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18 魔法少女

 彼女の名前はカオリ。

 都内の公立中学校に通う14歳、蟹座、趣味は小学生から遊んでいるリズムゲーム『魔法少女マジョマホカ』のマホカード収集だった。

 魔法少女マジョマホカは、女子小学生に人気のゲームであり、マホカードとは、ヒロインの衣装をチェンジして能力値を変化させるコーデカードだ。


「カオリ、まだマホカード集めている?」


 カオリに聞いてきたのは、同じ団地に住んでいる幼馴染みのナルミだった。

 カオリとナルミは趣味が合う親友で、彼女たちは小学生のとき、放課後になると近所のショッピングモールで、魔法少女マジョマホカを一緒に遊んでいた。


「うん、集めているよ。マジョマホカのカード収集は、私の人生だもんね」

「私はゲームを辞めるから、マホカード全部あげるよ」


「えーッ、全部って『聖なる錫杖(ホーリーロッド)UR』のコーデカードもくれるの!?」

「アニメも今期で終わるし、来年は受験でしょう。魔法少女は、そろそろ引退しようかなと思ってさ」


「そか、ナルミは魔法少女を辞めちゃうのか」

「カオリはトップクラスの魔法少女なんだし、これからも魔法少女を続けなよ」


 魔法少女マジョマホカでは、全国ランキングに『魔法少女○○○』と表示されるので、プレイヤー同士は、お互いを『魔法少女』と呼び合うのである。

 カオリは全国ランキングトップ10にランクインしており、トップランカー『魔法少女カオリ』の名前は、全国の女子小学生に知れ渡っていた。


「ナルミも、ついに魔法少女を辞めちゃったよ」


 カオリは帰宅すると、ベッドに鎮座しているクマのヌイグルミに話し掛けながら、ナルミから貰ったカードホルダーを勉強机に置いた。

 カオリは小学生のとき、クラスの友人のほとんどが魔法少女で、学校にコーデカードを持ち込んでは、交換したり、貸し借りしたり、能力値を変化してランキングを競ったものだ。


 その魔法少女たちは今、カオリを残して全員引退してしまった。


 もっとも友人たちは、ゲームに出てくる衣装や魔法のステッキマイクなどのグッズを買い揃えて、リアル魔法少女を目指しているカオリとは、そもそもゲームに掛ける熱量が違っていた。


「落ち込んでても仕方ないし、せっかく入手したURカードでコーデしよ」


 カオリは、ナルミから貰ったカードを並べると、魔法少女の衣装、装備、宝飾品を数枚選んで自分のデッキ(カードホルダー)に加える。

 指で弾いた100円玉を手に取ったカオリは、カードホルダーをポケットに仕舞うと、制服も着替えずに靴を履いた。


「魔法少女ナルミの想いは、私が戦いの場に持っていくわ。私と一緒に大魔王ソウル(ゲームのボスキャラ)を倒しに、魔法の国(近所のスーパー)に行きましょう!」


 何処かで聞いたような台詞で自分を鼓舞したカオリは、日が暮れている夜の大型スーパーに向かった。

 近所のスーパーに置かれた筐体ならば、ゲームセンターではないので18時以降でも遊べるし、制服のままでも注意されない。


「大魔王ソウルまでのルートは、フルコンボが最短だけど、復活ステージを経由した方が得点が稼げるのよね。でも聖なる錫杖を装備してフルコンボの方が、ボーナスポイントが高いかも……。う〜ん、悩ましい」


 カオリはゲームの攻略に気を取られて、交差点の信号が赤に変わったことを気付かなかった。

 

「女の子が、トラックに轢かれるぞ!」


 その声に我に返ったカオリだったが、目と鼻の先にトラックが迫っており、足が竦んで逃げられなかった。


 −−ッ!


 咄嗟の出来事に叫び声も出ない。

 そう言えば、ゲームでミスタップして負けた魔法少女は、大魔王ソウルの攻撃魔法で、魔法の国から現実世界に吹き飛ばされる。

 カオリは、トラックに吹き飛ばされて何処に行くのか。

 天国に決まっていた。


「来いッ!」


 死を覚悟したカオリは、トラックの前に立ち塞がる男の背中を見た。

 両手を広げる男の背中は、まるでヒロインのピンチに駆け付けたヒーローのように逞しく、生身の人間が、疾走してくるトラックを受け止められるはずがないと解っていても、なぜか期待してしまう。


