15 異世界人
私は治癒魔法の癒しの手で傷口を塞ぐと、表皮に残っている血を拭いました。
魔法使いのスキル『癒しの手』には、上位スキル『治療の息』があるのですが、私の癒しの手は、レベルが高いので、かすり傷程度なら十分に完治できます。
もっとも私は、特B級にスカウトされて、すぐにベテランの従者をあてがわれてA級に昇級しており、経験が浅く、上位スキルを獲得する前に現場から逃げたので、治療の息を使えないのですよね。
「アリスさんの癒しの手は、傷痕が残らないなんてレベル高いですね」
スミス君とツヨシは、私の治癒魔法に興味津々のようですが、義手の結合部を覗き込まれると、なんだか気恥ずかしいです。
義手の結合部には、魔法陣の入れ墨があるし、うら若き乙女の肌ですから。
「アリス、腕、治る?」
私が義手の結合部を隠すと、ツヨシは寂しそうな顔で聞いてきました。
【町に戻れば、新しい義手を作るので大丈夫ですよ】
「違う、腕、治らない?」
ツヨシは、どうやら傷口を治した魔法で、失った手を再生できないのか知りたいようです。
それが可能なら、義手に頼るはずがないのですが。
【私の治癒魔法は、どんな深手も治すことができますが、出血した血液を戻したり、失った部位を再生することができません】
「違う」
【何が違うのでしょうか?】
「フェレシア、腕、治る。フェレシア、アリス、治す」
【ツヨシは、魔王フェレシアに私の腕を治療させるつもりなのですか?】
ツヨシは頷くのですが、フェレシアの腕が再生した仕組みは、魔法ではなく、魔王の身体構造が人類と別種の人型モンスターだからです。
それに魔王の再生能力が魔法だとしても、魔王が人間を治療してくれるわけがありません。
ツヨシに伝えると、寂しげに私を見ています。
【右腕は古傷だし、魔王に奪われたのが左腕ではなくて良かったです】
「解った」
【私の体を気に掛けてくれて、ありがとう】
「アリス、好き」
【ふふ、私もです】
私は、ツヨシの頭を撫でてあげました。
ツヨシは、笑顔になって喜びます。
ツヨシの『好き』は、愛を囁いたわけではないのに、私の唇が、彼の笑顔に引き寄せられます。
「アリスさん、魔王の気配が遠ざかりました。そろそろ日が暮れるし、馬車まで戻りましょう」
カンテラを手にしたスミス君が、私とツヨシの間に割って入りました。
スミス君が邪魔しなければ雰囲気に流されて、私は乙女にあるまじき、はしたない行為に及んでいたでしょう。
危ない、危ない。
私たちがゴブリンの巣穴を出ると、もう日が暮れていたので、ツヨシとスミス君は、道に戻りながら薪を拾い、男車に戻ると、すぐに焚き火を起こして夕食にしました。
「俺、夜、走る」
ツヨシは、茹でたササミを食べ終えると、夜通し男車を引くと言うのですが、魔王との激戦(?)を終えたばかりなので、今夜は野営することにしました。
【この周辺を縄張りにしていたゴブリンが全滅していれば、先程の魔王も踵を返しで戻らないでしょう】
「アリスさん、ここを野営地にするなら、狼煙をあげちゃって良いですか?」
【お願いします】
「解りました」
町の壁外では、行き交う馬車が集まって夜を過ごすので、私たちが野営を決めて狼煙をあげると、他の馬車も集まってきます。
旅人たちは身を寄せ合うことで、モンスターの夜襲に備えているのです。
私たちは野宿で一夜を過ごすと、翌日の夕方には町に戻ることができました。
そしてスミス君には、ツヨシの事情を説明して、ゴブリンの群れを全滅したのが、冒険者マイセンだったことで口裏を合わせました。
「お前は、なんで魔王の名前まで解るんだ?」
「魔王が『フェレシア』だと名乗ったからですよ。人間は、殺すやつに名乗りを上げるんたろうって言ってました」
「だからさ、魔王が名乗りを上げたのなら、お前は生きて帰ってこられないだろう。報酬の金の棒貨10本が欲しくて、嘘の報告してんじゃないの?」
「嘘じゃありませんよ!」
そのせいでスミス君は、ツヨシの存在を伏せて、冒険者ギルドで魔王と遭遇した一部始終を報告したのですが、密偵の彼が、なぜ魔王と遭遇して生還できたのか問われてしまいました。
私が口止めしたせいで、スミス君が偽証罪に問われるのは、流石に良心が咎めるので、ツヨシの件をギルド長のオーフィスに相談することにしました。
◇◆◇
同日の王都サーザマルク。
王都サーザマルクは、アリスたちの町から東方にあり、唯一の大陸アルケスタの中心部にある都市だ。
サーザマルクにある中央政府は、異世界転移してきた特S級の冒険者たちを招集している。
