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06 とりあえず服を着て

 マイセンに捨てられたツヨシは、肩を落として私の向かい側に座りました。

 D級だったマイセンが、C、B級に昇級して、A級の昇級テストに選抜されるまで、どんなに早くても半年以上、各ランクのクエストをクリアする必要があります。


 ツヨシが()()()()()()()()()()半年以上、言葉も話せず、右も左も分からない異世界で世話してくれたマイセンは、恩人であり、どんなに心の支えになっていたことでしょう。


 そんなツヨシから、結果的にマイセンを奪ってしまった私は、いたたまれない気持ちになります。


 私は今、ツヨシが『本当に異世界人ならば』と注釈しましたが、それは()()()()()()()()()を知らないからです。

 この世界には『エトランゼ』と呼ばれる異世界人が転移してくることがありますが、彼らには超越的な魔力があり、魔力で発動する強力な魔道具などを身に着けています。

 ゴブリンを素手で瞬殺したツヨシには、B級の冒険者以上の実力があるものの、魔法系モンスターと遭遇すれば勝ち目がありません。

 そんなツヨシを異世界人だと信じて良いのでしょうか。


「アリス、大丈夫?」


 ツヨシが不安な顔を見せるので、楽観できる状況じゃないけど、微笑んで見せました。


「俺、仕事する。アリス、安心」


 私は、なぜツヨシに慰められているのか。

 マイセンに捨てられて不安なのは、ツヨシの方なのに。


 それに私の知っている異世界人は、この世界の言語も話せるし、やたら順応性が高く、喜々として魔王討伐に向かう猛者なのです。


 しかしツヨシは、言葉に不自由しており、マイセンの助けがなければ路上生活者で、冒険者の下請けで満足していれば、向上心というものがありません。

 これは噂話なのですが、異世界人は神に特別な力を授けられて、この世界の魔王を討伐するために転移してくるそうです。

 異世界人は、この世界を救うために異世界転移してくる。

 そんな噂話です。


【ツヨシは、どうして異世界転移したのですか?】


「俺、強い奴、倒す」


【強い奴とは、各地の魔王たちでしょうか? その自覚はあるようですが、ではナイゼルのような田舎町で、なぜマイセンの下請けなんかしていたのでしょう。異世界転移して半年以上も過ごしているのならば、この世界を救う異世界人として、王様に名乗り出るべきではないでしょうか?】


「アリス、解らない」


 そうでした。

 ツヨシは、難しい言葉を理解できないのです。

 ツヨシは申し訳無さそうに俯いてしまいました。


 ゴブリンを素手で瞬殺する大男が、身を縮こませているのですから、私の母性本能がくすぐられます。


 乗りかかった船ですし、ツヨシの実力は本物です。

 マイセンは『裏から手を回して』と言いましたが、土方仕事で腕を腐らせるには、確かに惜しい人材だと思います。


 ツヨシは魔力ゼロですが、魔力判定を迂回して冒険者に登録する方法が無いわけでもありません。


 それは非常に特殊な事例ですが、魔法使いの従者として冒険者リストに登録することです。

 なぜ特殊な事例かと言えば、まず主人となる魔法使いは、従者として登録した者の衣食住や安全を確保しなければならず、等級が低い魔法使いには、金銭的な負担が大きいです。

 次に従者を必要とするような世界を冒険する魔法使いは、既に他の冒険者とパーティを組んでおり、わざわざ専属の従者を雇う必要がありません。


 また魔法使いの従者にも、あまりメリットがないのです。

 実力者であれば、わざわざ魔法使いの下働きをしませんし、能力の低い者は、薄給なのに命の危険がつき纏う冒険に付き合いません。


 この制度は、そもそもツヨシのような魔力のない実力者を救済するものではなく、将来が有望な魔法使いに、中央政府が従者という名目で、昇級の手助けをしたり、身柄を保護したりするための制度なのです。

 そんな優秀な人材は数年に一人しか現れないし、現れたとしても、無名のツヨシが従者に選ばれる可能性は皆無です。


 とにかく特殊な事例ではありますが、魔法使いの従者としてなら、ツヨシも冒険者リストに登録できるので、主人となる魔法使いの等級であれば、どこでもクエストを受注できるのです。


「あれ、ツヨシ兄ちゃん? アリスさんと何してんの」

「スミス、こんにちは。俺、アリス、仲間」


 ゴブリンに殺された馬の代わりを手配していたスミス君が、冒険者ギルドの酒場に戻ってきました。

 

「へぇ〜、アリスさんも、なかなかやるもんだね。ツヨシ兄ちゃんみたいな、筋肉マッチョをナンパしたんだ」


【スミス君、人聞きの悪いこと言わないでください。私は、ツヨシの世話を押し付けられただけです。そんなことよりスミス君、代わりの馬は見つかりましたか?】


「それがさ〜、繁忙期でレンタル()は出払っているし、馬を買う資金もないから難しいね。アリスさんが、一肌脱いで稼いでくれるならわけないけど」


【スミス君の一肌脱いでとは、文字通り()()()()と言うことですね。お断りです】


「レンタル馬が手配できるまでは、ここのギルドの世話になるしかないですよ。おいら、C級の冒険者だから宿代を払わなくて済むし、アリスさんも同室なら無料だろう?」


 冒険者の宿は、ギルドが手配してくれるけど、ギルドスタッフは、そういうとこ福利厚生が整ってないのです。

 スミス君の言うとおり、彼の同行者として同室に泊まるなら、出張費が浮いて助かるのですが、彼と同室は嫌なのでお断りしました。


【せっかくの申し出ですが、私は馬車の客室(キャビン)を使いますのでお構いなく】


「馬車は、窓が割れたし、天井や鍵も壊れたから、修理中なんだよね」


 忘れてました。


「アリス、俺、家ある」


 そうでした。

 この町は、ツヨシの暮らしている町なので、彼の住んでいる家があるのです。

 しかしスミス君と同室よりは安心ですが、私も年頃であれば、出会ったばかりの男性の家に上がり込んでも良いのでしょうか。


「アリス、大丈夫、部屋、二つ」


 解りました。

 12歳にしてクズ人間のスミス君より、純朴そうなツヨシの家に泊まりましょう。


【でも条件があります】


「何?」


【ツヨシ、目のやり場に困るので服を着てください】


 いろいろバタバタしていて忘れていたのですが、ツヨシは上半身裸で、ムキムキの筋肉を見せつけています。

 冷静になると、急に恥ずかしくなりました。

 酒場にいる冒険者たちは、上半身裸の男性と向き合っている私をどんな目で見ていたのでしょうか。

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