「兄ちゃんッ、頑張れ!」


 誰かが叫んだ。

 カオリは、助かるかもしれないと思った。

 しかし現実は無情なもので、カオリは男と一緒にトラックに跳ね飛ばされて死んでしまったのである。


 ◇◆◇


 自分を助けてくれた男は、いったい何者だったのか。

 カオリが女神に魂召喚されたのは結果論だが、こうして異世界で第二の人生が始められたのだから、やはり彼は命の恩人なのである。


「カオリ〜、また男のことを考えているのかい? そろそろ現場に到着するから、モンスター退治に集中しなぷ〜」


 カオリに話し掛けたのは、自宅のベッドに鎮座していたクマのヌイグルミ『くまぷ』だった。

 言葉を話すヌイグルミのくまぷは、異世界転移したカオリの魔力で具現化した魔道具の一つであり、この世界で()()()()()()()()()()()()()()の従者である。


「くまぷ、敵のモンスターと数は?」

「オークが三匹だと聞いているよ〜って、カオリも聞いてたぷ」


「そうだっけ?」


 オークに侵入された村の人々は、翼の生えた聖なる錫杖(ホーリーロッド)に横座りするカオリを見上げて、一斉に歓声を上げた。


「魔法少女カオリ様だ!」

「魔法少女カオリが来たから、もう安心だ!」


「カオリ〜、人気あるねぇ〜」

「くまぷ、魔法少女を嫌いな人はいないわ。この世界でも、元の世界でも、魔法少女は人気者なのよ」


 カオリは、オークの頭上で錫杖から飛び降りると、ステッキマイクを手にして着地した。


「皆さん、危ないから下がってください! 魔法少女がいる限り、村人たちを襲うなんて許さない! 女神に代わってお仕置きよ!」


 ポーズを決めたカオリは、オークを指差してウインクする。


「くまぷ、ミュージックスターティン!」

「あいあいぷ〜♪」


 カオリは音楽に乗せて、下着が見えそうで見えない絶妙なフリルスカートを揺らしながら、新体操のような動きでオークと観客(野次馬)を魅了した。


「ウガーッ!」

「私の火球は一味違うッ、シャインマスカットアタック!」


 カオリは、襲い掛かってきたオークにステッキマイクの先端を向けると、緑色の火球を連射して焼き尽くした。


「ウガーッ!」

「私の射矢は桃蜜のように甘くないッ、ピーチゼロシュガーアロー!」


 カオリの手に現れた魔法の弓矢は、ピンク色の矢を放つと、二匹目のオークを射抜いて呆気なく倒した。


「さあッ、あなたが最後の一匹よ! 町の人々の平和を脅かしたモンスターは、私が許さないわ。必殺技をお見舞いしてあげるから覚悟しなさい!」

「カオリっ、あの必殺技を使うのぷ!?」


 カオリが手を高く上げると、ナルミがくれた聖なる錫杖を掴んだ。

 URマホカードから具現化した聖なる錫杖は、カオリの飛翔道具であると同時に、必殺技を放つ魔道具なのだ。


「ウガーッ!」

「少女を惑わす魅惑の鉄球ッ、タピオカレイン」


 グシャ、ブチュ、グシャ、グチャ……


 最後のオークは、頭上から次々に降り注ぐポーリングの玉ほどの黒い鉄球に押し潰された。


「カオリ、フルコンボだぷ〜!」


 くまぷが浮かれて踊ると、観客(野次馬)もつられて踊り出した。


「魔法少女カオリ様、お疲れでした。宴席を用意させますので、どうかこちらへ」


 村長と思われる男性が、戦い終えたカオリに揉み手で近付いてきた。

 カオリは急ぎの用事があるので、接待は次の機会にお願いしますと、村長の申し出を丁寧に断って、錫杖に跨って町外れに飛んだ。


 そして村外れに着地したカオリは、呪文を唱えて魔道具をマホカードに戻して、くまぷをコートマントのフードに隠した。


「カオリ〜、この町でも魔王フェレシアの聞き込みをするのかぷ?」

「ええ、もちろん」


 カオリは旅人に紛れて村に戻り、アルケスタ大陸の西方に魔界を広げようとする魔王グランデの落とし子フェレシアの情報について、その真偽を調査する。


「冒険者ギルドもない過疎の村で、魔王の情報があるとは思えないぷ」

「そうね。でも()()()()なら何か解るかもしれないわ」


「カオリは、あの男のことが好きなんだぷ〜」

「ち、ち、違うわよっ、べ、べつに好きってわけじゃないのよ」


「そうなのぷ?」

「私がアルケスタ大陸に降臨するとき、彼の(光の矢)が西方地区に向かって行くのが見えたわ。だから魔王フェレシアの調査クエストを受注した()()()()()()()()()()()()()()だけです」


「どっちがついでなのかぷ〜」

「余計なお喋りするなら、くまぷもマホカードに戻すわよ」


 カオリは、くまぷが黙ると、村の中心部に向かって歩き出した。

 これがアルケスタ大陸の西方を調査しているカオリと、従者くまぷの現状だった。

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