11 緊急ミッション
ツヨシの引く馬車の乗り心地は、馬車馬の引く馬車より快適です。
【ツヨシが引いているので、これは男車ですね】
私たちは、ツヨシの家を引き払うと、彼の引く男車で町までの帰路につきました。
町までは途中、何度か休憩しながら翌日の昼頃に到着するでしょう。
いくらツヨシが馬並みに走れたとしても、昼夜を問わず走りっぱなしでは、流石にばててしまいます。
と、当たり前のように、ツヨシに男車を引かせていますが、当たり前のように、人間に二頭立ての馬車を引かせている現状は、じつは全く当たり前であるはずがないのです。
ツヨシと一緒にいると、自分の常識が世間とズレていく気がします。
「フロントダブルバイセップス!」
「ナイスバルク! ツヨシ兄ちゃんッ、今日の筋肉もキレキレだね!」
「バックダブルバイセップス!」
「つらい時の筋肉は強く勇敢な人のもの! 筋肉は世界共通言語!」
御者のスミス君は鞭を打つ代わりに、走りながらポーズを決めるツヨシに声援を送っていました。
声援を受けたツヨシは、男車の速度を上げるようです。
「ツヨシ兄ちゃん、そろそろ休憩します」
「サイドリラッ〜クス」
ツヨシが男車を道の端に寄せると、そこはスミス君が馬車を滑落させた場所でした。
「はぁ、はぁ、はぁ……スミス、プロテイン、プロテイン」
「はい!」
スミス君は御者台を飛び降りて、ツヨシにプロテインの入った水筒を渡しますが、すぐに口を付けません。
筋肉を育てるプロテインは、休息後しばらくしてから飲むのが良いそうです。
異世界人のツヨシ曰く、魔法のない異世界では、科学が発達しており、彼の筋トレやプロテインの摂取方法は、科学に裏付けされているとのことです。
ツヨシの肉体が科学とやらで作られたのであれば、高度に発達した科学は魔法と区別がつきませんね。
「アリスさん、少し気になることがあるので、一緒に確認してもらえますか」
スミス君は、ゴブリンの巣穴があった崖下を覗き込んでいます。
私が覗くと、巣穴の前に放置した馬の遺体が消えていました。
どうやら空き家になった巣穴には、新しいモンスターが住み着いたようです。
「調べますか?」
【ゴブリンに襲われたとき、私を置いて逃げ出したくせに大丈夫なのですか?】
「おいらは戦闘が苦手なので、調査クエストの専門家を目指しているんですよ。覗き見なら任せてください」
【そう言えば、スミス君の本職は『密偵』でしたね】
「はい、趣味と実益を兼ねてます」
冒険者リストには、登録する者のステイタスや保有スキルに応じた職業が記載されているので、パーティメンバーの募集で参考にしたり、特定の職業のみを募集したりできます。
ステイタスやスキルの組合せにより複数の職業が記載されるので、スミス君の場合、調査や斥候任務を得意とする『密偵』と、後方支援系の『御者』が冒険者リストに記載されていました。
ちなみに人数の最も多い職業は『剣士』『戦士』で、人数の多い彼らは、パーティメンバーに採用されるのも、昇級テストに選抜されるのも至難の業です。
一方、私の『魔法使い』やスミス君の『密偵』は希少な職業で、魔法や固有スキルが必要な局面があれば重宝されるし、上位者に欠員が出やすく、飛び級で昇級テストに選抜されることもあります。
「おいらが巣穴を調べてきたら、ギルドの支払う報酬はいくらになるかな?」
【この周辺のモンスター管理はナイゼルの管轄なので、うちが報奨金を支払うなら相場より安くなります】
「報酬額は?」
【モンスターの特定で銀1本、巣穴に住み着いた群れの規模を確認できれば銀5本ですね】
「ギルドが発注するクエストじゃないから、そんなもんですか」
【でも住み着いているのが大型龍や魔王ならば、中央政府から金10本が支払われます】
「金の棒貨10本!?」
【はい、大金目当てに、未調査の巣穴を専門に探索する冒険者もいます】
「よし、今ならツヨシ兄ちゃんもいるし、ヤバくなったら助けてもらえば良いや」
スミス君は足場を選びながら、崖下の巣穴に向かいました。
プロテインを飲み干したツヨシは、私の隣に立つと、巣穴の前に到着したスミス君を不安な顔で見ています。
「スミス、大丈夫?」
スミス君は、まだ子供ですが、御者の手懐けや密偵の忍び足のスキルを使いこなす優秀な冒険者なのです。
「俺、スミス、助ける」
【ツヨシは、休憩しなくて良いのですか?】
「俺、大丈夫、スミス、危険」
【どうしてスミス君が、危険だと解るのでしょう?】
「筋肉、教えてくれた。スミス、筋肉、友達」
ツヨシの大胸筋がぷるぷると、小刻みに震えています。
「俺、行く!」
ツヨシはこのとき、ただならぬ気配を感じて、巣穴に消えたスミス君を追いかけたのかもしれません。
私も、彼らの後を追いかけて巣穴に向かいます。
※10/9 プロローグを追加挿入しています。