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第十六話 お嬢様の持病。

第十六話 お嬢様の持病。


 カーミリアさんはヴァンパイアだったんだと。

 オルティアが逃げ出した理由はそこにあったようだね。

 あぁ。

 あの感覚、女性でもあるのかもしれないね。

 小さい頃ならいざ知らず、大人ではちょっと困るわな。


「旦那様。このようなものしか用意できませんでした」

「あぁ、助かる」


 猪のベーコンの挟んだサンドイッチ。

 俺はもくもくと食べ始める。

 うわ。

 一気に吸収される感じがあるわ。


「俺はね。傷の治りが早い。その際ね、物凄い空腹感に襲われるんだよ」

「旦那様。それではもしや?」

「うん。血も直ぐに増えてるみたい。怪我と一緒の扱いなんだろうね」


 するとカーミリアさんは花が咲いたように、ぱぁっという感じの笑顔になる。

 俺の手を両手でぎゅっと握って。


「それってそれってもしかして。『食べ放題』?」


 食べ放題いうなし。

 ひっどいなぁ。


 結局あれから、二度程おかわりされてしまいました。

 満足した表情のカーミリアさん。

 上機嫌で帰っていきましたよ。

 セバスレイさんが、ひたすら謝ってたのがなんとも痛ましかった。


「本当に様子を見に来ただけだったんだね」

「はイ。前の旦那様には理解していただけていましたのデ……」

「『来週また来るわね』って言ってたけど。あれって社交辞令じゃなく。また来たりするよね?」

「えぇ、恐らくハ」

「あのさ、オルティア」

「はイ」

「オルティアが嫌だったのって、吸われてる間の、『あの感』じでしょ?」

「はイ。あれは困りまス。お嬢様がわかってくれないのが、また困るんでス……」

「でも、もう大丈夫だと思うよ。俺の血を吸ってる限り、他の人のを吸おうと思わないでしょう。あの感じだと」

「えぇ。でも、よろしいのですカ?」

「彼女が少女だったら困るところだけど(犯罪っぽく感じちゃうし)、血も瞬時に増えるみたいだし。ただ、腹が減るのが困るところだね。何かつまみながらじゃないと、空腹の方が辛いと思う」

「わかりましタ。お嬢様がいらしたときは、栄養の高いものを用意できるようにしておきまス」

「オルティア。何でそこまで俺に託したいのかな? 彼女を」

「はイ。お嬢様は旦那様にとって、有益な情報を持っているのでス」

「どういう意味?」

「お嬢様は、流浪の民の居場所がわかるんでス」

「えっ? 嘘でしょう」

「匂いがするんだそうでス。とても良い匂いだと言っていましタ」

「へぇ。面白いな。俺も会ってみたいと思ってたからね」

「旦那様。笑顔になっていますヨ?」

「顔に出ちゃってたか。確かに、物凄い魅力的なことだよね」

「はイ。あと、旦那様はもう、お嬢様から逃げることはできないと思うのでス」

「それってどういう意味?」

「ヴァンパイアをご存知ですよネ?」

「一般的な知識というか、伝承は知ってるけど──」

「ご存知でなかったのですネ。魅了は、異性にしか効果はありませン。そしてお嬢様は、男性の血を吸ったことがありませン」

「へ?」

「ヴァンパイアの間では、婚姻を決めた異性以外は禁忌とされていますかラ」

「それって」

「異性からの吸血行動は、性行為に等しいと言われているのでス。あれはお嬢様からの求愛の意思表示なのでス。もっともヴァンパイアの間での常識ですので、お嬢様は気づいていないかもしれませんガ……。ですが、誰よりも旦那様のことを、末永く愛してくれるかと、思いまス」


