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第十四話 冥途の嗜み。

 俺が家に戻ると、嬉しそうにしているクレーリアちゃんが出迎えてくれた。

 彼女はくるっと一回り。

 仕立ての良さそうな。

 ちょっと大人っぽい白い布地の踝まであるロングスカートと。

 これも白い布地に、袖と襟の部分が黒い布地で仕立てられた、長袖のブラウスの上下。


「オルティアさん、私をくるっと一回りして、見ただけでこれを縫い上げてくれたんです。それはもう、不思議なくらい手早かったんですよ」


 クレーリアちゃんの後ろには、出会ったときと全く同じ。

 まだあつらえたばかりのピカピカの侍女服を着たオルティアが立っていた。


「いえ。メイドの嗜みでスので」


 相変わらずの、俺にとって懐かしい感じのするイントネーション。

 東北地方の訛りに似てるんだよね。


 なんでも、服だけではなく、首のベルトも自分で作っているそうなんだ。

 それどころか、今履いてる靴も自作だという。

 なんて多才なメイドさんを雇えたんだろか。


「明日ね、もう一着縫ってもらえるんです。私、修道服以外、持っていませんでした。ソウジロウおじさま。ありがとうございました」

「いや。縫ってくれたのはオルティアだからね。これをきっかけに仲良くしてくれると助かるよ」

「はい、もちろんです。これからオルティアさんとお買い物なんですよ」

「そっか。よろしく頼むね」

「かしこまりましタ」

「いってきます。ソウジロウおじさま」


 二人を見送ってから、俺は一度自分の部屋に戻った。

 俺のいた旅館には、和室だけでなく、海外のお客様向けの洋室もあった。

 そこにはもちろんベッドもあるのだが、それを知っているからこそ、驚いてしまった。


 ベッドメイキングが完璧だったんだ。

 シーツの角はきちっと出されて、皺ひとつない状態。

 いやこれだけ見ても、オルティアはかなり有能だよ。

 あれだけの短い時間に、自分の服とクレーリアちゃんの服まで縫った上に。

 こういうデモンストレーションまでこなすとは、まいったね。


 俺はさっき買ってきた酒を部屋の冷蔵庫に突っ込んでおく。

 夜にはいい感じに冷えてくれるだろうね。


 そろそろ陽が傾き、夕方になろうとしてたとき、二人は買い物から戻ってきた。

 二人とも両手に大荷物を持って。

 オルティアの表情はいまいちわかりにくいけど、クレーリアちゃんはホクホク顔だった。


 これは驚いた。

 先日クレーリアちゃん、ジェラル君と一緒に食べたレストランの料理なんて霞んでしまう程に美味しい。


 晩ごはんのメニューは。

 葉野菜ときのこのクリームスープ。

 カレーのナンのような、手作りのパン。

 笑っちゃったのが、俺を跳ね飛ばしたあの猪。

 あれって食用になるらしいね。

 そのイノシシ肉骨付きバラのロースト。

 うまく臭みをとってあって、これがまた柔らかくて美味しい。

 噛めば噛むほど旨みがじゅわーっと。

 ジェラル君、一心不乱に食べてるし。

 クレーリアちゃんも黙々と食べてたね。


「うん、美味いです。正直、この間食べにいった高級レストランよりも……。美味い」

「はい。いいのでしょうか……。お世話になっている身で、こんなに美味しいものをいただいてしまって」

「うまっ。うまっ」

「あははは。オルティア。君と巡り合えて、俺は嬉しいですよ。これからもよろしく頼みますね」

「はイ。ありがとウございまス」


 オルティア、下向いて恥ずかしがってる。

 耳もちょっと赤くなってるな。


『みょぉおおおおおおおん』


 あ、首から少し黒いのが漏れてる。

 感情が高ぶると、あぁなるのかな?

