悪役令嬢は皇子様からの婚約破棄を望んでいたはずなのに
私が前世の記憶を取り戻したのは一週間ほど前。
ここが前世で読んだ小説の世界だと確信したのは三日前。
そして小説のストーリーから大きく逸れていると気付いたのが今。
穏やかな風のふく午後三時。
学院の中央にある大きな庭園の片隅で目の前に立つ少女を前に頭を抱えたくなった。
そんな私の心境を知る由もない皇子二人は不思議そうな表情で私を見つめる。
「オリヴィア、そんなに難しい顔をして今度は何を考えているんだ?」
私の婚約者である第四皇子のオズワルドは優しく微笑みかけてくれた。
赤銅色の髪に琥珀色の瞳の大層容姿の整った彼はいつも私に優しい。
それは愛故なのだと本人から毎日、いや、顔を合わせる度に聞かされていた。正直ちょっとうざい。
「何も。少し驚いただけです」
感情を表に出さないよう気をつけながら返す。
オズワルドはそれ以上追求してこなかった。
彼はいつもそうだ。
私の言葉を疑うことは絶対にない。それも彼曰く愛故、なのだそう。
けれど彼が愛すべきは私ではなく、目の前にいる桜色の髪の可憐な少女だ。
シャルロット・アンナ・ド・オーランド。
この世界の主人公であるはずの人。そしてこのタイミングで出会うはずのない人。
オズワルドの弟である第七皇子からの紹介という小説の展開とは全く異なる形で彼女は私達の前に現れた。
小説の中ではピンクブロンドの長い髪を持つ可憐で聡明な少女だったのに、今目の前にいる彼女の髪は短くて貴族令嬢らしさはあまりない。
可憐さはかろうじてあるものの、自信なさげでどこか暗い雰囲気を漂わせている。
どうして小説と違う姿なのだろうか。
シャルロットとオズワルドは互いに惹かれ合い、嫉妬心からシャルロットを害そうとした私を断罪した後に結ばれる。
それが小説のストーリーだ。
この世界の運命だ。
なのにシャルロットに出会ったオズワルドは彼女に何の興味も抱かなかったらしい。
これは由々しき事態だ。
オズワルドはシャルロットに恋をして婚約者であるオリヴィアを捨てる。それは変えてはならない宿命だ。
というかそうなってもらわないと困る。
なぜならオズワルドは顔よし身体よし頭よしの完璧皇子だけれどとんでもない脳筋皇子だからだ。
彼の脳筋エピソードは両手の指では足りないほど大量にある。
私の髪の毛が木の枝に引っかかったときは、落ち着いて解けばいいのにわざわざ枝を折った。おかげで私は馬鹿でかい木の簪をつけることになった。
資料庫の鍵がなくて立ち往生している時には扉を破壊した。周囲に響き渡る轟音で無駄に目立って本当に居たたまれなかった。
トラブルに巻き込まれて時間がなくなって慌てているときには私を抱えて塀を乗り越えた。怖くて確認できなかったが、あの時近くを歩いていた人に下着を見られてしまったかもしれない。
思い出すだけで恥ずかしくて死にそうだ。
とにかく彼は困りごとの全てを力技で解決しようとする。
小説だと精悍で頼りになる皇子だったのに!