 なるほど。

 あのときの『生まれて初めて』は、そういう意味があったのか。

 だから『おかわり』してしまったということなんだろうな。


「こりゃまいった。俺が欲しい情報はカーミリアさんが持ってるってことなんだね。それにしても、あれだけ綺麗なのに、ヴァンパイアの男性から求婚されないもんなの?」

「いエ。ヴァンパイアだけでなく、種族の垣根を超えて、数え切れないほどの求婚を受けていらっしゃいまス。ですが、全て断られましタ」

「それはなぜ?」

「耐えられないほど『臭い』んだそうでス」

「あらま」


 なんつ、ストレートな人なんだろう。


「実は、私がお屋敷を出たのには、もうひとつ理由があったのでス」

「それは? 俺が聞いてもいいのかな?」

「はイ。旦那様でしたら。……流浪の民の皆さまは、技術、習慣、芸術など。多岐にわたって影響を与えてくれたと聞いていまス。そこで、彼ら、彼女らから伝わったものがありまス。もう十年くらいになりまス。その頃から。お嬢様はある、心の病に侵されていたのでス。お屋敷から一歩も外に出られないほど、辛いものだと聞いていましタ。私はそれを治す方法を探すという理由もあったのでス……」

「そうなんだ。それは気の毒だな。少しは俺も力になれたらいいんだけれど。どんな病なんだ?」


「はイ。それは『にぃと』という病だと聞いていまス」


「──引きこもりかよっ!」


 思わずツッコミ入れちゃったじゃないか。

 俺はニートの意味を教えてやった。

 すると、カーミリアさんの言動や行動。

 ある意味駄目な方向で、合致するんだそうだ。

 徐々にオルティアが肩を震わせるようになった。

 あぁ、首から黒いものが漏れ出してるよ。

 感情が高ぶるとこうなっちゃうんだろうな。


 そりゃ心配してたお嬢様が『怠け病』の方だとは思っていなかったようだからな。

 『私辛いのよ。身体中がだるくて、力が入らないの。きっと、にぃとという病なのかもしれないわ』なんて言われたら、素直で優しいオルティアなら引っかかっちゃったんだろう。

 なんとも不憫なメイドさんだね。


 ▼▼


 翌日、オルティアは庭の芝刈りをしていた。

 それはもう、優雅で一心不乱に。

 長い柄の先に、小さめの斧のようなものがついた武器らしいものを振り回している。

 いつのまに持ってきていたのか。

 それとも、ここに来て買ったのか。

 それにしては切っ先の速度が目で追えないくらになっている。

 何やらぶつぶつと呟きながら。

 よく聞き取れないけれど、『お嬢様の馬鹿』と言ってるように思えるな。


 『ヒュンヒュン』と風を切る音が聞こえ、まばらに伸びていた芝が綺麗な長さに刈り揃えられているな。

 実に多才、実に見事としか言いようがない。

 あれ?

 庭の隅の方でジェラル君がオルティアをじっと見てる。

 今まで剣の素振りをしていたのは知ってるが、今は手を止めて羨ましそうな表情をしてるな。

 視線の先はオルティアのたわわな胸ではなく、彼女の手元を追っているようだ。


 庭にはテーブルと椅子が出してある。

 前の住人が、陽気のいいときはそこでお茶でもするためだったのだろう。

 ある程度刈り終わったところで、オルティアはテーブルにポールアックスを立てかけ。

 タオルで汗を拭っていた。

 いくら彼女でも汗ひとつかかずに、この作業は無理なのだろう。


 ジェラル君を見ると、また素振りを再開しようとしたときだった。


「うぎゃっ!」


 ジョエル君の叫び声と共に。


『みょぉおおおおおおおん』


「す、すみませんでス。汗を拭いていたら、落ちてしまいましタ」


 オルティアったら、首を持って弁解してるし。

 ジョエル君、知らなかったんだね。

「あれ? 説明してなかったっけ? オルティアがデュラハーヌだって……」

「びっくりしましたよっ!」

「あはは。悪い悪い。クレーリアちゃんには言ってあるの?」

「はイ。先日、服を縫っていたときに少々お話しましタ」


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