05 チームマイセン解散
バカバカバカバカ!
情に絆されて、マイセンの不正行為を見逃した私は、なんて愚か者なのか。
マイセンが魔力ゼロのツヨシに、クエストを下請け発注していた理由は、上前をはねるためです。
そんなことは、解っていたのに。
マイセンの不正行為を見逃すように懇願したツヨシの涙に、首を立てに振った私は、一時の感情に流された愚か者です。
「アリス、大丈夫?」
ツヨシは、頭を抱えている私を気遣ってくれます。
私が頷くと、彼は笑顔になりました。
「アリスさん、ちょっと良いか」
マイセンは、テーブルに身を乗り出すと、私を手招きして小声になります。
「A級の昇級テストどうするんだよ? ギルドスタッフに見張られていたら、ツヨシと交代するのが難しいぜ」
【ギルドスタッフは、冒険者の技量を見極めるために同行しますので、戦闘中も離れませんからね】
「アリスさんは、なんで他人事みたいに話してんだよ。俺たちの不正行為がバレたら、今まで稼いだ報酬も返還しなきゃならねぇし、アリスさんだって職を失うんだぜ」
【え、なんで私が?】
「アリスさん、賄賂を受け取ったじゃん」
私の胸には、マイセンが突っ込んだままの棒貨が刺さっていました。
「そうだ! アリスさんが担当すれば、ツヨシと交代してもバレないよな。課題が発表されたら、ツヨシを現場に先回りさせて、俺がクリアしたように採点したら良い」
【マイセンは意気揚々と語りますが、ここは隣町の冒険者ギルドなので、私の管轄外です。それに私の業務はクエストの受注発注なので、冒険者の採点に口を出すことができません】
「ちッ、使えねぇな」
マイセンは、舌打ちして残念がっていますが、大事なことを失念しています。
【A級の昇級テストは、そもそも魔法系モンスターが徘徊するフィールドかダンジョンで行われるので、魔力ゼロのツヨシでは、クリアが難しいと思いますよ】
「そうだった。ツヨシが、いくら強くても、ノーガードで魔法攻撃に耐えられるわけねぇもんな」
「マイセン、俺、大丈夫」
「いいや、こればかりは根性で耐えられねぇよ。魔法で放たれた火は、魔法でしか打ち消せねぇんだ」
【そうですよ、魔力のないツヨシは、レベル1のファイヤボール一撃で黒焦げになります。身代わり受験も不可能ですし、ここは潔く諦めましょう】
「しかし昇級テストを受ければ合否に関わらず、冒険者を続けられるが、ヤル気がないと採点されたり、辞退したりすれば、見切りを付けられて冒険者ギルドを除名されるんだぜ」
冒険者は王様や中央政府から色んな優遇を受けますが、その目的は、各地の魔王たちを討伐するA級の冒険者を育成することです。
A級の昇級テストを辞退した冒険者は、冒険者を続けられません。
なぜなら昇級テストに臆して逃げ出す者は、魔王討伐はおろかAクラスのクエストのクリアも期待できないからです。
見込みのない冒険者を優遇するのも、そんな冒険者にBランク以下のクエストを受注されても、中央政府は迷惑だと考えているのです。
「実力のない俺が昇級テストを受けたところで、死ぬか、ヤル気がないと採点されて終わりだ。ツヨシには稼がせてもらったし、ここらが潮時かもしれねぇな」
マイセンは、昇級テストを辞退して冒険者を廃業するようです。
この町の冒険者ギルドは、きっとゴブリンの群れを全滅したマイセンに、昇級テストを受けるようにと説得するでしょう。
魔王討伐が期待されるA級の冒険者は、それだけ担い手が少なく、貴重な存在だからです。
「俺は、そういうの断るのが苦手だからよ。申し訳ねぇけど、アリスさんに頼みがあるんだ」
【私が『マイセンは辞退する』と、この町の冒険者ギルドに報告すれば良いのですか?】
「まあ、それも頼みてぇんだが……。俺が町に残って下手すると、ギルドや町の連中が今までの活躍を疑うと思うんだ。もしもバレたら、アリスさんとツヨシにも迷惑かけちまうだろう」
【マイセンは、もしかして町を出ていくつもりでしょうか?】
「ああ、チームマイセンのリーダーとして、最後くらいは自分でケジメをつける」
私は、いつからメンバーに数えられていたのか。
「俺、兄弟、行く」
「駄目だ。ツヨシは、一緒に連れて行けねぇ」
「なぜ、俺、駄目」
「俺に着いてきても、今までのような暮らしを続けられねぇし、せっかく冒険者として稼げるツヨシに、土方仕事をさせらんねぇよ」
「俺、仕事、好き、マイセン、もっと好き」
「俺も……。いいや、俺はツヨシを利用していただけなんだよ。日雇労働でうだつの上がらない俺は、高額報酬が欲しくて、右も左も分からない異世界人のツヨシを騙していたんだ」
「マイセン、善人、嘘、駄目」
「ちげぇよ、俺は善人じゃねぇ。ツヨシの人の良さに付け込んだ、ただの詐欺師なんだよ」
首を横に振ったツヨシは、マイセンの横に立つと、手を差し伸べました。
「マイセン、嘘、俺、解る」
「うるせぇ!! 俺は、てめぇの面倒が見きれねぇんだよ!! 魔力のねぇ異世界人なんてッ、この世界じゃあ必要ねぇと言っているんだ!!」
涙を浮かべているマイセンの言葉は、どこまで本気なのでしょう。
ついさっき知り合った私には、彼らの関係が解らないのですが、なんだか切ない気持ちになってきます。
「アリスさん」
【はい、何でしょうか?】
「ツヨシの実力を知ってるアリスさんは、裏から手を回してツヨシを冒険者に登録してやってくれ。ツヨシは、俺がいなくても冒険者として稼げる」
【魔力ゼロでは、冒険者に登録できません】
「アリスさんは、それでもチームマイセンのメンバーなのかよ。リーダーの俺が、最後の頼みだって言っているんだぜ!」
【メンバーになったつもりはありませんが……】
「アリスさん、一回しか言わねぇからメモしておけよ。ツヨシは基本、鶏肉のササミと卵しか食べぇねぇし、運動や戦闘後には、牛乳からチーズを作るときに絞った汁を欲しがる。ツヨシは絞り汁を『プロテイン』と呼んでいるが、プロテインは、チーズを作っている牧場に行けば、廃棄される絞り汁を無料でわけてくれる」
私は、メモを取っています。
「あと異世界人のツヨシは、発音が苦手で言葉に不自由しているが、ある程度なら理解している。だから本人の前では、傷付けるような言葉を話すんじゃねぇぞ」
【ツヨシは、この世界の言葉を話せないけど、こちらの話を少しなら理解しているのですね】
「最後になるが、ツヨシは寂しがり屋さんで、たまに月を見上げて感傷に浸ったり、膝を抱えて落ち込んだりする。そんなときは、何も語らず側にいてやってくれ」
【わかりました……って、これは何の引継ぎですか!?】
「では、本日をもってチームマイセン解散!」
私がメモから顔を上げると、目の前に座っていたマイセンが、逃げるように走って酒場から出ていきます。
ツヨシは、捨てられた子犬のような目で私を見つめているのですが、これって、どういう状況でしょうか。