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02 男車

 ツヨシは、ゴブリンに食い散らかさられた馬を馬車から外すと、ロープを引いて巣穴から出しました。

 隣町に向かっていた馬車は、森で道に迷って斜面を滑落して、ゴブリンの巣穴に直撃したのです。

 巣穴から引っ張り出した馬車ですが、魔法でも使わない限り、道まで引き上げるのは不可能でしょう。


「アリスさ〜ん、ご無事で何よりです」


 崖の上を見上げれば、私を見捨てて逃げた御者のスミス君が手を振っていました。

 私を見捨てたことを後悔して、戻ってきたのかと思えば−−


「おいら、ゴブリンに襲われるアリスさんに興味があったんです」

 

 スミス君は、頬を赤らめて腰をくねらせている。

 自分のミスが原因なのに、私がゴブリンに凌辱されるのを出歯亀(ノゾキ)するために引き返したのか。


 彼は、12歳にして人間のクズです。


 ともかく馬車を引き上げるのは無理そうなので、私は馬車を捨てて道に戻ろうとしました。

 街道から外れた森の一本道なので、通り掛かる馬車があるのか解りませんが、崖下にいても助けがきませんから。


「俺、馬車、引く」


 ツヨシは、肩に担いだロープを手繰り寄せています。

 ゴブリンを素手で倒したツヨシですが、キャビン付きの馬車は二頭立て、平地だって人力で動かすことは難しい。

 ゴブリンの巣穴から引っ張り出せたのは、手前に向かって傾斜があったからです。


【あら?】


 ツヨシは馬車に背中を押し付けているので、どうやら押し上げるつもりでしょう。


「ダブルバイセップス」


 呪文(?)を唱えたツヨシは、上腕二頭筋を見せつけるように両腕を曲げると、次の瞬間、首を竦めて目を見開き、身体をやや前に倒しながら、首周りの僧帽筋、肩、腕の筋肉に血管を浮き上がらせた。


「モストマスキュラーッ!」


 す、す、すごい……、ツヨシの呪文(?)でバルクアップした筋肉が、およそ動く気配のなかった馬車を崖上に押し上げています。


 ズン、ズン、ズン、ズン


 私は目の前の出来事に圧倒されて閉口しまったが、崖から覗き込んでいたスミス君は、馬車を押し上げるツヨシの迫力に熱狂しているようです。


「ナイスバルク! キレてる! キレてるよ!」

「ふんッ!」


 スミス君が呪文(?)を叫ぶと、ツヨシの筋肉が一回り大きくなった気がする。

 ツヨシは馬車を道に戻すと、私とスミスに顎をしゃくった。


「俺、馬車、引く」


 ツヨシは、馬の代わりに町まで馬車を引くようです。

 御者台に座ったスミス君が親指を立てると、ツヨシは頷いて馬車を引きました。

 驚いたことにツヨシの引く馬車は、二頭立ての馬車より早く、あっという間に隣町まで到着したのです。

 いいや、ツヨシが引くのだから馬車ではないですね。


「……プロテイン、プロテイン」


 ツヨシの引いた乗り物は、男車(だんしゃ)なのでしょう。

 ツヨシはゴブリンを倒した後、町まで男車を引いた後、同じ呪文を唱えている。

 プロテインの呪文には、何かしらの意味がある気がしてなりません。

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