しかし異世界人は普段、A級以上の冒険者とパーティーを組んで各地の魔王と戦っており、招集に応じたのは、たった三人だけである。
「諸君に集まってもらったのは、西方の魔王グランデが最近、自らの分身として産み落とした魔王フェレシアに、魔王の勢力圏『魔界』の拡大を指示したとの未確認情報があったからだ。君たちには、その真偽を調査して欲しい」
中央政府の役人は、円卓に座っている三人の異世界人に言った。
「その情報が真実なら、次の戦場は西方の魔界周辺になるな」
「タカキ様の言うとおり、情報が確かなら北西方向の騎士団を南下する必要があります。ゆえに単なる調査クエストですが、魔王軍に騎士団の動向を掴ませないために、冒険者ギルドに回せない極秘案件なのです」
招集に応じた三人は、女神より絶大な魔力と、特徴的な魔道具を与えられた異世界人であり、それぞれの魔道具を二つ名とともに紹介する。
「しかし俺たちだって暇じゃねえんだぜ。たかが調査クエストのために、俺にヌーベルシュタインで出撃しろって言うのか?」
魔力で動く全高5メートルの巨大ロボット魔神騎兵ヌーベルシュタイン操縦者であり、無人の鎧などを遠隔操作できる魔装使いタカキ。
「調査クエストでは、僕が射撃の腕前を披露する機会がなさそうですね。ここは、新入りのカオリ氏にお任せしますよ」
弾丸の代わりに様々なスキルを魔力で発射する二丁拳銃の使い手、魔弾の射手サブロー。
「サブローさんの言うとおり、調査クエストなら女の子の私でもできますよね」
そしてフリルの付いたカラフルな衣装で、羽の付いた錫杖に跨がり空を飛ぶ、命を吹き込んだクマのヌイグルミを従者にしているのは、魔法少女カオリ。
「え、カオリちゃんがクエストを引き受けるなら、俺もヌーベルシュタインで出撃するぜ! 俺が、魔王軍からカオリちゃんを守ってやるぜ!」
「タカキさん、いつもありがとうございます。でも一人で大丈夫です」
「くくく、タカキ氏、見事に振られましたね」
「う、うるせーぞ! ミリオタ野郎!」
彼らの魔道具は異世界転移前、それぞれが持っていた魔力や魔法の概念を具現化したものであり、タカキは魔力で動く巨大ロボットを、サブローは魔力を発射する銃器を、カオリは魔法少女グッズを具現化した。
「タカキさんのロボットや、サブローの銃器は目立ちますが、私が変身を解けば、誰にも異世界人だと気付かれません。異世界人だと気付かれないように、西方の魔界周辺に潜入して情報を集めてきます」
「カオリちゃんの覚悟が決まっているなら、俺は賛成するぜ。でも危険なときは、こいつで知らせてくれ」
「これはスマホですか?」
「いいや、そいつはネットに繋がらないが、俺とカオリちゃんを繋ぐ魔法道具さ」
「ええと……、タカキさんにしか繋がらないスマホですね。着信拒否は、できるんでしょうか?」
「おやおや、俺の聞き間違いかな。いま着信拒否とか聞こえたぞ」
「くくく、タカキ氏、現実を見ましょうよ」
「うるせーぞ! ミリオタ野郎!」
「タカキ氏だって、アニオタじゃないですか」
「何だと!」
「タカキ氏、もう二十歳過ぎているんでしょう? いい歳して、異世界でロボット乗り回すとかないですわ」
「俺のヌーベルシュタインは、魔力と言う名の男のロマンで動いているんじゃい!」
カオリは『ケンカは止めて!』と、サブローの胸ぐらを掴んだタカキの頬を叩いた。
パチーン!
「カオリちゃん?」
「ぼ、暴力反対です」
「私たち異世界で活躍する異世界人は、みんな何かしらのオタクです。タカキさんは熱血漢を気取っているけど、玩具を手にしてはしゃいでるだけだし、サブローさんがニヒルを気取るのは、コミュ障を誤魔化しているだけじゃないですか。二人とも、そんなイキリオタみたいな真似して、恥ずかしくないんですか!」
「す、すまん。俺は、確かにはしゃいでいた」
「カオリ氏、僕はコミュ障ではないのだけど」
「他人にケンカばかり売っているんだから、コミュ障でしょう!」
「す、すいませんでした。カオリ氏の言うとおりかもしれません」
静観していた中央政府の役人だったが、三人が落ち着いた様子だったので、魔王グランデの魔界拡大計画の真偽についての調査クエストは、魔法少女カオリに発注した。
「調査クエストで情報収集すれば、私を助けてくれた彼の居所も掴めるかもしれない」
魔法少女カオリは、ツヨシと一緒に異世界転移した少女である。
カオリは『私が彼を守ります!』と、女神に言い放ったものの、光の矢となり異世界に降臨したとき、ツヨシと離ればなれになった。
ツヨシは魔力もなく、魔道具も具現化しなければ、自分の助けを待っていると、カオリは考えているのだった。
次から新章です。