第四話:カザルの能力と商会ギルドの懸念
第四話:カザルの能力と商会ギルドの懸念
カザル「ええ、ありましたよ」
そう答えると、ノウンさんは目を光らせ、シャーリィは目を丸くして驚いていた。わかりやすい二人の反応に困りつつも、俺はさっそく自身の能力の変化を説明する。
カザル「お察しの通り、俺のスキルはレベルが上がるものだったわけです」
ノウン「やはりそうだったんだね。能力名の割に、どうにも意味不明な物を呼び出すだけ、というのはあまりにも不可解だった」
シャーリィ「中には見ただけでも分かるような使い方ができる便利なものもありましたけどね」
シャーリィがそう言って指差したのが、ノウンさんの机の上に転がっているペンだ。見た目は透明なやや硬い物質の中に黒いインクらしきものが入った筒状の物。ペンだと思えたのはその先が羽ペン等の先によく似ていたことと、偶然落としてしまった時に床にわずかについた黒いインクのためだ。
ノウン「それで? いったいどういう変化があったんだろうか?」
我慢しきれないのか、ノウンさんはワクワクとした様子でこちらに続きを促してきた。
うん、職業柄こういうの好きそうだもんね。
カザル「レベル2に上がったことでえられた能力は指定選択、そして指定選択で得られた物の名称や使用用途がわかるようになるというものでした」
ノウン「! それは本当かい!?」
カザル「ええ、ただ指定選択の範囲がまだそこまで大きくはないのか今まで呼び出したものの中で用途や名前がわかるものは一部だけでした」
ノウン「ふむ……例えばどういったものだい?」
カザル「例えばこのホッチキスというものなんですが……」
シャーリィ「あっ、前にまとめて見せてくれた時に出たものよね? ホッチキスっていうんだ」
カザル「うん。あ、シャーリィさん、なんかこう……一まとめに保管してるような書類ってある? あまり分厚くないほうがいいんだけど」
ノウン「それなら先ほど渡した獣人関係の資料はどうかな?」
カザル「あっ、それでいいなら利用させてもらいます」
さっきもらっていた数枚の紙の束をトントン、と机でそろえて重ねる。二人とも未知のアイテムの使用方法に興味津々なのか、俺の一挙手一投足まで見逃さないくらいの勢いで見つめていた。そこまで期待されると緊張するんだけどなあ、という心の声をとりあえず押しとどめておく。そして、その紙の束をホッチキスの開いた口の間に入れてパチン、と閉じた。すると――。
ノウン「これは……紙が一まとめになっている?」
シャーリィ「あ、前はただゴミを出すだけだと思ってましたけど、ここに!」
ノウン「む? そうか、あのゴミだと思っていた小さな金属はこうして紙を一まとめにするための物だったのか!」
予想外の食いつきに驚いたものの、紙は一か所を止められた状態できれいにまとまり非常にみやすくなった。留めたところを軸にめくるようにすれば、疑似的な本のように見ることもできる。
カザル「こんな風にすれば見やすいですし、後は一番上にでも~~関係みたいな表紙を着けておけば一目でどんな資料かわかりますよね」
ノウン「こ、これは事務をしている私としては是非ほしいアイテムですね!」
シャーリィ「いやいや、ギルドマスター! 私たちだってほしいですよ!」
ノウン「これはいくつまで出せるんだい!?」
カザル「うわっ、お、落ち着いてくださいっ!」
すごい勢いで食いついてきた二人に、どうどう、となだめながら距離を取る。シャーリィさんはたまに見たことあるけど、ノウンさんのはさすがに初めてみたかもしれない。確かに今までは数枚ごとに穴開けてひも通してとかやってたから手間だったんだろうけどね。数枚程度ならこれをパッチンするだけで終わる。小さなことに見えるが、2,3枚のために穴開けてひも通して結んでってしてたら時間もかかるし嵩張るからな。
カザル「どうやらこれ、本体であるこのホッチキスに芯って呼ばれる材料? を入れて初めて使えるんですよ。弓で例えるなら、弓がホッチキス、矢が芯ですね」
ノウン「むむ、ということは……本体だけを呼び出しても意味がないということかい?」
