
すぐさまマルチプルデバイスを通じて音声が聞こえてくる。
音を増幅させているせいでジーっというノイズ音が若干混ざっていたが、それでも聞き取れないほどではなかった。周囲よりひときわ高い建物の屋根の上にピットが降り立ったため、視認できる範囲も多少狭まりはしたが、これならばそうそう見つかることもあるまい。
『*************、*********。**********、********。*******************』
なかば予期していたこととはいえ、何を言ってるかまったく理解不能。
少なくとも俺が知っている範囲の言語とは、似通っている部分すら見当たらない。だが、多少ノイズ混じりのその声が、あきらかに言語のような響きを持っていることは俺も気付いていた。
「どうだ? 何ごとか喋っているような感じはするが、何を言ってるのかまるでさっぱりだ。俺が知らないというだけで地球のどこかの言語だったり、そうじゃないにせよ、ある程度一致している部分はないか?」
『情報量としては圧倒的に不足していますが、現時点で一致、または類似しているような言語は皆無です』
「駄目か……」
『ただし、この音声が地球人と同じく100Hz~1000Hzの周波数帯で構成されている事実からすれば、発声できる音もおのずと限定されていることになり、充分解析が可能な言語であるように思われます』
「解析可能か。それじゃあ、まったく未知の言語をゼロから解析するものと仮定して、最短でどれくらいの日数がかかりそうだ?」
『地球の言語と同程度の語彙量だと仮定し、この集落全体から十分なサンプル数が収集できた場合、1か月から2か月程度かと。正確性を度外視し、日常会話レベルでという前提条件が付きますが』
「意外と早いな。とりあえず簡単な意思疎通ができればそれで充分だ。元より完璧なものなど求めてないし、間違っていたり多少言葉を知らなくても学がないってことでとぼければ済む話だろう」
そういえば、地球の言語の多くは1000語~2000語ほど覚えれば、日常会話の80%は理解できると聞いたことがある。
ようは基本的な文法構造と簡単な単語さえ覚えれば、日常会話ぐらいなら何とかなるって話らしい。
『言語情報を記憶強制送信する際、脳に負荷がかかるため、なるべくなら艦長自身が実行するのは避けたほうがよろしいかと。安全に万全を期して行った場合でも、脳に直接言語情報を送り込む仕様上、一定の苦痛を伴う事態は避けられません。こちらの世界の住人との表向きの折衝はドールに任せ、艦長は通信を通して随時支持を出す立場に回るという選択が推奨されます』
「いや、いい。今は選んでいられるような状況でもないからな。俺がこちらの言語を覚えて意思疎通できるようになるなら、そのほうが話は早い。自分で直接言語を覚えるプランで行く」
『了解しました。たったいまピットCが到着。今後、ピット2機を交互に任に当たらせますので、継続的な情報収集が可能となります』
この地に4機中2機のピットを回してしまった分、他の地域の探索活動がこれからいっそうはかどらなくなりそうなのが問題といえば問題か。
ただでさえ最低でも1機は手元に残しておき、付近の警戒に当たらせる必要があったし、本来の使い方ではないため探索速度も遅い。それにある程度上空から広範囲を確認させているとはいえ、ピットでの探索範囲は扇状に広がっており、そこを弧を描くように移動させているため、離れれば離れるほどより広い範囲を探索させる必要が出てくる。
直線で3時間ほどの距離にあった集落の発見に5日もかかったのはそのせいだ。
「よし。となれば、動くとしても言語の解析を待ってからってことになるな」
当初の考えでは、一度こちらの世界の住人と接触してみて、その反応を元に対策を練る計画であった。
だが、言語による意思疎通が可能かも知れないということになると、話は当然違ってくる。このまま闇雲に突っ込むのは得策とは言えないだろう。
あと考えなければならないのは俺の護衛だろうか……。
いずれ接触しなければならないとはいえ、さすがにひとりきりというのは危険だ。実際には何体かドールを引き連れていくことになる。
ただ、そうなると動物型のドールをそのまま連れていくわけにはいかなかった。姿形を人間に見せかける必要が出てくるってわけだ。
俺はあらたにピットCから送られてきた映像を眺めながら、今後の展開をどうするかで頭を悩ませていた。




