18禁と言われたら想像するでしょ
世の中には様々な娯楽で溢れ、ゲームも多種多様なものがある。
彼女、足立絵夢はつい先日十八歳になったばかりの高校三年生だ。大学は高望みをせず無理のない所を選択したので安泰だと判断をしている。普段さぼっているくせに高望みをして顔色悪く勉強している級友を少し小馬鹿にしつつ、彼女は新しいゲームをしようと取扱説明書を読んでいた。
それと言うのも、ここ暫く熱中していたゲームで彼女はほぼ追放処分をされてしまったのだ。アカウントを削除されたのではないが、コミュニティに居辛くなってしまった。
取扱説明書をじっくり読まず、攻略サイトを流し読みして理解したつもりになってゲームに参加し、ゲームの中でのローカルルールを破ってしまったらしい。それも何度も。
掲示板も読まない彼女は、遠回しに注意をしてくれた仲間の言葉を軽く受け止めてしまいコミュニティでかなり発言力のあるリーダーの彼女である人物から一緒に組んで戦闘するのが嫌だと言われてしまった。以来彼女と組んで探索に出てくれる人も居らず、ぽつんとログインしても一人で過ごすだけになってしまった。
「同じ失敗はしないもんね、ちゃんと事前に調査して、掲示板も読んで雰囲気を掴んでからアバター設定しようっと」
学習するのだ、今度こそ仲間外れになりたくないと彼女は意気込む。
彼女が選んだゲームはCountry Home Town 何のひねりも無い名前のゲームで、バーチャル世界をゆったりまったり過ごすのがコンセプトの戦闘らしい戦闘の無いゲームだ。
「へぇ現実世界と同じ時間間隔と、十六時間で一日の世界と十二時間で一日の世界を選択して、それぞれサーバーが違うのか。んん?そのサーバーも十八禁と全年齢があるって!え、これって」
彼女は取扱説明書の画面を眺めながら頬を赤らめる。あは~ん、うふ~んな世界がゆったりまったりゲームに実装しているのか? とドキドキとしてしまう。
「私十八になってるし、このサーバー選んでも良いんだよね!」
彼女はアバターの造形を選択しながらも自分の家を構えるサーバー選択を十八禁の十六時間タイプを選択してゲームの世界に誕生した。
「お前バカだろ」
「うえぇ~~ん、だって十八禁っていったら、そう思うでしょ? 電子世界で彼氏作っていちゃいちゃうふふって思ったんだよぉ」
公園で本日のクエストとして選択した草むしりをしながら彼女、サクラは最近仲良くしている男性アバターのリューイチと女性アバターのジャクリーンに嘆く。
「そんな公序良俗に反するゲームを大々的に販売する訳無いでしょ?日常に疲れてて、お子様の相手はしたくないって人たちが集まるのがこの十八禁サーバーなの、だから大きな争いもないでしょ?」
「そうは言ってもジャクリーン、勘違いしちゃったんだもん。仕方無いでしょー」
「おかしいとは思ったんだよなぁシシィがサクラが出るならお茶会出ないなんて断言するから、人の嫌がる事繰り返すなんてまさしくお子ちゃまだぜ?」
リューイチがごみ箱を引っ張ってきて引き抜いた雑草を放り込む。雑草はごみ箱の底へ到達するとすぐにポリゴンとなって消えていき、三人の頭上からちゃりーんと言うシステム音をたてる。クエスト到達のゲーム内通貨がそれぞれに支払われたのだ。
「勘違いだったって分かったなら軌道修正すれば良いでしょ?シシィに対してはちゃんと距離を取って、反省したことを理解して貰えればもしかしたらまた接触してくれるかもよ?」
「ブロックされてるのに?」
「あらら、そこまでかぁ」
「そこまで何ですぅ」
はぁとため息をついて膝に手を置きよいしょっとサクラは立ち上がる。しゃがみっぱなしで少し脚がだるく感じてアバターなのに凄い感覚だなと感心もする。
サクラにとってシシィと名乗っているアバターとはこのゲームを始めてすぐに知り合った隣人だった。引越しで疎遠になってしまった大親友と良く似た雰囲気に、サクラはシシィと仲良くなりたい、仲良くなったと思いをエスカレートし自分が楽しいと思うものに多少強引に誘う様になってしまった。
そう言ったことに興味は無い、迷惑だと何度か言われたのだが、余り気にしなかった。大親友の彼女も照れ隠しに思っていることと反対の事を言っていたなと思い出してニヤニヤしてしまったのだった。
そうする内に家周辺でサクラはシシィに出会うことが無くなった。相手は社会人だと聞いていたので、生活サイクルが違うからかなと思い気にしない様にしていたが、出したメールが送信不可で送れなくなり慌てて運営に連絡すれば相手からブロックされているからですとの回答を得て彼女は落ち込んだ。
彼女と二、三回一緒にお茶をしたこともある喫茶店で奥さんにシシィと連絡を取りたいと嘆いたサクラに、後日奥さんは「無理だわ~、ごめんね。ブロックまでしてると思ってなくて」と謝罪された。
「合コン、そんなに嫌だったのかな」
「合コン? 運営に注意されたでしょ?」
ジャクリーンの咎める声にサクラは慌てて手を振る。
「もう設定していないよ、まさかさぁヒラガゲンナイがオフ会で知り合った子強引にホテル連れ込むなんて思ってもみなかったよー。 出会いのきっかけ作ったの私だって事で運営から厳重注意受けたんだよぉ」
強引はだめだよねぇと笑うサクラにジャクリーンは深いため息をついた。何故か放っておけずタイミングが合えば一緒に活動しているが時々言動に苛立つので、ジャクリーンはログインのタイミングを変更しようかなと考えている。
