09 山が動いた
ツヨシの姿が見えないので家の外を探すと、彼は裏庭で薪割りをしていました。
当然のように手刀です。
シュタンッ! シュタンッ!
私がしばらく見ていると、ツヨシは大きい薪を指で裂いて細くしていきます。
ギギィ、ギギィ、ギギィ
ツヨシは太い丸太を手刀で切り分けると、さらに指で摘んで引き裂いて、手頃な薪を作っているのです。
ツヨシの薪割りは人間離れしているのに、不思議と違和感がありません。
「アリス、俺、仕事」
すくっと立ち上がったツヨシは、横顔を向けて言いました。
マイセンがいないのでクエストの下請けではなく、たぶん土方仕事に向かうのでしょう。
私はツヨシを冒険者にしたいと考えており、彼の仕事ぶりを見学したいと思いました。
私が同行したいと申し出ると、ツヨシは快諾してくれました。
◇◆◇
私たちは、まず市街地の露店で朝食にしたのですが、ツヨシはバゲットサンドのバゲット抜き(?)を注文して、具材の茹でたササミだけを食べています。
ツヨシが鶏肉のササミと卵しか食べないと言うのは、本当みたいです。
食費がかからないのは結構ですが、偏食が過ぎると健康面が気になります。
「おう! ツヨシよく来たな、待っていたぜ!」
「俺、働く」
現場監督の男性には、ツヨシの働きぶりが見たいと、事情を簡単に説明して見学の許可を頂きました。
今日の現場は町の外壁の外なので、私は土方さんたちと馬車に乗り込みます。
「今日は、街道の拡幅工事だからよ。ツヨシは、いつもみたいに路側の雑木を根こそぎ倒してくれや」
「解った」
馬車を降りたツヨシは、頭に手拭いを巻くと、ロープを肩に担いで、斧も持たずに街道を進んで行きました。
まあ雑木を伐採するツヨシが、斧を手にする方が違和感があるわけですが。
「アリス、危険、離れろ」
ツヨシが手を煽り、下がれとジェスチャーするので、私は数歩下がって見物することにしました。
丸太を手刀で切り分けるツヨシですが、路側に生えている雑木は、それの数倍太いので、さすがの彼でも手こずるのでしょう。
「アリス、待ってて、仕事、すぐ終わる」
【はい】
「ツヨシラリアァーット!」
【え、ツヨシラリアットとは呪文ですか?】
ツヨシは高らかと掲げた右腕で、雑木を巻き込むように振り下ろすと、インパクトの瞬間に体重を乗せて難なく薙ぎ倒しました。
「そりゃッ! とりゃッ! せいやッ! ほいさッ! そりゃさッ! どりゃさッ! ぜいやッ!」
二本目からは掛け声だけで、次々に雑木を薙ぎ倒しており、あっという間に視界の外に消えてしまいました。
太い木を一撃で薙ぎ倒すのは、想像の斜め上でした。
「ツヨシがいると、やっぱり仕事が捗るな」
私の隣に立った現場監督は、手を翳してツヨシの消えた遠くから、木々が倒れていくのを確認しています。
現場監督は、呆然としていた私に声を掛けてきました。
「お嬢ちゃん、あんたの制服は冒険者ギルドスタッフの服だろう」
【はい】
「ツヨシは、見てのとおり剛腕の持ち主だ。俺としては、ツヨシに辞められると困るんだが、あいつの腕を、こんなところで腐らせておいちゃいけないと思うんだ」
【ええ、私もそう思います】
「ツヨシを俺に紹介したマイセンが昨日、ツヨシをギルドスタッフに預けて本物の冒険者にしてやりてぇなんて言ってきたぜ」
【マイセンが町を出る前に立寄って、わざわざ現場監督さんに報告したんですか? 私にツヨシの世話を押し付けて逃げたくせに、少し意外ですね】
「マイセンは、顔に似合わず筋を通す男なんだ。マイセンには、ツヨシの強さが活かせない。だから、きっとギルドスタッフのお嬢ちゃんに、ツヨシの未来を託したんだろう」
【マイセンは、そういう人だったのですか?】
「ツヨシには、今日限りで仕事を辞めてもらうから、魔王すら恐れる冒険者に育ててくれるか?」
……。
「自信がないのか」
【魔王すら恐れる冒険者とは、ツヨシをS級の冒険者にしろという意味ですよね】
「いいや、俺とマイセンがツヨシに託すのは、S級の冒険者なんて小さい夢じゃない。勇者だよ。ツヨシには、世界を救う勇者になってほしいんだ」
……。
私は、なんて答えれば良いのでしょうか。
ツヨシの桁外れの強さには、確かに何かを感じます。
でも私が約束できるのは、まだ『魔法使い』として在籍している私の従者として、ツヨシを冒険者リストに登録するだけです。
マイセンや現場監督の期待に応えるには、従者だけでなく、主人となる私も魔王討伐クエストに参加しなければなりません。
失ったはずの右腕が疼きます。
私の右腕は、魔王城のモンスターに食い千切られました。
ツヨシは冒険者になるべきだと思いますが、私の覚悟が決まりません。
こんな状態では、ツヨシを冒険者にしても、きっとマイセンの下請けと変らないクエストしか受注できないでしょう。
ツヨシには、勇気のある魔法使いを探して、従者になってもらった方が良さそうですね。
「おっ、ツヨシが戻ってきたぞ! お嬢ちゃん、見てみろよ。ツヨシってやつは、やっぱり凄え男だぜ」
私が顔を上げると、数十本、いいえ百本以上の木々をロープで結び付けて、肩に担いで戻ってくるツヨシがいました。
まるで山が動いているようです。
ツヨシは、山を背負って帰ってきました。
「アリス、仕事、終わった!」
笑顔のツヨシは、私の事情も知らず無邪気に手を振っています。
ツヨシの振る手は、まるで子犬の尻尾のようです。
【解りました。約束します】
「お嬢ちゃん、ありがとうよ」
私は今、覚悟を決めました。
私はツヨシを従者として、冒険者に復帰します。