こんな人が夫だなんて嫌だ。
何としてでもシャルロットとくっついてもらわなければならない。
私はシャルロットを品定めするように頭のてっぺんからつま先までじっくりと見た。
視線は落としているし顔は強ばっているし真っ直ぐ立っているものの胸を張っていないために弱々しく見える。
こんな状態で皇子の前に立つなんて。主人公であったとしても許されない。
「……シャルロット様。王女たるもの、いついかなる時も堂々と立つものです」
「オリヴィア嬢、他国の王女に対してそのような事は……」
慌てたように口をだす第七皇子を睨みつける。
「ここに居る以上は学院のルールに従っていただきます。ここでは上級生が下級生を教育する義務があるのですから」
シャルロットは私より二つ下。
編入初日に紹介されたのだから私が彼女の面倒を見なければならないだろう。
皇子から直々に紹介されたのだから見て見ぬふりするわけにはいかない。
この国で貴族令嬢に最も必要だとされているのは社交の能力だ。
そして周囲にいる令嬢の質も私の評価に繋がる。だからシャルロットが貴族令嬢らしく振る舞えなければ私は社交の項目で減点されてしまうのだ。
でも本当の目的は別にある。
オズワルドがシャルロットに惹かれないのは、彼女が小説の描写と異なっているからだ。
小説の中のシャルロットは小柄で可憐な少女だ。けれど一国の王女に相応しい気品を持ち合わせ、何より芯の強さが周囲の人を惹きつける。
けれど今の彼女にそれらの要素はなく、ただの可愛いだけの女の子だ。
それではオズワルドの気を引くことはできない。
だから私がシャルロットを矯正する。
小説のような可憐で強く魅力的な少女に変えるのだ。
ついでに重箱の隅をつつくように厳しく指導して、主人公を苛む悪役令嬢としての役割もきっちり果たすこととしよう。
そうすればオズワルドの興味は私からシャルロットに移るだろう。
小説のストーリー通りに進み、最終的に二人は結ばれる。
そして私は晴れてオズワルドの婚約者という面倒事から開放されるはず。いや、そうなってもらわないと困る。
「さぁ行きましょう。学院の中を案内する前にまずは我が国の慣習と学院のルールについてお教えしますわ」
「は、はいっ」
皇子二人をその場に残し、私たちは自習室へ移動した。
◇ ◇ ◇ ◇
由緒あるクラーク侯爵家に生まれ美人で何でもできた私は、全てのことにおいて一番でなければ気が済まないたちだった。
だから皇子の婚約者になることを目指した。
オズワルドは九人いる皇子達の中で誰よりも優秀で最も特別な人だった。彼の婚約者に選ばれるということは私がこの国で最も優秀な女性であることの証明に他ならない。
そうして一昨年の夏、私は最も優秀な皇子の婚約者となった。
オズワルドのことを愛しているわけではないが彼と結婚することに不満はなかった。
彼が皇帝になれば何人もの優秀な女性を娶ることになるけれど、嫉妬なんてしないし寧ろ気楽でいいと思っていた。
前世の記憶が戻るまでは。
日本での記憶を得たあの日から私の価値観は大きく変わってしまった。
月並みだけれど、誠実で私だけを愛してくれるイケメンと結婚したい。
脳筋で他所の女に心を奪われるような皇子とはさっさと離れて私だけの運命の人を見つけたいのだ。
だからこそシャルロットを小説通りの完璧王女にして、さくっと婚約破棄してもらって新たな私の人生を歩みたかったのに……。
主人公であるシャルロットは少しだけ照れたようにもじもじとしている。
その様子は小動物のようでとても可愛らしい。穏やかな日差しの差し込む中庭で、シャルロットの周囲だけ輝いて見える。
流石は主人公、といいたいところなのだが。
「オリヴィア様、ハンカチに刺繍してみました。見ていただけますか……?」
差し出されたハンカチを受け取って刺繍を見る。
中央には華やかなルビー。その上にクラーク家の紋章が刺繍されている。
精緻で色数も多く、もはや刺繍の技術は文句のつけ所がない。
けれど。
「……どうしてハンカチにこのような刺繍を?」
「オリヴィア様に贈りたくて。以前好きだと仰っていたルビーとクラーク侯爵家の紋章なら喜んでいただけるかと思ったのです。この鷹の羽の部分、とても頑張りました」
誇らしげに、でも少しだけ恥ずかしそうにシャルロットは理由を教えてくれた。
紋章の中央に居る鷹は生き生きとしていて迫力がある。
刺繍だけを見ると確かに素晴らしい。
ここまでやれる人は世界中どこを探してもいないだろう。
けれどこれはハンカチなのだ。
中央にこんなでかでかと刺繍していたらハンカチとして使うことなんてできない。
そもそも折りたたんでしまうことすら難しいだろう。
「確かに刺繍の出来はとても素晴らしいです。ですが、以前も申しましたようにハンカチだというのならそれに相応しい刺繍をしてください。これではハンカチとして使うことはできません」
私はなるべく冷たく突き放すように言った。
前回は確か本の挿絵を刺繍にしてきていた。その本は童話の絵本で、ハンカチの片隅に迫力のありすぎるドラゴンが牙を向いていた。
その前は練習と称してハンカチ一面に花を刺繍してきた。色とりどりの花が刺繍されたそれは花束のようだった。
そして今日のこれ。
これはもはやハンカチというより絵画だ。
額に入れて壁に飾ればいいインテリアになるかもしれない。
これでシャルロットの作品は三作目。また私の部屋が華やかになってしまう。
「も、申し訳ございません……」
シャルロットは慌てて謝罪の言葉を口にしたが、何故かその表情は明るい。
喜んでいるようだ。
彼女はいつもそうだった。
厳しく突き放すように注意しても凹むどころか嬉しそうにする。
ドMか? ドMなのか??