「あ!」
サクラがダッシュをして公園の向こうを歩く人物へと駆け寄った。ジャクリーンとリューイチが一瞬顔を見合わせたが放置も出来ずその後を追った。
「フレーバーさん、確かシシィと仲良かったですよね? 私ブロックされているんですけど、解除する様に言ってもらえませんか?」
彼らが追いついた時にはフレーバーの正面に立って進行を塞ぐようにしたサクラが思い切り問題発言をしているところだった。
「ブロック解除ですか?」
静かにフレーバーがサクラに問いかける。
サクラは思い切り大きく上下に頭を振って頷いた。
「シシィさんとは顔見知りですし、喫茶店内で会えば雑談もしますが、プライベートは全く知りませんし、親しいとは異なると思います」
「え?そんなぁ、ランさんにも断られちゃって、私シシィに謝りたいだけなんです、悪かったって謝れたらまたブロックされても良いからって言ってもらえませんか?チャンスが欲しいんです」
「サクラ、やめないよ、失礼だよ?」
ジャクリーンがサクラの腕を引っ張るがそれを振り払いサクラは更にフレーバーに詰め寄る。
「サクラさん、ですか。今そこの彼女が貴方をそう呼んだので私は貴方がサクラさんであると推察します」
「あ、はい、そうです。私サクラって言います。フレーバーさんですよね? シシィがいつもフレーバーさんは落ち着いた雰囲気で綺麗な人だわって言ってました!」
「……そう、ですか。いえ、私が言いたいのはつまり、貴方は自己紹介もしていない状態で私の名を呼び話しかけてきた、と言う事なのですが」
「それがどうかしたんですか?」
「サクラ!」
リューイチの咎めるような声にサクラは首を傾げる。何が悪いのか良く分からなかったのだ。このゲームはゆるやかに自分の家と周辺の手入れをし、近隣の住民と交流を持つのを主としたものだ。同じサーバーなのだからフレーバーも近隣の住民と言える。サクラがフレーバーと交流を持って何がいけないと言うのだと。
「ゲームの禁足事項の中に強引な交流は行わないとなっています。私の頭上を見て頂ければご理解いただけると思いますが交流レベルはCを選択しています」
言われてサクラはフレーバーの頭上を見上げた。アバターの頭上にはうっすらとマーカーが浮かんでいる。交流ウェルカム、誰とでも垣根なくのA、同じ町内や同じ職業選択など共通点があれば誰でものB、手順を踏んで少しずつ距離を計って欲しいC、放置していて欲しいDと、交流のスタンスを示すものと、農作業を主とする緑色、狩猟を主とする赤色、漁業を主とする青色と、様々な選択した職業を表す色のマーカーだ。
そこでサクラはゲームの規定を思い出した。
「ごめんなさい、フレーバーさん」
「ご理解頂けたのであれば結構ですよ。それでは失礼いたします」
にっこりと笑ってサクラを避けて足を進め始めたフレーバーの腕を思わずサクラは掴んで止めた。
「いや、話終わってない!」
「いい加減にしろ! サクラっ」
リューイチがサクラの肩に手を置くと、ばちんと大きな音がしてサクラは身体を硬直させた。
「俺はこのゲームの運営側の人間だ。サクラに対するクレームがいくつか入ってきてたし、この間の厳重注意以降のサクラの行動を監視する為に傍に居た。サクラの行動は十八禁サーバーでコミュニティを形成することは出来ないと判断する」
「え?」
リューイチの発言の後サクラのアバターがポリゴント化してゆっくりと大気に溶け込んだ。
「リューイチって運営?え?うそぉ」
ジャクリーンが目を見開いてリューイチを見つめる。彼はぽりぽりと頭をかくとジャクリーンに手を差し出した。
「もうこのリューイチのアバターはこれっきりだから、さよならだ、ジャクリーン。結構ここ暫く活動一緒にしてたから名残惜しいけど。ありがとうな」
茫然としつつ握手をしたジャクリーンに背を向けてリューイチはフレーバーに向き直る。
「足止めをしてしまってすみませんでした」
「いえ、驚きましたが大丈夫です」
それではと頭を下げてフレーバーは立ち去っていく。
フレーバーを見送って、ジャクリーンはリューイチに恐る恐る口を開く。
「サクラどうなっちゃうの?」
「彼女は一か月のアカウント停止。そしてこのサーバーを選択することは出来ず他のサーバーを選択してやり直すか、このゲームで遊ぶことは止めるかのどっちかかな」
「でも彼女って確かに説明書をしっかり読まなかったんだとは思うけど、十八禁って言葉に積極的に男女の交流を推奨するゲームって勘違いしたみたいですよね。運営側として同じ誤解者を生まない為に是正はするんですか?」
運営側の人間だと思った途端言葉遣いが変わってしまったジャクリーンにリューイチは少しだけ寂しさを感じながら彼女にしっかりを頷いた。
「ちゃんとゲームの趣旨を最初に書いていますし、どうしてそんな誤解をしてしまったのか理解出来ないと取説書いたグループは言っていますけど、文言修正は実行中です。近いうちに改められますし公式FAQでも、と会議で出ています。これ以上は情報開示の権限が無いのですみません」
「いえ、分かりました。ありがとうございます。そしてさようなら、リューイチ」
「さようなら」
微笑んでリューイチはジャクリーンの前からログオフを選択して消えた。
ジャクリーンはこのゲームでここ暫く頻繁に活動を一緒にしていた友人二人の喪失に寂しさを覚えながら少しの間公園の入り口で佇んだのだった。