07 不格好なアリス
隣町ナイゼルは、私の暮らす町より石造りの家屋が多く、都会的な印象でしたが、ツヨシの家は、町外れにある木造一軒家でした。
部屋に入れば、ソファの置かれたリビングの向こうに扉が二つあり、ツヨシが指差した左側が自室で、右側が客室のようです。
ツヨシの家には大きなソファの他、家財道具らしきものが見当たりませんが、炊事洗濯を外で済ませる男性の一人暮らしなら、寝に帰るだけの家なので一般的な作りなのでしょう。
まあマイセンの言葉が確かなら、ツヨシは鶏肉のササミと卵しか食べないし、服も黒いトラウザーパンツとサラシくらいなので、炊事洗濯が必要ないのかもしれませんが。
「俺、ここ寝る。スミス、俺、部屋」
ツヨシは、勝手に着いてきたスミス君に自室を使わせて、自分はソファで寝るみたいです。
ツヨシは、善意が服を着て歩いているような男性です。
上着は、相変わらず着てないのですが。
「なんで、おいらに自分のベッドを譲ってくれるんですか? あ、そうか! おいらがソファに寝ていたら、ツヨシ兄ちゃんが、アリスさんに夜這いできないもんね」
「俺、解らない」
「そういう事なら、ベッドをお借りしますね。おいらは、ツヨシ兄ちゃんに夜這いされるアリスさんに興味があるんです」
スミス君は、どうやら私が襲われることに興味があるようです。
スミス君のような人間のクズは、硬い床に寝かせれば良いのですよ。
今日は、いろいろバタバタして疲れました。
スミス君の手綱を握る馬車がゴブリンの巣穴に突っ込めば、助けてもらったツヨシにナイゼルまで運んでもらい、行き掛かり上とはいえ、異世界人の世話を引継ぎました。
こんな劇的な一日があるでしょうか。
「おいらは、先に寝ます。ツヨシ兄ちゃん、頑張ってください」
「俺、頑張る」
ツヨシは、何を頑張るつもりでしょう。
「アリス、俺、頑張る」
【はい、頑張ってくださいね】
夜這いなんかする性格では無さそうだし、ツヨシがリビングにいてくれるなら、スミス君に襲われる心配も無くて安心です。
「アリス、おやすみ」
【はい、おやすみなさい】
眠気に誘われた私は、ツヨシに挨拶すると、客室に入ってギルドスタッフの制服を脱ぎました。
脱いだ制服を作り付けのクローゼットに掛けると、首に巻いたチョーカーを外し、下着姿になって姿見の前に立ちました。
鏡の前に立った私は、気が滅入るほど不格好です。
私はベッドの上に置いた旅行鞄を開くと、モンスターに食い千切られた右腕の義手を肩から外してから、部屋着に着替えます。
魔力で動かしている右腕の義手は普段、皆に隠しているわけではないのですが、不自由な身体を自慢する必要はありません。
それに私の声を奪った喉の傷も、チョーカーで隠しているのですが、これも同じ理由です。
もっとも失った右腕も声も、義手やチョーカーに取り付けた宝石などの魔法道具で補えるので、生活に不自由はないのですけどね。
私は右腕と声を失って、今でこそ冒険者ギルドの受付嬢ですが、こう見えて子供の頃は、将来を嘱望された魔法使いだったのです。
特殊な事例ではあったのですが、魔力が人並み以上ある私は、従者を与えられて中央政府直轄のクエストである魔王討伐のパーティに参加していました。
私は当時、8歳、攻撃魔法も使えなければ、戦闘補助魔法も使えませんでしたが、治癒系の魔法が使えたので、腕に覚えがあるベテラン従者と、魔王討伐のパーティを後方から支援していたのです。
しかし身を護る術のない私は、従者がモンスターとの戦闘に負けると、手負いのモンスターに襲われて、呆気なく冒険者を引退しました。
うちは貧乏だったので、長女の私が家計を支えなければならず、中央政府のご厚意で、そのままの身分で冒険者ギルドで働くことになりましたが、冒険者リストに名前を残していることは、所属しているギルド長しか知りません。
あのときの従者が、もしもツヨシだったら、あるいは−−
そういった経緯がありましたので、魔力ゼロのツヨシも魔法使いの従者としてなら、冒険者に登録できると知っていたのです。
不幸な過去を振り返ると気が滅入るので、とりあえず寝ることにします。
おやすみなさい。
でも私はベッドに横になると、やはり考えてしまいます。
私の従者がツヨシだったら、まだ冒険者を続けていたのでしょうか。
コメディなのに、わりと衝撃的な告白でした。
今後もシリアス展開にはならないので、
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