小説の主人公なのに。そんな設定どこにも書いてなかったんですけど。
「次はもっと頑張るのでまた見て貰えませんか……?」
やっぱりもじもじと恥ずかしそうに言うシャルロットは可愛い。
可愛いのだけど、これはやっぱり怒られたくてやっているのだろうか。
まぁでもこれはいい機会だ。
笑顔で頷く。
なぜなら私は悪役令嬢としてシャルロットを虐めなければならないのだから。
けれどやり過ぎればクラーク侯爵家に泥を塗ることになるし、他国の王女を害する行為は私の未来をも閉ざしてしまう。だから単に彼女を虐めればいいというわけではない。
肝心なのはシャルロットに冷たくしているところをオズワルドが目撃して私を見限ること。そして彼が私の代わりに健気なシャルロットを好きになること。
その二つの目的を達成するための計画は今の所順調に進んでいた。
私はほぼ毎日シャルロットに冷たい言葉をかけているしオズワルドもばっちりそれを見ている。
このままいけば私は穏便に婚約破棄してもらえるはず。
「こんなところに居たのか。今日もまた俺に隠れて二人きりで話をしていたのか?」
後方からオズワルドに声を掛けられた。
あらわれるのがあと二分早ければシャルロットに冷たくしているところを見てもらえたのに!!
振り向くと優しく微笑みを浮かべているオズワルドが立っていた。
彼は容姿だけはこの国一番だと思う。キラキラ輝いていて、本当に絵になる人だ。
そんなオズワルドの隣には可憐なシャルロットこそが相応しい。
「隠れてなんていませんわ。いつものようにシャルロット様とお話していただけですから」
後ろめたいことなど何も無い。
けれど疑ってほしいから少し含みのある言い方をした。
「最近はいつもそう言うな。たまには俺と二人で過ごさないか?」
「皇子直々のお誘いは光栄ですが……まだシャルロット様が心配ですのでまたの機会に。彼女には私の助けが必要ですから」
シャルロットから引き離そうとしても無駄だ。
まだ暫くは彼女をしっかりと虐めないといけない。
見かねたオズワルドがシャルロットに手を差し伸べるまで虐めぬくのだ。
「オリヴィア様にはいつも親切にしていただいて……婚約者として共に過ごす時間を横取りするような形になってしまい申し訳ありません」
シャルロットはオズワルドに謝罪した。
けれど、なんというか彼女からは申し訳なさは感じられない。
オズワルドと会話ができて嬉しいからだろうか。
これは後からキツく言い聞かせないと。
皇子に対して、しかも婚約者である私の目の前で色目を使うなんて言語道断だ。
「気にする必要はありません。シャルロット様の指導が一段落すればまた共に過ごせるようになるのですから。それにオリヴィアが私の婚約者であるという事実は変わらないのです。この程度の僅かな時間を惜しんだりはしません」
まだ距離があるけれど、やっぱりお似合いの二人だ。
二人が微笑んでいるだけで視界の全てが輝いているし心做しか周囲の空気が清浄化された気がする。
「オリヴィア様、昨日国から特別なお茶が届きましたの。日頃のお礼にお茶菓子もご用意しております。そろそろ準備ができる頃ですから寮へ戻りませんか?」
「ありがとうございます。ではオズワルド様、私たちはこれで失礼します」
「また二人きりになるのか」
「ええ、シャルロット様とは話さなければならないことが沢山ありますから」
私の言葉にオズワルドはほんの少しだけ眉をひそめた。
これは私を疑っているに違いない。
この後陰湿な虐めをするんじゃないかと心配しているはずだ。
最近はオズワルドも私とシャルロットが二人きりになることにやんわりと苦言を呈するようになってきていた。
どうにかしてシャルロットを助けたいのだろう。
もう少しすれば私に対する不信感が溜まり愛情も完全に覚めるはず。そして可憐なシャルロットに惹かれ、小説のストーリー通りに秘密裏に付き合うようになるはずだ。
