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第三話 今日はちょっと調子が出なくてね

 その夜、空哉は不思議な夢を見た。

 何も見えない不思議な空間の中で、知ってる人に呼び掛けられる、そんな夢を。


「向井くん、今日もよろしく頼むよ」

 これはわかる。職場のセンター長の声だ。僕の仕事ぶりを評価してくれている。

「空哉くん、また頑張ろうな」

 この人は交流会で知り合った市議の人だ。恵まれない子どもの支援に取り組んでいて、僕もたまに協力させていただいている。


 その後も、空哉はお世話になっている人から声をかけ続けられた。


「……らや」

 なんだこの声は。と、空哉は疑問に感じた。


「そらや……」

 それは空哉の知らない声だった。

 彼を呼び捨てにするのは家族くらいだが、声は家族の誰でもなかった。

「……の……」

 何か話しているようにも聞こえた。空哉は意識を集中しようとする。


「あ」


 そこまでだった。夢うつつではなくなったことで、空哉は目を覚ました。


「なんだったのかな、今のは」

 脳裏に残るのは、知らない誰かに名前を呼ばれた、そんな記憶。必死に思い出そうとしたが、わかったのは若い女性の声であるということだけ。

「……考えても無意味か」

 起きるにはまだ早いので寝直す事にした。


 翌朝、空哉はいつもどおり朝の支度をした。ただ一つ違ったのは、平日にもかかわらず、ニコが空哉よりも早く起きていた。


「あ、れ」

 出発するために靴を履こうとした途端、少しふらついた。

 昨日の疲れが抜けていないのだろうか。頭が重く体に力が入らない。


 だが問題ない、と空哉は考えた。昨日の仕事量は大して多くはなかった。たぶん気のせいだ。

 それに明日は休日だ。この1日だけ頑張りさえすればいい。

 そうしていつものように、空哉は出勤した。



「はあ、頭が重い……」

 しっかりとした足取りではないが、空哉は最寄りの駅まで歩いていた。

 あの後、仕事中に何度もふらつき、正午の休憩の後で早退することになった。休憩をして頭痛とだるさは少し和らいだが、センター長から直々に、帰れるうちに帰れ、と言われたら仕方もない。

「帰らせてもらえるなら、恵まれているほうだな」

 家まで送ろうかとも言われたが、歩けないほどではないため断った。


 帰りは各駅電車に乗った。速い電車では席に座れない為だ。歩くより立っているほうがしんどかったのだ。

「帰ったところで、誰か看病してくれたりはしないな……」

 離れて暮らす母と姉も仕事があり、連絡してもすぐに駆けつけてくれるとは限らない。

 一緒にいれば頼りきってしまい自立できない。家を出たのはそう考えた結論だった。事実、独り暮らしを始めてから、自分のことをかなり出来るようにはなった。そうせざるを得ない環境に自らを置けば自発的にできるようになった。


 しかし、今のような辛いときに、頼れる相手が近くにいないというのは心許ない、と空哉は思ってしまった。

 それどころか、普段の家事も、まだ他人から指摘されなければ気付かないような、出来ていない部分も実はある。


「僕は、僕には……」

 誰か傍にいてくれるのだろうか、などと考えていると、電車は目的地に到着した。


 そうしていつもより早い時刻に帰宅すると、ニコが慌てた様子で向かってきた。

 なんだかひどく驚いているようにも見える。

「ただいま。今日はちょっと調子が出なくてね。風邪ひいたかな」

「にゃー! にゃー!」

 ニコは後ろ足で立ち、空哉の足にしがみつきながら、何度も吠えた。


「もしかして心配してくれているのか。健気だな」

 相変わらず可愛い生き物だな、と内心思いつつも、空哉はニコを足から引き離した。

「今日は安静にするよ。早く帰ってこれたのに遊べなくてごめんな」

「にゃう……」

 空哉は気付かなかったが、ニコは頭を横に軽く振った。


 パジャマに着替え、早々と布団の中に入る。

「おや……?」

 ニコは潜り込まずに、枕元でじっと空哉を見つめていた。

「ああ、ちょっと寝かせてくれ」

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