21 気遣い
私は今、町外れの魔法道具工房から、新しい義手が出来たとの連絡があり、冒険者ギルドの仕事を休んで向かっています。
魔法道具工房とは、使用者の魔力を利用して起動する武具を作る職人が集まっている工房で、私の義手は、武器職人のササラが受注生産しているのです。
工房の武器職人は普段、魔法剣や魔法使いの武器を作っており、ササラは、杖に刃を隠す仕込み杖や、袖口に隠れる鉤爪など、身体に隠し持つ暗器を製作しています。
私の義手は、手先が器用で細工が得意なササラに発注しているのです。
【ササラさん、急な発注で申し訳ありませんでした】
「アリスちゃんの依頼は、最優先で受けます。あたしの作る魔法道具がなくては、さぞお困りだったでしょう」
【はい、ササラさんの作ってくる義手がなければ、服を着替えるのも一苦労します】
「ご注文の品は、こちらです」
ササラの見せてくれた義手は、私の肌色に合わせていれば、関節部に特殊な素材が使われており、繋ぎ目が全く解りません。
私の義手は以前、男性の職人に作ってもらっていたのですが、未塗装で木目や球体関節がむき出しで、ササラのような気遣いがありませんでした。
「アリスちゃん、こっちに座って袖を上げて」
【はい】
ササラは、私の肩口に描かれた魔法陣と新しい義手を付け外ししながら、接合部を微調整しています。
私が義手をササラに発注する理由は、彼女の微調整が一流であり、彼女の作る義手が、自分の腕と寸分違わずに動かせるからです。
ササラは、同性ならではの気遣いがあり、腕前が一流なので、私が彼女を選ばない理由がありません。
「しかし、新しい義手に杖を仕込んでくれとは、いったいどうしたんだい? あたしは暗器職人だし、前腕骨の代わりに、魔杖の素材を仕込むなんて楽勝だけどさ」
【私は杖を取り出す間もなく、敵に義手を奪われてしまいました。義手が杖代わりになるなら、敵に遅れを取らなかったと思います】
「でもアリスちゃんは、ギルドスタッフの受付嬢だろう。モンスターに襲われる機会なんて、滅多にないと思うけどね」
ササラには、私の名前が冒険者リストに登録されており、今後はクエストを受注するかもしれないと伝えました。
ササラには驚いた様子もなく、むしろ魔力が人並み以上ある私が、冒険者ではなかった方が不自然だったと言いました。
【ササラは、解っていたのですか?】
「肩の魔法陣を見れば、アリスちゃんの職業は『魔法使い』だし、スキルも『癒しの手』や『魔法防壁』が覚醒している。でも、あたしは腕と首の古傷を知っているから、過去を詮索しなかったんだ」
【私は、ササラさんの気遣いが好きです】
「そうかい?」
【はい、うちの冒険者ロバートさんは先日、他の冒険者が集まる酒場で『アリスさんの腕がないだとぉぉお!?』と、事情を知らない大勢に喧伝してくれました】
「あちゃ〜、そいつはデリカシーがない」
【まあ、ロバートさんなりに心配してくれたと思うのですが、見て見ぬ振りしてくれるのも、気遣いなのですよね】
「そうだね−−っと、これで調整が済んだと思う。二、三日使用して違和感があれば、また足を運んでくれよ」
【解りました】
「それから新作の変更は、前腕の芯に魔杖素材を使用しているので、魔法を発動できれば、本物の腕と同様に魔力で防御できる」
【注文どおりの仕上がりです】
「あと余計なお世話だと思ったんだけど、離れた場所でも魔力で動かせるようにしておいた。またアリスちゃんから腕を奪うような敵が現れたら、切り離された腕の魔力を暴走させて逃げることが可能だ」
【ササラ、余計なお世話ではありません。でも私は、二度と義手を奪われません】
「クエストを受注するなら、今回のようなこともあるだろう? 腕なら、いくつでも作ってやれるけど、アリスちゃんは一人しかいない」
【ありがとうございます】
ササラに感謝すると、新しい義手を装着して魔法道具工房を後にしました。
冒険者ギルドに戻ると、何度も交際を断っているのに、しつこく言い寄ってくるロバートさんが、快気祝いの振る舞い酒だと騒いで、酒場に集まっていた事情を知らない大勢に、私が義手だと喧伝してくれました。
男性は、そうした気遣いができないようです。
◇◆◇
酒場を抜け出した私は、月明かりを頼りにツヨシが泊まっている宿に向かいました。
町外れの魔法工房から帰る途中、牧場に立寄ってプロテインを貰ったので、新鮮なうちに、ツヨシに飲ませてあげようと思ったからです。
【うん?】
いつものツヨシなら、筋トレしている時間帯なのに、宿の部屋をノックしても応答がなく、留守かと自問自答すれば、まだ土地勘がなければ、一人で出歩くこともないでしょう。
私が部屋に入ると、ツヨシはベッドの上で、大きな背中を丸めて膝を抱えていました。
【どうしました?】
「アリス、いない」
【私なら、ここにいますよ】
「今日、探した、アリス、いない」
【そう言えば今日、ギルドを休んでいましたね】
「俺、頑張る。アリス、さよなら、駄目」
マイセンは『ツヨシは寂しがり屋さん』だと言っていましたが、一人で半日も過ごせないほど、孤独に耐えられないのでしょうか。
ツヨシが一人で半日も過ごせないなら、宿代も勿体無いし、彼は食費がかからないので、私の家で引き取る方が良いですね。
ツヨシには、明日から一緒に暮らそうと提案して、今夜は遅いので、私は帰宅しようとしましたが、彼が腕を掴んで離しません。
「アリス、行かないで」
……。
「さよなら、駄目」
……。
「俺、一緒、行く」
あ、そういうことですか。
私をベッドに誘ったわけではなく、一人では一晩も過ごせそうにないから、今から私の家に来たいのですね。
【でも今夜は遅いので、明日にしましょう】
「解った」
私はツヨシを残して部屋を出ようしましたが、ベッドの上で膝を抱える大男の横顔を見ると、それが出来そうにありません。
とはいえ、こんな夜更けに男性を自宅に連れ帰れば、親兄弟に、どんな関係だと思われるでしょうか。
そうなのです。
私は一人暮らしではないのですよ。
ツヨシを家に連れて行くなら、まず両親に事情を説明してからが良いと思うのですが、仕方がありませんね。
まあツヨシが私の従者になれば、同室で泊まることもあるでしょうし、彼は紳士的でスミス君やロバートさんのように無神経な男性ではありませんし、パパとママには残業でギルドに泊まったとか言い訳すれば良いし。
【私はソファを使いますので、ツヨシはベッドで寝てください】
「アリス! 好き!」
【わ、私も好きですが、このタイミングで言わないでください】
「アリス、ベッド、俺、ソファ」
【今の状況で、ツヨシの寝ていたベッドで寝るのは、色々とやゔぁいのです】
「俺、大丈夫」
【私が大丈夫ではないのです】
「解った」
ツヨシは、私の持参したプロテインを飲むと、コート掛けやタンスをベッドの横に置いて、部屋を二つに間仕切りました。
「アリス、おやすみ」
【はい、おやすみなさい】
「アリス、俺……」
【何ですか?】
「俺、魔王、倒す」
……。
「約束」
【おやすみなさい】
私は、てっきり、男性は、同室で寝る女性に配慮して、部屋を間仕切るなんて気遣いが、絶対にできないと思っていました。
でもツヨシは、そういう気遣いのできる人でした。
ツヨシの寝息を聞きながら、彼の魅力に惹かれていく自分に気付いてしまいました。




