12 筋肉は正しい
冒険者がモンスターの巣穴を掃討した直後、空き家を狙って住み着くモンスターがいます。
モンスターが住み着くような場所は、不浄に満ちており、他のモンスターにとっても環境が整っているからです。
つまり空き家になったゴブリンの巣穴は、他のモンスターにとって好物件だったのです。
そして空き家に住み着いたモンスターは通常、家主だったモンスターより低級であり、スミス君が潜った洞窟には、ゴブリンより下位のモンスターが住み着いているでしょう。
なぜならモンスターに分類される生物には、縄張り意識があり、お互いに争いを避けています。
巣穴周辺をゴブリンが縄張りにしていたなら、彼らより上位のモンスターがいなかったことになります。
スミス君は、そう考えて単独で調査しています。
ツヨシは先日、ゴブリンの群れを壊滅するために、巣穴に侵入していますが、防戦してくるゴブリンと洞窟の入口付近で戦っており、最深部まで潜ったわけではありません。
「スミス、こっち」
しかしツヨシは夜目が効くのか、入り組んでいる洞窟を先導しています。
スミス君は、忍び足で気配を消していますね。
私はカンテラを翳して、暗い洞窟を照らしますが、先行するスミス君の姿が確認できなければ、聞き耳を立てても足音が聞こえません。
しかし分岐路に立てば、灯りを手にした私でさえ進む道を躊躇うのに、ツヨシは少し立ち止まると、スミス君の居場所を確信して進みます。
ツヨシにスミス君の姿が見えているとも思えないし、スミス君の忍び足は完璧で、彼が通った痕跡を残していません。
不思議に思った私が、分岐路で立ち止まったツヨシの前に回り込むと、彼は左右の大胸筋を交互に上下していました。
【え、どういうこと?】
「スミス、こっち」
大胸筋の右側が上で止まると、ツヨシは右側の道を指差しました。
まさかツヨシは、大胸筋で棒倒しして進路を決めていたのでしょうか。
「筋肉、教えてくれた」
【当てずっぽうじゃないですか!?】
「違う」
【何が違うのですか】
「筋肉、正しい」
【筋肉は正しいとは、どういう意味ですか?】
ツヨシは弱った顔で、後頭部を掻き上げています。
私の読解力が足りないようです。
【ええと、筋肉、教えてくれた、筋肉、正しい……、ツヨシの筋肉は正しい選択を教えてくれる。そういう意味ですか?】
ツヨシが力強く頷きました。
私はギルドの受付嬢なので、クエストを受注する冒険者のステイタスや保有スキルを可視化する魔法道具を持っています。
冒険者リストには職業欄がありますが、経験を積むことで新たなスキルを獲得したり、上位スキルに変化したりするので、定期的にリストの職業欄を更新する必要があるからです。
またスキルは、魔力で発動します。
この世界では、冒険者じゃない一般人にも魔力があり、農業、料理、鍛冶屋、学問など何かしらの才能が備わっており、それぞれに適した仕事に就いています。
もちろん、努力や経験により新たな才能を獲得できるので、農業のスキル保有者が料理人を目指すことで、料理のスキルを獲得することもできます。
ただ魔力量の少ない者は、多くのスキルを使いこなせないので、生まれ持った才能を活かした仕事に就く者がほとんどです。
そして魔力量が多い者でも、経験を積まなければ新たなスキルを獲得しないし、上位スキルにも変化しません。
私は人並み以上の魔力があるのに、冒険者ギルドの受付嬢に甘んじており、魔法使いのスキルを無駄にしているのです。
冒険者の担い手不足が深刻な理由は、私のような臆病者がいるせいなのでしょう。
……。
話を戻します。
この世界の人間は、多い少ないに関わらず魔力があり、何かしらのスキルを保有しています。
私は、それらスキルを可視化する魔法道具を持っているのですが、魔力ゼロのツヨシに才能があっても、魔力がないので発動できないので、調べようと思わなかったのです。
しかしツヨシは筋肉を使って、私が感知できないスキル発動中のスミス君の足取りを追っています。
もしかすると、異世界人のツヨシには、魔力を必要としないスキルがあるのかもしれません。
それにゴブリンを瞬殺したツヨシのステイタスも気になります。
私は腰巻き鞄から魔法道具の片眼鏡を取り出すと、ツヨシの保有スキルを確認しました。
【ツヨシのステイタスとスキルは−−】
魔力に反応してステイタスとスキルを可視化する魔法道具の単眼鏡が、魔力ゼロのツヨシに反応するわけもなく、私は、彼のステイタスやスキルを知ることが出来ませんでした。
しかし受付嬢に支給されている単眼鏡は簡易なものであり、町に帰れば、冒険者登録用の魔力測定器など本格的な魔法道具があります。
ギルドの魔力測定器では、どんな微量の魔力も検出できるので、ツヨシの強さの秘密も解析できるでしょう。
ツヨシの強さは、現時点で謎のままです。
でもツヨシは魔力ゼロですが、鍛え上げた筋力があり、魔法は使えませんが、筋肉はフルパワーで使えます。
洞窟の最深部に魔王が待ち構えていても、ツヨシなら瞬殺してくれそうな気がします。
「……助けてください」
スミス君の弱々しい声が聞こえると、魔力に反応する単眼鏡が、私たちの進む洞窟の奥に、彼がいることを教えてくれました。
スミス君は忍び足を解除して、私とツヨシに助けを求めています。
「スミスッ、助ける!」
【ツヨシ、ちょっと待ってください】
私は、先を急ごうとするツヨシを止めました。
なぜなら私たちとスミス君の間には、簡易魔力測定器である単眼鏡で計測不可能な人型モンスターが、立ち塞がっているからです。
【ゴブリンの巣穴だった洞窟の最深部には、魔力量が計測不可能な魔王クラスのモンスターがいます】
魔王クラスのモンスターは、気配を消してスミス君をやり過ごした後、逃げ場を封じてから姿を現したのでしょう。
だとすると、魔力だけでなく知能も高いです。
無策で突貫すれば、私たちは全員殺されます。
「アリス、大丈夫、筋肉、正しい」
【ツヨシの筋肉は凄いですが、魔王クラスのモンスターの魔力は底が知れません。魔力のないツヨシでは、敵の攻撃魔法を防御できないのですよ】
ファイヤボール一撃で黒焦げです!
「俺、大丈夫」
ツヨシは親指を立てると、スミス君を助けるために走り出したので、私も慌てて追い掛けました。
私たちでは、魔王クラスの敵に勝てないでしょう。
それでも私の治癒魔法や防御魔法は、逃げるための時間稼ぎに役立つかもしれません。