カザル「そうなんですよ。そして今の俺だと指定で呼び出せるのは5個までという制限があるみたいです。それ以上は1日経たないと指定選択が出来なくなっていました」
シャーリィ「むー……さすがにそんなに甘くはないですよね」
カザル「レベルが上がるってことがわかって、指定選択の範囲限定とはいえ名称と使用方法がわかったのはでかいけどな」
少し残念そうな二人を置いて次なるアイテムを取り出す。あ、ちなみに取り出してるのは以前呼び出したけど謎で放置してた物だったりする。用途がわかって、バックに入りそうなものだけを持ってきたんだよね。
カザル「これがノリですね」
シャーリィ「あ、水あめみたいだなーって食べたら翌日ひどい目に合ったあれですか……」
ノウン「シャーリィ君はもう少し、冷静になって観察することを覚えるべきだと思うよ」
涙目でノリの入った容器を見て身構えるシャーリィに対し、困ったような笑みを浮かべるノウンさん。そう、前これを見たとき、シャーリィさんは何を思ったのかおいしそう、と言って口に入れてしまったのだ。その後変なにおいで咄嗟に吐いてしまったんだけど、少量のみ込んでしまったんだよね。その後1日中トイレとお付き合いする羽目になったんだとか。
カザル「まあこれは食用じゃなくて、接着剤だったみたいなんですよ」
ノウン「接着剤? これがかい?」
カザル「即効性ではないみたいなんです。それに効果もそこまで高いものではないみたいで、これも主に紙などを張り付けるときに使うみたいですね」
シャーリィ「じゃあホッチキスみたいな感じで使えるかもしれないわね!」
カザル「あ、それは難しいんじゃないかな? 使えなくはないんだけど、一枚一枚これを塗らないとだめだし……」
シャーリィ「あ~……なるほどです」
ノウン「だが、掲示板に使えるとだいぶん画期的だね。どうにかならないだろうか……」
カザル「うーん……あ、それだとこっちなんてどうでしょう?」
ノウン「うん? これはまた見覚えのないものが出たね。針、なのかな?」
困惑を顔に浮かべたノウンさんが、俺の作り出したソレをつまみ上げていた。色々な角度から見た後、やはり視線はその一番の特徴である針の部分を見つめているようだ。
シャーリィ「これも名前と用途は分かっているの?」
カザル「ええ、まあ。これはガビョーというらしいよ。張り紙の時に使うことが多いらしくて、書類の四隅をこいつでこうやって刺してやって、柔らかい素材で作られた壁なんかに刺してつかうんだって」
ノウン「ほう、見たところ素材は金属のようだし……これだけの鋭さがあるなら掲示板の木にも刺さりそうじゃないか」
シャーリィ「ほへー……そうやって使うんのね、これ。でも確かに便利そうですね。針がだめになるまで抜いて再利用もできそうですし」
ノウン「ああ、確かにその通りだね」
よく掲示板を使っているシャーリィはすぐに有用性に気付けたらしい。この世界では張り紙っていうとろうそくを溶かして上二か所に垂らした後、壁に貼り付けるってスタイルが主流だ。景気のいいところなんかだと、土魔法と水魔法を使って作れるより粘性の高くかつ剥がれやすいものを使っている。なので、こうやってワンタッチで着けられるのはかなりでかいんだろう。
ノウン「売っていただいても構わないかな?」
カザル「ええ、大丈夫ですよ。どうせ、使い道を知っている人なんて限られていますしね」
ノウン「うーむ、とはいえ貴重な品だ。君にしか現状作れないということを加味して……この1箱で金貨2枚はどうだろう?」
カザル「……多くありません?」
ノウンさんの提示した、金貨2枚という貨幣の価値についてだが……参考までに平民の生活を基準にしてみよう。
平民一人が最低限1日を過ごすために必要な金額は、日に2食分の食事代と水なんかを含めて銅貨10枚。そして、住む家がない場合は宿に泊まる必要があるため、宿を取ると最低品質のものでも銅貨20枚は取られる。着るものなんかは着の身着のままとして、1日約30枚は最低かかることになると考えよう。そして、そんな銅貨が100枚集まり銀貨となり、その銀貨が100枚集まってようやく金貨が1枚になるんだ。
