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第二十二話 塩漬け依頼を片付けよう。

 オルティアには約束してもらったんだ。


『俺の思考に突っ込みを入れない』

『もし笑ってしまったときは、思い出し笑いだと誤魔化してもらう』


 みたいに。

 どれくらいの範囲を感知できるのか聞いたら『家の中くらい』なんだそうだ。

 大きな屋敷くらいになると、端端あたりではわからないときが多いと。

 それでいて、彼女が誤魔化すときは『メイドの嗜みです』とかあっさりしてるんだよね。

 ちょっとずるいとは思ったりもするけど、それが女性だからいいか、とも思ったりする。


 昼から予定が空いたから、例の『塩漬け依頼』を片付けようと俺はギルドに出向いていた。

 もちろん服は着替えたよ。

 この後、考えられる『不幸事』があるから、綺麗な服は流石に困るんだ。


「こんにちは、ソウジロウ様」

「どうも、シルヴェッティさん。これ、依頼を受けたいんですけど」

「……本当によろしいのですか? クレーリアちゃんもジェラル君も、普通の人が受けない依頼を受けてくれているんです。確かにギルド《うち》としては助かるのですけれど……」

「いいんです。一部を除いて、『困ってるから依頼を出した』ってことじゃないですか。困ってる人を助けるのも探検者ですよね?」


 シルヴェッティさん。

 目を輝かせて俺を見ないで……。

 確かに俺のような等級の高い者は、低くて簡単なものを受けると迷惑になるそうだ。

 だけど、塩漬け依頼のような、低い等級の人たちも敬遠してしまう。

 それは時間と報酬が合わないもの。

 簡単そうに見えて、実は難しいものなど。

 そういう依頼を塩漬けと呼んでるみたいだね。


「高位の探検者の俺が、こういうことを進んでやればさ。若い人たちも多少は見習ってくれるかなって。そういうのは年配の俺の役目だと思ってるんですよ」


 あ、他の探検者たちが壁の方を向いちゃってる。

 きっと耳が痛いんだろうな。

 そりゃ楽で稼げる以来の方が、取り合いになるほど人気だろうよ。

 でもね、それだけじゃ駄目なんだよ。

 お金が重要かもしれないけどさ、ギルドの信頼度が下がれば、依頼も減っちゃうだろう?

