第五話 多分、大丈夫
しれっと前話を改稿してます。
「夢……? それにしてはリアルだったような」
気を失ったのも束の間、空哉は意識を取り戻した。
「あっ、起きた! そらや、大丈夫!?」
空哉が目を開けると、先程の少女が不安そうに空哉の顔を覗きこみながら、彼の身体を揺さぶっていた。
「多分、大丈夫」
君のせいで大丈夫ではない、と空哉は言いそうになったが、なんとか飲み込んだ。
(夢じゃなかったのかよ……)
空哉は心中でため息をついた。
「よかった。急に倒れたから心配したのよ」
少女は安堵の表情を見せた。その表情すら可愛らしい。しかし今は、見蕩れている場合ではなかった。
ひとまず目が冴えたところで、今すべきことはなにか、と考えるが、頭痛の影響で判断能力は低下していた。
「と、とりあえず、何か! 着るもの!」
それでも、眼前の少女に服を着せなければならないことだけは把握し、近くにあったカーディガンを掴むと、少女に投げつけた。
「え? きゃっ」
彼女は何も着ていなかった。
破廉恥だな……と空哉は思った。先程から顔を手で隠さずに、全裸の少女を凝視していた自分も大概であるが。
少女が口を尖らせる。
「もう。いきなりなに?」
カーディガンを一応羽織った少女は頭をひょっこり出す。その表情はむくれていた。
少女の裸身が隠されると、空哉は少しだけ平静を取り戻し、状況の整理に思考を向けることができた。
この少女はニコと名乗り、飼い猫のニコだという。
(この少女がニコ? そんな馬鹿な。いやしかし……)
空哉は部屋を軽く見渡すが、猫がいる気配はない。
ならば、この少女が猫のニコなのか。少し考え、確かめる方法を思い付く。
「猫の姿に戻ることって……できるのか?」
少女は少し不満そうな顔をしたが、意図を理解したのか、頷き、
「いいよ。うーーーんっと」
そう言って身体を力ませると、ぽんっという音と共に煙に包まれる。
煙が晴れてそこにいたのは、空哉が見慣れた猫の姿だった。
「ニ、ニコ……!?」
人間が猫に変身する。その非科学的事象を、空哉ははっきりと目撃した。
幻かもしれないと疑いつつも、恐る恐る手を伸ばし、先程まで少女だった猫を抱える。
「みゃ?」
(ニコ?)
猫の顔をまじまじと見つめてみる。毛並みの柔らかさと色は、空哉がよく知るニコと同じだった。
(ニコか?)
上から見る。
(ニコだ)
持ち上げて下からも見る。
(この模様、この触り心地、覚えてる、ニコだ)
あちこち見てみる。これが少女だったことも忘れて、愛しの猫の感触を堪能する。
「みゃううう……」
ぽんっ
「もう、くすぐったいよそらや」
猫は突然、少女の姿に戻った。空哉は少女の両腋を抱えるような状態になる。
「え? うわあっ!!」
空哉はまた勢いよく仰け反った。
「急に戻るなよ。びっくりするじゃないか」
「あはは、ごめん。でも、わかってくれた?」
あまり悪びれることなく、少女は空哉に微笑みかけた。
「と、とりあえずわかった。君がニコだと信じよう」
本当はまだ受け止めきれていない。
だが、今はまず認めざるを得なかった。
問題は、その先である。気絶する前のことを思い出す。
(理由を聞いたら、僕が好きだからって答えたな……)
そしてその後、抱き締められて、押し付けられた胸が柔らかくて、というところで、空哉は考えるのをやめた。
だから今度は落ち着いて、冷静に、彼女を問いただす。
「その変身能力って、どうやって手に入れたんだ?」
なんとか冷静な部分―――好奇心ゆえに、原理を聞いてみる。
ニコはちょっと考え込むと、神妙な顔つきで答えた。
「お願いしたの。そらやのために、人間になりたいって」
「お願いした?」
雑な理由だな、と空哉は思った。彼はあまり信心深くはない。だが、それ以外に納得のいく理由は彼自身にも思い浮かばない。
「本当だよ?」
そう言い、ニコは空哉の顔を覗きこむ。
(しかし今は、信じるしかないか……)
疑ったところで、科学的に説明できる原理など教えてくれそうもない。恐らく一生わからないだろう。
それに、全くの赤の他人ではないだけ信用には値するだろう。そもそも原理を知る必要なんてなかった。
「うんわかった。おはよう、ニコ」
その言葉でニコは、ぱあっと明るい表情になった。
「おはようっ! そらや!」
ニコは元気よく答え、空哉の胸に飛び込んだ。
「わあっ! いきなり抱きつくな!」
空哉は再び少女を引き離すと、勢いよくバックステップして壁にぶつかった。
次回は未定です。