17 ミリオタのラノベ作家
彼のペンネームはサブロー。
サブローは高校に入学したとき、趣味で書いたファンタジー小説をネットで公開したところ、出版社の目に止まり、あれよあれよと人気ラノベ作家に仲間入りした。
しかしサブローは、作風である剣と魔法の異世界ファンタジーの世界観を否定しており、現役の高校生ラノベ作家の身分を隠していれば、周囲には−−
「高校生にもなって、剣と魔法の異世界があると信じている奴は、頭がお花畑なんじゃないの。くくく」
などと、皮肉屋を気取っており、異世界ファンタジー作品の視聴者や読者に憎まれ口を叩いてSNSが炎上することもある。
サブロー曰く、モンスターや魔王がいる異世界が存在するなら、技能や才能に頼った剣や魔法など使わず、誰にでも扱いやすい銃火器を使うだろう。
命懸けでモンスターと戦う異世界で、銃火器が発展しないのは、まさにファンタジーだと言うのである。
「僕が異世界転移するなら、剣の技能や魔法の才能に頼らず、絶対に銃器を持ち込むよ。モンスターだって生物なんだから、銃弾を浴びせれば殺せるだろう」
そんなサブローの趣味は、電動エアガンを撃ち合うサバイバルゲームだった。
サブローは高校生ラノベ作家であり、ミリタリーオタクでもあった。
「サブローは選ばれし者なのです」
「僕が選ばれし者?」
「はい、サブローは事故で亡くなったので、私が魂召喚の部屋に招待しました」
サブローはBB弾除けのフェイスガードを外すと、真っ白な空間を見渡して、何の冗談かと肩を竦めた。
「白衣の天使とは、よく言ったものですね。お姉さん、ここは何処の病院ですか?」
サブローは野外でサバイバルゲームの最中、足を滑らせて崖下に滑落したので、病院に運ばれたのだろうと思った。
しかし女神は『病院でありません』と、笑顔で答える。
ここが病院ではなく、彼女の言うとおり魂召喚の部屋ならば、死んでしまったサブローは、お約束どおり異世界に飛ばされて、モンスターや魔王と戦わされるのだろう。
「くくく、お姉さん、現実を見ましょうよ」
「サブローこそ現実を見てください」
「僕は、ラノベ作家なのですが、自分が想像するような異世界が存在するなんて、これっぽっちも信じていないのですわ」
「そうでしょうか? サブローが異世界や魔法の存在を信じていないのなら、なぜ剣や魔法より銃器の方が、モンスターや魔王に対して有効だと考えるのですか」
「それは、異世界が存在する前提で考えれば、誰だって、そういう結論になりますよ」
「ええ、普通の人間は、異世界が存在する前提で考えません。サブローは、口で存在を否定しながら、心の奥で異世界の存在を確信しているのです」
「お姉さん、そいつは詭弁ですわ」
「サブローは、まだ気付きませんか? 普通の人間は、こんな状況で平常心を保てません。サブローは、事故で亡くなったと聞かされても平然としていますね」
サブローは真っ白な空間で、自分が死んだと言う女神と会話している現状を受け入れていた。
五感はもちろん、頭も冴えていれば、これが夢ではないことが明白だ。
女神の指摘したとおり、サブローが心底、魔法や異世界の存在を否定しているなら、現状に怯えて発狂している。
「どちらにしても、異世界転生なんてお断りですよ。僕は、現実主義者なんでね」
皮肉屋のサブローが、魔法や異世界を信じている者を幼稚だと見下している理由、高校生ラノベ作家の身分を隠している理由は、周囲に対する自己欺瞞でしかない。
異世界ファンタジーを否定することで、自分は幼稚な人間ではないと、自己欺瞞に浸っているのだ。
「サブローが異世界転移を望まないのであれば、魂を虚空に戻すことができます。虚空に戻ったサブローの魂は、二度と復活することがありません」
サブローが自己欺瞞を貫けば、魂が虚空に戻り消え去ってしまう。
「くくく、そういうことなら仕方ないですね」
現実を受け入れて異世界転移するか、それとも自己欺瞞を続けて消え去るのか、二者択一であれば、サブローの選ぶ答えは一つだった。
◇◆◇
サブローが目を開ければ、そこは月夜の草原であり、目の前には、彼が具現化した様々な近代兵装が置かれている。