長ったらしい説明の後でなんだが、つまりはノウンさんが払ってくれたのははそんな平民一人が1日に暮らす金額の600倍以上のものになる。質素に暮らせば600日近くは食うのにも住む場所にも困らない金額だ。そんなものをほいと出されてみたら俺の言葉も納得だろう。
ノウン「しかしだね、カザル君。君はこれを私に譲ってくれるということはもちろん、利用権もくれるつもりなんだろう?」
カザル「まあ、ノウンさんなら悪用はしないと断言できますからね。もちろんそのつもりですよ」
ノウン「であれば、これを模倣したものを作ることもできるんだ。そうなればちょっとした儲けにはなるよ。それの先行投資と考えればむしろ安すぎるくらいさ」
シャーリィ「そうよ、カザル君。貯金はあるといっても、家を出たばっかりでいろいろ要り様でしょう? 遠慮せずに受け取っておきなさい」
カザル「シャーリィ……ありがとうございます」
ノウン「相変わらず謙虚だな、君は。まったく、どうしてあの親から君のような子が生まれたのか」
これもまた何度も聞いたようなフレーズに苦笑いを浮かべながら、差し出された金貨を袋にしまっておいた。この世界は決してやさしい人間ばかりではないことは承知の上だ。
カザル「今回はガビョーの取引だけで大丈夫ですよね?」
ノウン「ふむ……仕組みは分からないが、ホッチキスはある分だけでもほしいね。それは本体一つと芯をセットで銀貨20枚でどうだい?」
カザル「ま、またえらい金額を……かまいませんけど」
ノウン「出来れば、君とは長く付き合いたいとおもっているからね」
カザル「こちらこそ」
改めて差し出された銀貨とホッチキスを交換し、手を握る。ノウンさんと出会えたのは本当に僥倖だったと思う。彼らとの出会いがない状態で家を出ていれば、この関係を一から構築する必要がありあった。そうなれば、屋敷を出るときにあそこまで余裕ぶった行動はとれなかっただろう。
カザル「さて、それじゃあそろそろ俺は冒険者ギルドに向かおうと思います」
シャーリィ「え~……もう行っちゃうんですか?」
カザル「ごめん、でもやっぱりルカのことも心配でさ」
シャーリィ「もう、仕方ないわね。その代わりちゃーんと歓迎会には来るのよ?」
ノウン「支払いのことも気にしなくていい。私たちが出すからね」
カザル「何から何まですいません。それではまた後で!」
至れり尽くせりな状況に申し訳なさを感じつつも、俺は部屋を後にするのだった。
ノウン「……どう思う? 彼の能力」
シャーリィ「まだまだ伸びしろがあるのではないかと思います。現に、レベルが上がったのは確かなのですから」
カザルが出て行った後の執務室で、ノウンとシャーリィはカザルの能力について話し合っていた。
彼らの懸念は、その能力を使って自分たちを脅かす……ではなく――。
ノウン「ますます、彼の存在を明るみにするのは危険だね。ほかの商店に目を着けられたら厄介そうだ」
カザルの能力を狙ったあらゆる勢力からのコンタクトだった。それが丁寧な話し合いで済めばいい。しかし、相手はあのお人よしが笠を着ているようなカザルだ。要人に越したことはないだろう。
シャーリィ「……護衛を着けますか?」
ノウン「そのほうがいいだろうね。ちょうど、そういった能力にたけた奴隷がいただろう? 彼女の力を借りよう」
シャーリィ「彼女ですか……かしこまりました。すぐに手配を」
ノウン「頼んだよ」
ノウンの言葉に軽く頭を下げると、シャーリィは静かに部屋を出て行った。誰もいなくなり、静かになった執務室の自らの椅子に座り、ノウンはため息をつきながらこめかみを抑える。だが、不思議とその顔には笑みが浮かんでいた。
ノウン「ふふ、とんでもない暴走貴族に生まれた末っ子であり、未知の能力を持った少年か。彼はいったいこれから、どんな物語を見せてくれるんでしょう? 楽しみですね」
普段、他人への関心は必要以上には持たないようにしているノウン。しかし、そんな彼であっても、あの小さな少年のことはどうしても気になってしまうらしい。しばらくの間その体制でいた彼だったが、執務で疲れ切った体に気合を入れて業務に戻る。何せ、この後には大事な未来のお得意様との歓迎パーティーがあるのだから。