計画通り。
さすが私。
ここまで来ればもう勝ち確定だ。
小説のストーリーから逸脱していると気付いたときはかなり焦ったけれど何とかなってよかった。
あとは婚約破棄後の人生をどう過ごすか考えないと。
今回の件は私には瑕疵のない婚約破棄なのだから多額の慰謝料をもらえるだろう。
せっかくだし事業でもはじめてみようかしら。私は美人で優秀だからきっとなんでもできるはず。
クラーク侯爵家の領地ももっと豊かにしたい。
それに世界を旅して回ってもいいかも。
やりたいことは山ほどある。
踊り出したい気持ちを抑え、オズワルドに一礼してシャルロットと共に寮へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
卒業式後のパーティーで私の右隣にはいつものようにオズワルドが。
そして左隣には見違えるほど自信に満ち溢れ美しくなったシャルロットがいる。
会場の隅にいるから人目を引くことは無いけれど、誰がどう見ても修羅場だ。
空気がピリピリしている。
「オリヴィア様、果実酒のおかわりはいかがですか? あちらのバルコニーに行って二人でお話しましょう」
「ヴィア、今日は一生に一度のめでたい日だ。あちらで踊ろう」
睨み合う二人はまるで私を取り合う幼児のようだ。
いい歳してやることではない。
「二人とも本当にオリヴィア嬢のことが好きだね。でも流石にここで睨み合うのはやめてくれないかい? せっかくの祝いの席なのに雰囲気が悪くなってしまう」
見かねた第七皇子が優しくたしなめると二人は視線を逸らして小さく謝罪した。
「アルはもうやらなければならないことは終わったの?」
「ああ。一通り挨拶も終わったしもう十分だよ。それよりシャーリィは僕のパートナーとしてここに来たのだから、もう少しそれらしく振舞ってくれないかな」
「そうね、ごめんなさい。オリヴィア様と話すのが楽しかったの」
シャルロットはあまり反省はしていないようだ。
彼女は出会ったばかりの頃はしっかり者のように振舞っていたが、仲良くなるにつれ陽気で甘えたがりになっていった。
今となっては憎めない妹のような存在だ。
もちろん悪役令嬢の務めは果たせていない。
彼女には何を言っても効かなかったし、オズワルドも私達のやり取りをみて何も行動を起こさなかったから。
本当に納得いかない。
シャルロットは学院内ではずっと私について回っていた。
最初は知り合いがいないからだと思っていたが、友人ができてもそれは変わらず、結局卒業式後のパーティーでも私にくっついている。
明日からの彼女の学院生活が心配になるほどに私にベッタリだ。
「ヴィア、明日からはもう学生ではない。せっかくだから二人でどこか遠出しよう」
「わざわざここでそんな話をしなくても……」
シャルロットとオズワルドの関係は私を取り合うライバルのような関係に落ち着いてしまった。
恋愛のれの字もない。
毎日どちらが私を好きなのか競い合っている。
私は二人をくっつけたかっただけなのにどうしてこうなった。
「抜け駆けするなんて酷い方ですね」
シャルロットは口を尖らせて可愛らしく怒っている。
王女としてその仕草は如何なものかと思うのだけど、彼女はオンとオフの切り替えが上手い。
可愛らしい振る舞いは気の置けない友人の前だけでしかしない。
「本当は私もお誘いしたかったのですが……。今日の私はアルフレッド様のパートナーですし諦めます。またお誘いしますね」
シャルロットは小さく手を振り、第七皇子と笑顔で離れていった。
「いつもながら騒がしかったな」
「ええ、本当に……。でも貴方も悪いのよ。わざわざ挑発するようなことを言わないで」
「そうだな。もう学生ではいられないのだから、あのような軽口を叩くのは今後は控えよう。しばらく忙しくなるしな。式の日程も新婚旅行の行先もすぐに決めなければならない」
