美女と《野獣》
言葉が見つからなかった。
「あなたには弱者の気持ちなんかわかりません!」
部下にいきなり罵られた。
「うん、そうだね」
私は頷いた。
「肯定する!? そこ、頷いちゃいます!?」
「ほかになんと答えろと?」
驚くというか、ものすごく不満げな反応をされたけど、こっちとしては困るしかない。そうでしょって言われて、そうだよって答えただけなのに。
言葉は苦手だ。
放った後に取り返しがつかないという点で銃器に似ているけど、銃弾と違って、言葉は誤解を生む。
言葉は銃弾よりも深く心臓に潜り込むのに、その効果を思ったように発揮するのが難しい。だから苦手だ。
「弱者の定義は主観によるだろうけど、とりあえず私には着弾地点の予測がつかないひとの気持ちはわからないし、敵の射出間隔の計算ができないひとの頭の中もわからないし、照準を合わせるのにいちいちスコープ覗いてるひとの感覚もわからない」
「ほんっと…マーシャさんの感覚っておかしい」
呆れたように言う部下に、とりあえず首を傾げてはみせたけど、あとは無駄口をたたかずにBPRを抱え直した。
こんな旧時代の火器しかないってんだから、この都市は生き残る気がないとしか思えない。
そんなところにほぼ丸腰のまま派遣する本部も、私たちを生かして帰そうって意思が見えない。まあ、これはいつものことだけど。
「来るみたいだよー」
ぶつぶつ言ってる部下を放っておいて、私は、かつて窓だったんだろう目の前の壁の開口部から外を窺う。
視界に移るのは、廃墟と化した都市のビル群。
一時は世界経済を左右するくらいの大都市だったらしいけど、蔦と苔に覆われた今は見る影もない。
「飛行型はなし、四足のライオン型が二体、それから……あー面倒だけどサルが一体いる。構成からして私たちと同じ斥候じゃないかなぁ」
「よくわかりますね」
「こういうときはね、影よりも光を見るんだよーエルミナちゃん」
「それも、わからない人の感覚はわからないってやつですね」
「そそ」
皮肉っぽく部下に言われたけど、事実なのでうなずくしかない。
応戦しやすい場所に移動しようとしたら、足が床に転がっているものを蹴った。ガツンと無機質な感触は、でも岩やコンクリート片に比べたらまだ柔らかい。
そりゃあそうだ。ついさっきまで、それは生きてる人間の女の子だった。
「ごめんね、マハルちゃん」
生きてた頃の名前を読んで、蹴っちゃったそれに謝る。
私が率いる斥候部隊は、《野獣》たちとの予期せぬ交戦で現在壊滅寸前だ。生きて五体満足でいるのは、隊長の私と、衛生兵のエルミナちゃんだけ。
斥候としては異例の9人もいたのにこの様だ。急ごしらえの少女部隊なんてこんなもんだってことなのか、はたまた《野獣》たちの強さが桁違いなのか。
「とりあえず、遮蔽物を通って高いところに」
「ひぎっ」
「ひぎ?」
指示を出したら、背後のエルミナちゃんが変な声を出した。
どうしたの、と聞くまでもなかった。振り向いたら、16歳の可愛い衛生兵の、顎から上がぜんぶ吹っ飛んでた。
ああ。
サル型の《野獣》はレーダーに映らない投てきしてくるから気を付けてって、言うの忘れてた。
だって、知ってて当然だと思ってたから。それくらいの情報を仕入れずに戦場に立つ人の気持ちなんかわからないから。
ああ。
またやっちゃった。
言葉は苦手だ。
ホントに苦手だ。
ああ。
「また、ひとりかぁ」
じゃあ、もう、
遠慮すること、ないね。
バン、だか、ボン、だかいう音が、耳元で弾けた。炸薬のはじけた音に似てるけど、ちがう。
それは空気の壁を突き抜けた音。
その場から駆け出した私の速度が、音を超えたから聞こえた音。
「サル一体捕捉」
旧市街に入るなり、コンビニ跡に隠れていたサルを発見。私は無造作に手を伸ばして、そいつの頭を掴んだ。
本物のサルはヒトより小さかったらしいけど、こいつの頭は私の上半身まるごとと同じくらいの大きさがある。でも、頭頂の毛を掴んでちょっと引っ張ったら、それは簡単にポロっと取れた。首から。
なにか投げようとしてたらしい体勢で、首をなくしたサルが倒れる。
私はそれを視界の隅で見ながら、サルの首を振り回して4時の方向にぶん投げた。電柱らしき残骸と、小さなコンクリ製の建物が、サルの首ひとつで潰れる。轟音がして土埃が舞ったけど、私の目は、その建物の下敷きになるライオン一体を捉えた。
視界が陰ったと思った次の瞬間には、反対方向から別のライオンが飛びかかってきた。
でっかい口だなあ。私なんか、丸のみできちゃうね。
そんなことを考えながら、左手に持ったままだったBPRを振るう。がしゃこん、と、涙が出るくらいレトロな音を立てて、スライドが滑って弾が装てんされた。
銃口を突き出す。迫りくるライオンの牙口に、勢い余って腕ごと銃が吸い込まれる。
あー、これは、
「エルミナちゃんとおそろいだね」
素直に感心した声を出しながら、私は引き金を引いた。
前時代的だろうが何だろうが、BPRは凶悪なフルメタルジャケットの弾を難なく射出する。そしてそれは、ライオンの馬鹿でっかい頭の中で脳みそを破裂させ、その勢いでそいつの頭部半分を吹き飛ばした。
顎から下だけになったライオンの身体が、慣性の法則で私の上に倒れこんでくる。
「うっきゃ!」
うまく避けられなくて、私はそいつの下敷きになった。でも、たかだか死体に乗られたくらいで、なんてことないけど。
「あーあ」
死んだライオンを腹の上に乗せたまま、私は地面に転がって後方を見る。
視線の先には、さっきまで潜伏していた廃ビルがある。
エルミナちゃんも、マハルちゃんも、アイナもリンカちゃんもマルチナちゃんもエル姉もユッキーもかおりんも…みーんな、あそこにいる。
あそこで死んでる。
私だけがここで生きてる。
まただよ。
また私だけだ。
何が違うんだろう。私のなにが駄目なんだろう。
私もふつうの女の子みたいに、戦って死ぬってことがどうしてできないんだろう。
エルミナちゃん、わからないよ。
私には、ふつうがわからないんだ。
どうしてだろう。
わたしだけがおかしいのかな。
それとも、周りがおかしいのかな。
ああ、どうか、
「置いていかないで」
Twitter診断で、書き出し「言葉が見つからなかった」終わり「置いていかないで」で、840字以上、というお題のもと書いた短編。
ガンアクション書きたかったのに肉弾戦になる不思議。