迷彩柄のタクティスーツにグローブ、頭には暗視ゴーグルが装着されたヘルメット、草原に置かれた銃器の類も、ミリオタだったので使用方法を心得ていた。
「なるほど、これが僕に与えられた魔道具ってやつなのね」
暗視ゴーグルを下ろして口径9mmの拳銃を手にしたサブローは、暗い草原を見渡した。
サブローが暗視ゴーグルを赤外線モードに切り替えると、深い森に後ろ足で立ち上がったオオカミのようなモンスターと、剣を構える人影が見える。
剣を抜いている人影は、前傾姿勢のモンスターと一戦交えるようだった。
「おのれッ、人狼め! 俺の村から出ていきやがれ!」
「グルルルル」
サブローが降り立ったのは、勇ましい剣士の暮らしている村のようだ。
サブローには、縁もゆかりも無い土地であれば、見ず知らずの剣士をモンスターから守ってやる義理もない。
「ぐはッ!」
「ウォォォオンッ!」
人狼と呼ばれたモンスターが、剣士とすれ違いざまに鋭い爪で攻撃したらしい。
「ファイヤボール!」
振り返った剣士の手から、テニスボール程度の火球が飛び出したが、人狼は難無く払い除けた。
遠距離の攻撃魔法とは、払い除けられるほど威力がないのか、それとも術者が弱いのか、モンスターが強いのか。
サブローは、剣士とモンスターに実力差があるなら、あまり参考にならないと思った。
「しかし、こんな豆鉄砲では役に立たなかもしれない。これは、宗旨変えせざるを得ませんね」
サブローの魔力で具現化した拳銃には、魔力で具現化する弾丸を込めて射撃するのだから、そもそも実弾とは言い難い。
サブローは、剣士と人狼の勝負を見過ごすつもりだったが、オートマチックピストルの銃身をスライドして薬室に魔力を込めると、剣士が放った攻撃魔法『ファイヤボール』をイメージした。
この異世界に属性魔法の概念があるのか解らないが、拳銃に魔力を込めるサブローは、火属性ファイヤボールを凝縮して弾丸をイメージする。
サブローがモンスターに狙いを定めて、引き金に指を置いた。
「火球の弾丸」
ドォォォオン!
「きゃいんっ」
人狼の右脚が消し飛ぶ。
ドォォォオン!
「きゃいんっ」
地面に倒れた人狼の脇腹が爆ぜる。
サブローは魔力で具現化した拳銃から、イメージどおりの魔弾を発射した。
「くくく、これなら楽勝ですわ」
サブローは拳銃を両手に構え直すと、怯えるモンスターにファイヤバレットを連射しながら近付いた。
ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
「もう人狼は死んでいます!」
剣士が叫ぶと、動かないモンスターを執拗に射撃していたサブローは、肩で呼吸を整えながら銃口を下げた。
人狼と戦っていた剣士は、見たことのない洋弓銃を構えるサブローが加勢してくれたことに感謝を伝える。
「貴方様は、いったい何者ですか?」
「女神様は、僕を『エトランゼ』と呼んでいたね」
「異世界人!? 貴方様は、世界を救う異世界人なのですか」
「そうらしい」
「人狼を打ち負かした魔法道具は、いったい何ですか? 私は、そのような魔法道具を見たことがありません」
「くくく、この世界にも、やはり銃器がないみたいですね」
「この世界にも?」
「剣と魔法のファンタジー世界に銃器がないのは、お約束だからね」
サブローは、倒したモンスターを足蹴にすると、拳銃をショルダーホルスターに収めて天を仰いだ。
「なるほど、これが新しい現実ですか。僕の書く作品より、面白くなりそうですね」
口元を手で隠したサブローは、込上げてくる含み笑いを抑えられなかった。
サブローは、魔道具の拳銃からイメージどおりの魔法が発射できた。
つまりサブローは職業柄、想像力に自信があれば、どんな魔法でも魔弾として発射できる。
魔弾を発射する銃器さえあれば、剣と魔法の世界で無双できるだろう。
それに−−
「くくく、チート主人公は、美少女ヒロインとのラッキースケベも、お約束なんですよね」
サブローが主人公なのか、端役なのかは、現時点で不明であれば、とにかく彼も異世界転移を受入れた。
村に侵入してきたモンスターの撃退が、魔弾の射手と呼ばれる皮肉屋サブローの初陣である。