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14 魔力vs筋力

「見つけた」


 漆黒の重装鎧を纏った何者かが、スミス君を壁際に追い込んで大太刀を高く掲げています。

 スミス君を襲っていた人型モンスターは、私が予想したゴブリンロードではありません。

 残念なことに、嫌な予感が的中したようです。

 頭の巻角、紫色のオーラを放つ体、禍々しい宝飾品で着飾った人型モンスターは、魔物の王である魔王でした。


「ツヨシ兄ちゃん!」


 ツヨシは斜に構えると、強く握り締めた拳を振りかぶりました。

 魔王は振り返らなければ、そもそも防御するつもりもない様子です。

 背後から殴りかかるツヨシは魔力ゼロ、そんな人間の攻撃をくらったところで、重装鎧と魔力に守られた肉体が、傷付くはずがないと、魔王は軽んじているのでしょう。


 ですが、ツヨシのパンチには、ゴブリンの頭を吹き飛ばす威力があります。

 絶大な魔力に覆われた魔王の肉体だとしても、無傷で受け止めることなどできないでしょう。


「ツヨシスーパァナ(スーパー)ッコゥゥウッ(ナックル)!」


 ツヨシは腰を反転させると、周囲の砂埃を巻き込みながら、大太刀を振り上げている魔王の右腕を殴りました。


 パァァァンッ!!


 ぶちゃ……


【え?】


「え?」


 背後から吹き飛ばされた魔王の右腕が、スミス君の頭上の壁で跳ね返り、魔王の目の前に転がります。

 ツヨシのパンチは、重装鎧を纏った魔王の右腕を吹き飛ばしたのです。


【えーッ!】


「えーッ!」


 私とスミス君は、驚くことしかできないし、魔王は、地面に転がった自分の腕を見下ろして首を傾げています。

 そこに居合わせた誰もが、何が起きたのか理解できませんでした。

 ツヨシの強さは、人間離れしていますが、測定不可能なほど強い魔力に覆われた魔王の肉体を粉砕するなんて、想像の斜め上過ぎて理解が追いつかないのです。


「ツヨシ兄ちゃんッ、助けに来てくれたんですね!」

「スミス、友達、当たり前」


 スミス君は腰が抜けたのか、四つん這いになり、呆然としている魔王の足元をすり抜けて、私たちの方に逃げてきました。


「アリスさん、あいつフェレシアって魔王です。この周辺を魔界にするために、モンスターを集めているらしいです」


【フェレシアと言えば、西方の魔王グランデが産み落とした魔王ですね】

 

「魔王を討伐したら、いくら報酬がもらえますか」


【今は報酬の話ができる状況ですか?】


 スミス君は震える足で立ち上がると、魔王の背中を睨み付けるツヨシを指差します。


「アリスさんも見ただろう。ツヨシ兄ちゃんは、魔王にだって負けないよ」


 スミス君は、魔王と対峙したことがないので、右腕を失ったフェレシアなら勝てると勘違いしています。

 フェレシアの姿は、人間に酷似していますが、彼女は人間ではなく、紛れも無くモンスターなのです。

 粉砕された右腕の傷口からは、子供のような小さな腕が生え始めています。

 急速な再生能力、毒を盛られても死なない肉体、不死性こそが魔王の強さの本質なのです。


「なるほど、その男も忍び足(シャドーステップ)で魔力を消していたのか。そしてインパクトの瞬間、拳に全魔力を集中して振り抜いた。忍び足を利用した奇襲攻撃とは、なかなか面白いスキルの使い方だが、仕掛けが解かれば対処できる」


 フェレシアは、右腕とともに吹き飛ばされた大太刀を拾い上げながら、得心したように呟きました。

 魔王は、ツヨシが魔力を隠していると誤解したのでしょう。


「たかが人間の魔力如き、私の魔力で捻じ伏せてやるぞ!」


 フェレシアが左手に持ち替えた大太刀を振り下ろすと、ツヨシは沈み込んで拳を突き上げます。

 フェレシアの大太刀を握る左腕が輝きを増したので、魔力を集中して、ツヨシの突き上げた拳から防御するようです。


 バギィッ!


 フェレシアの左腕は、ツヨシのパンチでへし折れて、大太刀を落としてしまいした。

 ツヨシのパンチには、魔力が込められていないので、フェレシアの魔力で相殺できるはずがありません。

 単なる物理的な衝撃を防御するなら、肉体そのものを魔法で硬質化して、防御に徹するしかありませんが、フェレシアは大太刀を振り下ろしており、肉体を硬質化できなかったのです。


「お前の魔力は、私の魔力を上回っているだと?」


 フェレシアは、肩からぶら下がっている左腕を見て、ツヨシのパンチには、()()()()()()()()()()()が込められていたと分析したようです。

 ツヨシの攻撃は、魔王の肉体も破壊できる。

 だとしても、フェレシアが左腕を一振りするだけで、元の状態に戻ってしまうのだから、消耗戦になれば勝ち目がありません。


「ツヨシ兄ちゃんの魔力は、魔王なんかに負けてないんですよ! だって、ツヨシ兄ちゃんは、異世界人(エトランゼ)なんですからね!」


 スミス君は、ツヨシを冒険者だと勘違いしたままなので、魔力ゼロだと知らないのです。


「なんだとッ、その男は女神の送り込んだエトランゼなのか!? そうか……、こんな辺境地でエトランゼと遭遇するなんて、私は運がないようだな」


 おや、フェレシアの顔から血の気が引いています。

 異世界から転移してくる特S級の冒険者が、絶大な魔力と魔法道具を駆使して各地の魔王を討伐していれば、ツヨシが異世界人と知ったフェレシアは、一筋縄で勝てないと考えたのでしょう。


「女神の犬エトランゼ、お前の名前を聞いておこう」

「俺、ツヨシ」


「ツヨシが女神の恩恵を得ているエトランゼなら、純粋な魔力勝負では分が悪い。今は退散するが、いずれ決着を付けよう」

「解った」


 フェレシアは、見逃してくれるようです。

 でもフェレシアが戦っているのは、魔力ではなく筋力なのですが、勘違いしてくれているのなら、訂正する必要はありません。


「しかし、すぐに借りを返さないと気が済まない性分なので、この女の右腕をもらっていくぞ」

「何?」


 フェレシアは、ツヨシとすれ違いざまに呟くと、私の右腕を掴んで蹴り倒しました。


【ーーッ!!】


 フェレシアに千切られた私の右腕は義手ですが、魔力で繋いでいた肩から無理やり引っこ抜かれたので、激痛で声にならない悲鳴をあげました。

 傷付いた義手の繋ぎ目から血が流れており、それを見たフェレシアは満足そうに笑います。


「ツヨシ、また会おう」

「フェレシア、待て!」


 私は、フェレシアを追い掛けようとしたツヨシを引き止めました。

 ツヨシは私が義手と知らず、右腕を引き千切ったフェレシアに憤っているのでしょう。

 ですが、失った義手は、町の工房で作り直せば良いだけで、せっかく見逃してくれた魔王を追走して、取り戻すのは危険です。


 ツヨシは、ファイヤボール一発で丸焦げなのです。


 とにかく今は、洞窟から魔王の気配が消えるまで、少し休みましょう。

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