「…………やっぱり婚約を解消する気はないのね」
シャルロットとオズワルドを恋仲にすることが難しいとわかってから、何度か彼に直訴した。
婚約を解消してほしいと。
しかしオズワルドは決して首を縦に振ることはなかった。
「当たり前だ。俺の隣に居るべき女性はヴィアただ一人なのだから」
彼はいつもそう言う。
だから、皇后になりたくない、何人もいる結婚相手のうちの一人なんて嫌、と言ったらオズワルドはあっさりと継承権を放棄した。
皇帝は激怒し、学院の卒業とともに彼を皇城から追い出すことを決めてしまった。
そんなことされたらもう結婚したくないなんて言えない。
だってオズワルドは彼が得られるはずだった名声や富を捨てたのだ。私の要望に沿うためだけに。
私は私の意思でオズワルドの婚約者になり、そして私の一方的な都合で婚約解消を望んだ。
こんなわがままな私に対して彼はいつまでも優しいまま。
「どうして私なの? 貴方ならもっといい女性と結婚できるのに……」
「ヴィア以上に美しく聡明で将来有望な女性なんていない。お前がそう言っただろう」
「そ、それはただの独り言! いい加減忘れなさいよ」
オズワルドの婚約者になれた日、私は学院の裏庭で一人浮かれて踊りながら貴族令嬢としてあるまじきことをベラベラと歌ったのだ。ミュージカルの役者ように。
もちろんそれは周囲に人が居なかったらやっただけで、人がいる場所でそのようなことはしない。
だって私は完全無欠な侯爵令嬢なのだから。
それなのにひょっこりオズワルドが現れてその奇行を一部始終余すことなく見られたことを知った。
不覚という言葉ではすまされない。
その瞬間から私は彼の前で猫を被ることを諦めた。
「無理だな。あの時に俺はヴィアに惚れたんだ。そんな日のことを忘れるなんてできない」
「それ本気で言っているの? 頭おかしいわよ」
「ヴィアの魅力を理解出来ないことが普通だというのなら、俺は頭がおかしいままでいい」
駄目だ。
オズワルドは美的感覚も常識も狂っている脳筋皇子をやめるつもりはないらしい。
明日からは皇子ではなく公爵になるのだけど。
脳筋公爵か。ちょっと字面が微妙かもしれない。
「それにヴィアは『誠実でオリヴィアだけを永遠に愛し続ける容姿端麗な男』が理想なんだろう? 俺以上の男がいると思うか?」
自信満々にそう指摘されて反論できなくなってしまった。
オズワルドは顔も身体も美術品のように美しい。
私を決して疑わず、嘘もつかず、私のために全てを捨ててくれる人だ。
それに私の醜態を目の当たりにしても気にしないどころか好意を寄せてくれた。
本当にオズワルドは私の理想の夫なのかもしれない。
「でも私は貴方のことを好きかどうかわからないわ……。愛してもらっても同じだけ愛を返せないかもしれない」
「問題ない。ヴィアはすぐに俺を好きになる。だから何も心配しなくていい」
自信家すぎる。
オズワルドの婚約者になってもうすぐ二年になるというのに、私はまだ彼を好きではない……はずだ。
赤銅色の髪も綺麗な琥珀色の瞳も見惚れるほど美しいけれど。
逞しい腕も剣を握って固くなった手のひらもかっこいいと思うけれど。
低い声や私にだけ向けてくれる優しい笑顔にドキッとしないこともないけれど。
それらが好きだという感情に繋がるわけではない、と思う。
なのにオズワルドが断言するとそれが現実になってしまう気がしている。
「そういうこと言うの、狡いと思うわ……」
彼は特別なのだ。
オズワルドは絶対に嘘をつかない。実現不可能に思えることも全て成し遂げてきた。
だからきっとこれも実現させてしまうのだろう。
「ヴィアの花嫁姿は世界一美しいに違いない。その姿を永遠に残すため世界一美しい宝石で花嫁姿の彫像を作ろう」
「そんな馬鹿げたこと言うのはやめて!」
全力で拒否するとオズワルドは不満げな顔をした。