 なんかほっこりするよね。


 食事を終えて風呂に入った後。

 俺はシルヴェッティさんにまとめてもらった『塩漬けリスト』を見ていた。

 あ、そういえば。

 オルティアは用事があれば呼べばいいって言ってたような。


「オルティア」


 なんて、聞こえるわけないよ──。


 コンコン


「お呼びでしょうカ。旦那様」


 なぁあああああっ!

 聞こえるのか?

 あれで。


「あ、うん。ちょっと飲み物欲しいなって」

「少々お待ちくださイ。今、お持ちしまス」


 ふぅ。

 びっくりした。


 暫くして。


 コンコン


「はい。開いてるよ」

「失礼しまス」


 ドアを開けてオルティアが入って来たとき、なんとも懐かしい匂いがするんだ。

 これ絶対。


「あ、コーヒー。あったんだね?」

「はイ。ご用意させていただきましタ」


 温められたカップに、注がれる漆黒の液体。

 間違いない。


「いただききます」


 うん。

 コーヒーだ。

 淹れ方も悪くない。

 まちがいなくあっちから来た人が広めたな?


「うん。懐かしいな。美味しいよ」

「ありがとうございまス。そう言っていただけるのが、一番嬉しいでス」

「でもいいのかな。貴族でも商家でもなんでもない。ただの一般市民の俺が、こんなに贅沢な気持ちになれるなんて」

「いいえ。旦那様はお優しいですシ。国の危機を排除したと聞いておりまスから」

「クレーリアちゃんから聞いたのかな?」

「はイ。彼女も、旦那様に感謝していると言っていましタ」

「俺も二人から助けてもらったからね。ただのお返しだよ」

「それに、キングリザードをおひとりで倒されるような方ハ、あまりおりませんのデ。旦那様は、尊敬できる方だと思いまス」

「ありがとう。俺はね、ちょっと特殊なんだ」

「差し支えなけれバ、お教え願えますカ?」

「うん。別に聞かれてもいいことだし。俺はね、人より傷の治りが早いんだ」

「それはもしかして、流浪の民の特殊なお力のことでしょうカ?」

「うん。隠しても仕方ないからね。俺、キングリザードに、丸飲みされたんだよ」

「えっ?」

「傷の治りが早くて、多少呼吸がくるしくなったとしても、あまり影響がないんだよ。それで胃袋の中から反撃したってこと。あれだけ固い鱗を持ってたってね。中は柔らかい内臓だから。でもね、俺は力が強いわけじゃない。凄く時間かかったんだ。運よく、心臓を仕留めることができた。ただ諦めなかっただけだよ」


 中から喰ってやったとは言えない。

 それは一応、俺の秘密だけど、なんかカッコ悪い気もしたからなんだけどね。


「その発想は考えませんでしタ。凄いでス……」


 オルティアの声が少し弾んでるように聞こえなくもない。

 少なくとも彼女の声からは、本音が聞けたような気がしたんだよね。

 『何かありましたら、またお呼びくださイ』とオルティアは戻っていった。


 うん。

 いい人と巡り合えてると思う。

 クレーリアちゃんもジェラル君も。

 のびのびと仕事をできてると思うし。

 シルヴェッティさんも、とてもいい女性だ。

 オルティアは申し分ないメイドさんだし。


 初日を見なかったことにすれば。

 ここ数日は俺の望んでたスローライフが遅れてると思うね。

 美味しい物を食べて、ゆったりとした焦りのない生活ができてる。

 こうなると、釣りがしたくなるけど、道具があるかわかんないんだよね。

 気持ちに余裕ができたら探してみるとするか。


 ▼▼


 ただ、俺の不運パラメーターは安穏とした日々をぶっ壊すものだと。

 よーくわかりましたよ。

 ギルドに塩漬け依頼を受けようと行ったんだけど。


「あなたねっ? 今のオルティアの雇い主は?」


 びしっと指差さないでくださいよ。

 俺はいいけど、人によっては先端恐怖症な方もいるんだから。


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