第四話 こういうのは、違うんだこういうのは
4時間ほど眠っていたらしい。外は暗くなっていた。
頭がズキズキ痛み、食欲はない。何か食べたほうがいいのだろうが、大して作る気力はない。仕方なく、簡単なお茶漬けにした。
「入浴は……今日はいいか。洗濯も……面倒だな」
病気にかかると心も弱くなる。
顔だけ洗い、再び布団に向かおうとするとニコが枕元で待っていた。
「にゃう……」
「ああ、僕は大丈夫だよ。頭が少し痛いだけさ。それよりも」
こんなときでも、明日やらなければいけないこと、の確認は大事。
「明日は休み」
「にゃ」
「起きたら洗濯、次に掃除、買い物……」
やりたくなくても、やらなければならないことは多い。
明日には少しは快方になっていることを願い、再び眠りについた。
今日は休日。朝飯の支度に忙しい平日とは違い、早起きの必要はない。なにより、まだ調子がよくない。
それでも眼が覚めてしまったのは、眼前の存在に違和感を感じたからだろう。
「!?」
猫はいなかった。その代わり、隣には茶髪の少女が一糸纏わぬ姿で横たわっていた。顔や身長から察するに、年は16か17くらいだろうか。
「な、なんだきみは?」
驚きのあまり、空哉はゴロっと一回転しながら飛び起きた。なぜか謎の構えで硬直する。
少女は眠そうに眼をこすりながら、ゆっくりと身を起こす。自身の体を見回してから、かしこまったのち、はっきりと答えた。
「そらやのニコよ」
少女は空哉の愛する猫の名を名乗る。
「は……?」
「人間になれたのよ」
動揺する空哉に、少女はとても単純かつ非科学な返答をした。
「人間に……なれた?」
(人間になれた?)
(ニコが?)
(ニコは猫だろ?)
(いやいやいやいや)
意味がわからなかった。理解不能だった。辛うじてわかったのが、見知らぬ少女が目の前にいることだけだった。
起き抜けで頭痛も続き、空哉の頭は処理能力ギリギリだったが、好奇心の部分は「猫が人間に変わったなんてまるでファンタジーだ」と冷静に事実を受け止めていた。
そのなんとか冷静な部分に今は頼りつつ、次の疑問を投げ掛ける。
「ど、どういうこと?」
「そらやが好きだからよ」
「……っ!!」
あまりにも直球な告白に、言葉を失う。今は原理を聞いたはずであり、理由について聞いたつもりではなかった。だが、聞き方が悪かったのだろうか、などと反省している場合ではない。
「え? 好きって、は? それ、どういう……?」
「そらやが好きよ。わたしを拾ってくれた、あの日から」
少女は猫のような仕草で目をこしこしとこすり、明るく微笑む。それはとても無邪気な笑顔だった。
「かっわ……」
不意に口から言葉が漏れた。同時に、冷静な部分は熱に浮かされた。空哉は少女に見蕩れる。
少女の茶色の長い髪は艶めき、肌は白く透き通っている。
ぱっちりとした瞳は宝石のように綺麗で、吸い込まれそうなほどに美しい。
端正な顔立ちでありながら、やや童顔に見えるのは、表情に無邪気さを感じさせるからだろう。
つまり物凄く可愛い。それだけは確信した。しかし、別の可能性を導きだした。これはきっと夢だ、と。
現実を逃避しようとする空哉に、少女は
「ずっと、言いたかったのよ。好きって。それに……」
空哉に近づくと、ゆっくりと抱き締めた。
「……っ!」
「わたしのほうからぎゅってしたかったの」
夢の可能性は、確かな質量の抱擁によって否定された。
彼女の豊満な胸が、空哉に直に押し付けられる。
「そらや、あったかい……」
「……はっ!」
空哉は一瞬だけ理性を取り戻すと、自身から彼女を引き離し、勢いよく仰け反った。
唐突に拒絶され、少女は驚きと悲しみの混ざった表情で空哉を見上げる。やや潤んだ瞳に見つめられ、空哉は少し心を痛めた。
「そらや、どうしたの……?」
「こ、こ、こ」
「そらや?」
「こういうのは、違うんだこういうのは」
空哉は狼狽えるあまり、何を言おうとしているのか自分でもわからなくなっていた。
顔が火照っていて熱い。なのに背筋はぞくぞくと震えていた。
「あっ……」
急に頭痛がひどくなる。
状況に混乱していたこともあり、空哉はそのまま気を失って倒れこんだ。
また遅れます。