◇ ◇ ◇ ◇
あっという間に五年が過ぎてしまった。
私はオズワルドの妻となり公爵夫人となった。子宝にも恵まれ三人の男の子を産んだ。公爵夫人としての最低限の務めは果たしたといえる。
「ヴィア、せっかくの結婚記念日だ。今日は二人でゆっくり過ごそう」
愛しの旦那様の美貌は五年たってもかわらぬまま。庭園に咲いている華やかなはずの花たちは全て彼の添え物のすぎない。
「これまでは子どもたちと一緒に過ごしてきたのに今年になって二人きりがいいなんて、いったいどうしたの?」
「これまでずっと我慢してただけだ」
オズワルドは私の手の甲に口付けた。
彼からの重すぎる愛は五年間ずっと変わることなく重いままだった。いや、むしろ重くなった気がする。
妊娠中は歩くなと言わんばかりに私をお姫様抱っこして移動しようとするし、出産後も身体を労わってくれてずっと付き添ってくれていた。
それが三回。初回だけでなく妊娠するたびに繰り返された。
ひとたび体調を崩せば片時も離れず看病してくれるし、私が心配だからと少しの外出にもついてくる。というか敷地内の庭園でも常に隣にいる。
屋敷の使用人たちも呆れるほどの過保護ぶりだ。
もちろん今のように健康で元気なときでさえ彼は私を壊れ物のように大切に扱ってくれる。
人前では少し恥ずかしいけれど、こうやって二人きりのときには……正直嫌ではない。
「足元に気を付けるんだ。転んだら大変だからな」
「転んだくらいじゃ大変なことにならないわよ。いい加減過保護にするのはやめて。恥ずかしいの」
「今は二人きりだ。誰も見ていない」
「それはそうだけど……。でも貴方はいつも周囲に人がいても気にしないじゃない」
私は立派な大人で三児の母で、もう少女という年齢でもないし新婚と言える期間はとうに過ぎている。
二人きりの時だけ、が出来ないのだからやめてもらうしかないのだ。
ちょっと寂しいけれど言ってすぐにやめてくれる人じゃないから早めに手を打っておきたい。
三十過ぎてもこんな状態だったらさすがに恥ずかしいなんてもんじゃないし。
「気にする必要がないからな」
「もう、それが困るのよ。私たちはもう立派な大人なのよ。子どもたちの見本にならなければならないの。父親である貴方が我慢できない人なのに子どもたちになんと言って我慢を覚えさせたらいいの?」
「ふむ…………ではこうしよう。我慢をやめるのは寝室にいる時だけ。外では昔のように少し距離をとって接しよう」
「えっ、本当にできるの……?」
「ああ。ヴィアが望んでいるのだからやるさ」
思わず苦笑する。
私の望みを彼が叶えてくれたことは一度もなかった。
いつだってそう。
でも気付けばそれで満足していた。
オズワルドからの婚約破棄を望んでいたはずなのに、結婚した今はこれで良かったと思ってしまっている。
「では今から寝室に向かおう」
「は……? なんで寝室?」
「寝室では我慢しなくていいのだろう?」
眩しい笑顔でそんなことを言う彼に頭を抱えたくなった。
「さあ行くぞ。今日はずっと寝室で過ごすことにしよう」
「今はまだ十時なのよ?!」
「ああ。ゆっくりできるな」
違う、そうじゃない。
けれどもうオズワルドは聞き入れてくれないだろう。
でも本当は、彼の嬉しそうな顔を見たら何も言えなくなるだけだ。
だってその顔を見るのが私の幸せだから。
いつからこんなに好きになってしまったのかはもうわからない。
歩き始めた彼の腕に抱きつくように腕をからめる。
「ヴィアも離れるのが寂しくなったのか?」
「馬鹿なこと言わないで。今日は特別だからよ。それに、今は二人きりでしょう?」
私の言葉にオズワルドは満足そうに笑った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
面白いと思ったらブクマ、いいね、評価で応援していただけると嬉しいです!