04 共犯者
マイセンは、私の股間を膝で突上げて答えを急かしています。
私が買収に応じて棒貨を受け取れば、背任罪に問われますし、彼を突き飛ばせば斬り殺されるかもしれません。
ここは買収に応じたふりで難を逃れて、冒険者ギルドに通報すべきでしょう。
でもクエストを一般人に回していたマイセンはともかく、禁止行為に手を貸していたツヨシも今後、不正行為の罪に問われるし、冒険者リストにも登録できなくなります。
私はツヨシの実力を目の当たりにしており、それが慢性的な担い手不足の冒険者界隈にとって、大きな損失のような気がします。
「俺とツヨシが出会ったとき、あいつ今より言葉が不自由で、物乞いをしていたのさ。でも、あの筋肉だろう。だから俺は、ツヨシに土方仕事を世話してやったんだ」
マイセンは『ツヨシは、この世界の人間じゃない』と言っていましたが、それが本当ならツヨシは異世界人、王様から活動資金を援助される特S級の冒険者になれます。
A級の冒険者までは、冒険者ギルドからクエストを受注しますが、S級の冒険者は、王様の庇護下に入り、中央政府直轄のクエスト(主に魔王討伐)を発注されるのです。
この世界では、極稀に異世界から転移してくる異世界人がいて、彼らは絶大な魔力や、強力な魔導具を身に着けています。
そうした強い異世界人は、各地の魔王たちを討伐するために、特例でS級に指定されているのです。
【ツヨシが異世界人だと知っていたなら、土方仕事を紹介せず冒険者に登録してやるべきではありませんか?】
「俺だって最初は、ツヨシを冒険者にしてやろうと思ったんだよ。しかしツヨシは、魔力がゼロの異世界人だったんだ。アリスさんもギルドスタッフならよ、魔力基準値以下の人間が冒険者に登録できねえと知っているだろう?」
【はい】
魔王討伐が期待される異世界人であっても、魔力ゼロでは冒険者になれません。
なぜならゴブリンのように肉弾戦だけのモンスターはともかく、魔法系モンスターの魔法攻撃は、魔力で防御しなければ即死だからです。
【つまりマイセンは、冒険者に登録出来ないツヨシに代わってクエストを受注しているのですね】
「俺は、もともと小遣い稼ぎのD級の冒険者だったが、ツヨシのおかげでB級に昇進した。格上のクエストを受注すれば、俺の身入りも増えるし、ツヨシだって土方仕事より稼げる。アリスさんが黙っててくれるなら、誰も不幸にならない」
【そうでしょうか?】
Bランクのクエストを受注していれば、いずれA級の昇級テストを受けなければなりません。
A級の昇級テストは、ギルドスタッフの監視下で、魔法系モンスターがいるフィールドかダンジョンで行われます。
D級だったマイセンが、ツヨシ抜きでA級の昇級テストをクリア出来ると思えません。
【実力不足のマイセンは、たぶんA級の昇級テストで死にますし、不正が明るみになれば、ツヨシは土方仕事も失って物乞いに逆戻りです】
「だからギルドスタッフに選抜されないように、なるべく格下のクエストだけ受注しているし、今回の『ゴブリンの群れ全滅』クエストも、アリスさんが襲われてなければ、2、3匹だけ狩って終わる予定だったんだよ」
【あ、そうでしたか】
「ツヨシのやつ、なんでゴブリンを全滅させちゃったのかな? これじゃあ、ギルドスタッフに目を付けられて、俺は昇級テストで死んじゃうし、ツヨシも物乞いに逆戻りだぜ」
もしかしてマイセンは、私のせいだと言ってますか。
馬車がゴブリンの巣穴に突っ込んだのは、御者のスミス君のせいですよ。
「そういう事情だからさ、俺とツヨシのことは内密にしておいてくれ」
いやいやいやいやッ、私にも不正行為に加担しろってことですか。
マイセンは、根っからの悪人ではないと思いますが、だからって不正行為は見逃せません。
「マイセン、プロテイン、感謝」
プロテインを飲み干したツヨシが、空になった水筒をマイセンに戻しにきました。
「ツヨシ、ごめんな。アリスさんは、俺たちの仲を引き裂きたいみたいだ」
「マイセン、どうした?」
「ツヨシは、まだ複雑な言葉を理解できねぇんだったな……。『ツヨシ、さよなら』だ。ツヨシ解るか? 『さよなら』だ」
マイセンに別れを告げられたツヨシは、大粒の涙を流しながら膝から崩れ落ちました。
「マイセンっ、さよなら、駄目! ツヨシ、もっと頑張る! 仕事、頑張る! さよなら、駄目! ツヨシ、マイセン、感謝!」
「ごめんなっ、俺だってツヨシと別れたくねぇんだ! けどよ、アリスさんが、アリスさんが、お前と『さよなら』しろと言うんだよ!」
【え〜ッ、私が悪いのですか!?】
「アリス! マイセン、さよなら、駄目。人間、みな兄弟、アリス、許して!」
私は間違っていません。
でも、この罪悪感は何ですか。
「アリス……、俺、仕事、頑張る。マイセン、さよなら、許して」
「アリスさん、ツヨシを哀れだと思うなら、今回の件は、目を瞑ってくれよ」
う〜ん。
この状況では、二人を見逃すしかなさそうですが、それで本当に良いのでしょうか。
◇◆◇
情に絆されて頷いてしまった私ですが、冒険者ギルドに戻ると、Bランクのクエスト最難関『ゴブリンの群れ全滅』をクリアしたマイセンが、A級の昇級テストに選抜されていました。
「あ〜、だから言わんこっちゃない。これ、馬車でゴブリンの巣穴に突っ込んだアリスさんのせいだからね」
マイセンは、頭の後ろで手を組んで私の顔を見ています。
マイセンは、ギルドスタッフの私にどうしろと言うでしょうか。
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