 だからこそ、こういうことも必要だし、それに気づいた俺の役目だと思ってる。

 妬まれても痛くもかゆくもないからね。


 シルヴェッティさんに見送られて俺は依頼を完遂するべく、外に歩きだした。

 俺の受けた依頼は、探検者にも嫌がられているもののひとつ。

 『猫探し』なんだよ。

 よくよく考えてみれば、確かに大変だ。


 日本にいた頃、探偵社や便利屋の仕事として、迷い犬や迷い猫の捜索があったりしたのを憶えている。

 専門にやってる人たちは、それぞれのノウハウを持っているらしいけど、それでも簡単じゃないだろう。

 ただ、俺にはちょっとした考えがあったんだ。


 とりあえず俺は、果物を売る店でとあるものを買ってから。

 町中を、路地を、あちこちうろついてみた。

 依頼書にあった猫の特徴。

 なんでも白い猫で、右目のブチがハート型に似てるらしい。


 路地に入ったとき、それっぽい猫を発見した。

 なるべく目を合わせないように、横を通り過ぎようとしたとき。


「痛てっ」


 俺の足に猫がかみついた。

 そう、俺は自分の不幸を逆手にとったんだよね。

 クレーリアちゃんたちに会ったとき、野犬の犬にかじられたのを思い出したんだ。

 やはり思った通り。

 普通なら追いかけると逃げちゃうんだろうけど、俺の場合、こうなると思ったんだ。


 足にかみついた猫をよく見る。

 うん、当たってるっぽいな。


「おい、お前は用はないんだ」


 もう一匹かみついてきた。

 これがなかなか離してくれない。

 そんなとき、何かで見たんだよね。


「『さっき買った柑橘類』」


 俺の手にはみかんに似たものを手にしている。

 その皮をちょっと剥いて。

 指先で挟んで関係ない猫の鼻先で軽く潰す。


 フギャッ


 その猫は逃げて行った。

 猫は柑橘類の匂いが嫌いだと書いてあったんだ。

 もちろん、その場で『柑橘類』と格納。

 目的の猫を抱えて、依頼主の家に直行する。

 ほら、大人しくしてくれよ。

 俺の指かじらないでくれ、地味に痛いんだ。


 それほど遠くない場所に、二階建てのアパートのような貸室があった。

 前にクレーリアちゃんたちが借りてた感じのところだろうな。


「すみません。探検者ギルドから依頼を受けて猫を連れてきたんですが」


 俺の呼びかけに応じるように、ドアが開くと。

 奥から小さな女の子とお母さんみたいな女性が出てきたよ。


「あっ、ミャァちゃん」


 猫の名前を小さな子が呼んだとき、猫も憶えていたのだろう。

 その子の腕に飛び込んでいったじゃないか。


「見つからないと思っていたんです。本当にありがとうございました」

「いえ。これが仕事ですから。では、これにサインをお願いします」


 このサインをもらわないと、終わりにならないらしいんだ。

 女の子のお母さんだろう。

 笑顔で名前を書いてくれた。


「はい。ほら、ありがとうは?」

「おじちゃん。ありがとう」

「うん。よかったね。では失礼します」

「はい。ありがとうございました」


 猫を抱いた女の子と、そのお母さんに見送られて俺はギルドに戻ることにした。

 俺が頼んだ募集と違って、依頼はあらかじめお金を預けるんだそうだ。

 だからとりっぱぐれはないらしい。

 しかし、ある一定の期間が過ぎると、白紙に戻り、お金は一割引かれて依頼主の元へ返されるそうなんだ。


 シルヴェッティさんたちはプロだ。

 どの依頼が理不尽で、どの依頼が困って頼まれたものか。

 おおよそわかると前に聞いたんだ。

 だから彼女が『これは無視しても差し支えありません』と言ったものは。

 引かれた一割の金額が、文句を言われたりする苦情の対応の対価みたいなものなんだろう。

 どの世界もサービス業のクレーム処理は辛いんだろうな……。


 ギルドに戻ると、俺はシルヴェッティさんに依頼完了の報告をしようと思ったんだけど。


「それとも何ですか? ここは依頼をしても完遂するつもりがないんですか? フィルケム家を蔑ろにする。そういうおつもりなのですね?」

「いえ、そういうわけではありません。どの依頼も平等に、一定期間張り出すことになっています。受ける受けないは依頼書を見て判断した人たちですので、私どもではどうすることもできないのが現状なのですが……」


 男は立派な身なりをしてるな。

 執事のようなそんな感じ。

 口元にちょびひげとか、いかにも気難しそうな感じだわ。

 シルヴェッティさんも大変だな……。


「あの、シルヴェッティさん。依頼の完了手続きお願いしたいんですけど」

「あ、ソウジロウ様。お帰りなさい。って、もう終わったんですか? あんなに難しいのに」

「コツがあるんですよ。それよりもどうしたんです? 何やら『トラブル』みたいに見えましたけど」


 男は俺を値踏むような目でじろっと見た。

 俺より身長低いのに、まるで見下ろすような目で『ふんっ』と鼻息まで。


「この方の依頼が受け手がいないので、差戻の手続きをしていたのですが……」

「どんな依頼です?」


 いや、家名でなんとなくわかっちゃったんだけどね。

 塩漬け依頼の一覧もらってるから。


 俺は依頼書を見せてもらう。

 あぁやっぱり『草刈り銀貨一枚』か……。

 まさか依頼主が食って掛かってるとは思わなかったよ。


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