31 魔界人の工作活動
石造りの町並みが都会的なナイゼルは、石畳の小路で子供たちが駆け回り、大通りに出れば露店が立ち並ぶ、アルケスタ大陸の最西端にある最大の町だった。
町の中心部は高台になっており、市街地を見下ろすように大きな役場があるが、城壁に側防塔を備えた役場の建物は、太古に繁栄していた人族以外の種族が築城した城跡だった。
「あれは、もうすぐフェレシア様の魔王城になる」
高台の市場にあるカフェの席には、大きな役場を見上げるルカが座っており、そこに町娘のような平服を着た少女ユエが駆け寄った。
「ルカ様、ユエです」
「結果は?」
「墓地の遺体は火葬されており、死霊使いの触媒になりません」
「町中で騒ぎを起こすには、オバケが適任なのですが、魔界周辺の墓地は対策済みなのでしょうね」
魔界人のルカは、フェレシアに大量の血液を送り込まれて、モンスターを自由自在に操れる魔王の親衛隊となった。
そして親衛隊の称号を得たルカは、ナイゼルに潜入している魔界人たちの指揮を任されており、死霊使いのユエから報告を受けている。
「いざとなれば、私自身を触媒にして騒ぎを起こします」
死霊使いは、魔王に血肉を分け与えられた魔界人のみに存在する職業であり、死者を触媒に用いてアンデッド系モンスターを作ることができれば、ユエのような高位の術者は、自らの魂と引き換えに肉体をアンデッド化することもできる。
「ユエ、私たち何歳になりました?」
「16歳です」
「魔界人の寿命は長くて三十年、二十代後半には肉体が硬化して人間としての生命活動を停止します。私たちが短命であれば、魔界は慢性的な労働不足にあります。自らを触媒としてオバケになるより、生きて子孫を残すことがフェレシア様のためになると思いませんか?」
ルカは、カフェで注文した紅茶を飲みながら、大通りを行き交う人々を見つめていた。
人族より短命である魔界人、さらにフェレシアの血液を大量に流し込まれて親衛隊となったルカは、さらに残り寿命を半分に減らしていれば、数年後には肉体の硬化が始まり、石像のような姿の墓標を晒す。
魔王の親衛隊となったルカは、魔王に準ずる地位を得て、ナイゼルでの戦争が終わるまで、フェレシアとモンスターを率いて戦えれば良かった。
しかし魔王グランデの城下町で生まれ育った同郷のユエには、一日でも長く生きて、魔界の発展に貢献してほしいと、ルカは考えている。
「ルカ様、それでも私は、この町の人間に思い知らせてやりたいのです。私はモンスターになっても、ルカ様の指揮下で働けるのであれば本望です」
「そう、解ったわ。でも戦争が始まれば、この町には戦死者が溢れ返るでしょう。ユエに働いてもらうのは、そのときだと思う」
「はい」
「ユエ、ご覧なさい。この町の人間どもは、老醜を晒して生きることを恥じないらしいわ。この町の人間どもには、ユエの高潔さを教えてあげたい」
ルカはカフェの従業員を呼びつけると、ユエにも紅茶を勧めて椅子に深く座り直した。
「ところでルカ様、頼まれていた冒険者どもの動きですが、冒険者ギルドに潜入している仲間から、少し気になる報告がありました」
「聞かせてください」
「はい。昨日からBクラス以下の討伐クエストの発注が増加しており、C、B級の冒険者には、ゴブリンやオークの狩猟報酬が上乗せされています」
「私とフェレシア様がモンスターを招集しているから、周辺の被害は減少しているのに?」
「工作員が、それとなく探りを入れたところ、モンスターによる被害が減少しており、冒険者の雇用確保のためにクエストや報酬額を増やしていると言うので、話の辻褄は合うのですが、手回しが良いと思いませんか」
「ユエは、奇襲作戦の情報が漏れていると思う?」
「フェレシア様が洞窟で遭遇した冒険者ですが、ギルドは報奨金欲しさの虚偽報告だったと結論付けて、報奨金の支払いを拒否しています。ただの冒険者が、魔王様と遭遇して生還したなんて誰が信用するでしょうか」
「ではフェレシア様が取り逃がした冒険者が、裏で手を回している可能性は低いのか。そう言えば、ツヨシの素性について、何か新しい情報は掴めましたか?」
「はい。ここより東の町で、ツヨシという魔法使いの従者が冒険者リストに登録されました。ギルドスタッフも同行していたとの未確認情報もあり、A級の選抜テストだったのかもしれません」
「ツヨシは、その程度の実力でしたか」
「それにツヨシは、中央政府から派遣された従者でなければ、魔法使いが個人で雇ったようです」
「ツヨシが魔法使いの従者なら、私の予想どおりエトランゼではなかったのでしょう。であれば、戯言として処理されたのも頷けます」
人族が戦準備でモンスターを掃討しているのか、単なる雇用確保のためにクエストを増やしているのか、どちらにせよ、魔王フェレシアが招集しているモンスターの軍勢が、冒険者に見つかれば奇襲作戦の効果が半減する。
「私は、フェレシア様に軍勢を海岸線まで後退するように進言します。人族にとって海は、忌み地で近付かなければ、魔界からの援軍を迎え入れる港も建設しなければなりません」
「私は、何をすれば良いでしょうか?」
「ユエには、内密に頼まれて欲しいことがあります。ツヨシのいる町を訪ねて、彼がエトランゼではない証拠を集めてください」
「解りました」
「フェレシア様は、まだ実戦経験の浅い十三番目の魔王様なので、エトランゼの戦力を過大評価しています。ツヨシが、ただの人間だと解かれば、フェレシア様も心置きなく戦えるでしょう」
猫舌のユエは、運ばれてきた熱い紅茶を一気に飲み干すと、ヒリヒリする舌を手で煽ぎながらカフェを後にした。
たぶん最終章になります。




