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星暦1516

作者: RAMネコ

 寒い。

 昼食をとる店を探し歩く体は、寒さを僅かでもやわらげようと丸くなる。

 吐く息は白い。

 耳がちぎれそうに痛む。

 いきかう人々の足は速い。

 ただその人々──人間だけではない。

 

 羽毛の生えた翼手を持つ人。

 地面すれすれに顔が近く這う。

蛇の下半身をもつ人。

 大きな一つ目の人。

 角の生えた人。

 10メートルを超えた人。

 

 フツーの人間より、『少し』見ための個性が強い人。

 30年くらい前だと、『バケモノ』と呼ばれていたくらいには違いが大きく、人間というにはひと目の違和感。

 彼ら彼女らを、人外、亜人、と呼ぶのは差別的らしいが、とうの本人らはあまり気にはしていない。

 30年以上を生きている人間にとっては、バケモノという認識があまりに根強い。

 30年以上前には、人間と対等な仕事仲間、パートナーは人間しかいなかった。

 そういう大人たちには、人間以外はバケモノであり、侵略者だった。


 だがどうしたものか。

 人類はそのバケモノを救い、またバケモノに救われた間柄であったりする。

 異種だからとのけものにできないだけの理由はあった。

 少なくとも隣国の内政干渉よりは好意的な目をバケモノに向けられている。

 長寿な人間には、やはり、どちらも目の上のタンコブではあるのだが。

 はっきり言ってしまえば、バケモノだろうが人外だろうが、お隣の人類さん程度には仲が良い。

 命を張った結果に築かれた現在の関係は、そんなものだ。

  

 生まれてからずっと、あたりまえとしてきた身としては、年上組のいうほどの拒否感はよくわからない。

 お隣さんの顔の上に、天使の輪があるからといって、『人間ではないと考えたことは一度もない』のだ。

 そういう、時代だった。

 

「……」


 あまり長く、寒空のなかをスーツ姿で彷徨うつもりはなかった。

 あまりの寒さに肺まで凍りかねない。

 ぐるりと回るが、最終的には直感頼りだ。

 適当な店のノレンをくぐる。

……とはいえそれは、やはり、馴染みとなっている店。

 適当な場所と探せば、おのずと『慣れている道』を選ぶもの。

 そこは、ラーメン屋だった。


「いらっしゃいませぃ」


 小さな店の、10人と座れない客席のむこうから、威勢のよい声が聞こえた。

 聞き慣れていた。

 見慣れていた。

 人間のようだが……しかし、ソレの耳はずっと長い。

 長耳。

 エルフなのだ。

 エルフの、ラーメン屋の店主。

 ハイテクな時代だ。

 街には電波の海があふれていた。

 森の奥深くに引きこもっているだけが、エルフではなかった。

 

「醤油ラーメンの大盛ください」

「わかりました」


 いつものメニュー。

 いつもの返事。

 カウンター席の、足の長い椅子に腰をおろしながら注文。

 軽く視線を流したが、他の客はいなかった。

 店内にはわずかに、ラジオから漏れる声だけが聞こえた。

 塹壕ラジオ……いや、鉱石ラジオだ。

 市販品ではないだろう。

 手作り感があふれた見た目をソレはしていた。

 エルフ店長が、ラジオのツマミを回し、音量を上げていた。

 あるいは周波数の調整。

 ノイズ混じりの音がハッキリする。

 

『改正亜人就業法が可決されました。本法の発布によって、亜人の就労期間は、同一会社においては最大、50年までに制限されます。亜人就業法は、人間の数倍から10倍以上の長寿種が年功序列による要職を独占する事態を──』


 ラーメンができあがるまでの間。

 ラジオからの声へ耳を傾けた。

 他にやることはなかった。

 ラジオが吐き出す情報は、人外に関してのものだ。

 新しい法案が可決したらしかった。

 政治ニュースに普段はまったく耳を傾けてこなかった身としては、突然、新しい法律がポンとあらわれた感があった。

 しかし錯覚だ。

 きっと、可決する何ヶ月も前から、知ろうと調べればわかることだったのだ。

 知らなかったのは、知ろうとしていなかった。

 ただそれだけだった。


「おまちど」とエルフ店長が、注文していた醤油ラーメン(大盛)を目の前に置く。

 どんぶりのフチのギリギリにまでカサの増した汁から、白い湯気があがり熱さを主張した。

 麺はストレート。

 ちぢれていなかった。

 トッピングは、チャーシュ、メンマ、ネギ。 

 量はどれもフツー。

 増しはなし。

 オーソドックスなラーメンだ。

 

「いただきます」

 

 箸置きから割り箸をわり、食した。


──ズズッ。


「はふ」


 ちょっと熱い。

 もうしばらく、レンゲで汁をすくい飲むことは猫舌が拒否していた。

 熱さを苦手とする舌がひりつく。

 熱いのは苦手だ。

 

「ダンナは、よくウチにきてくれてますよね」


 唐突に。

 エルフ店長が話しかけてきた。 

 店内の客は一人だ。

 他の誰かという間違いはなかった。

 エルフ店長が話そうとした相手は一人だけ。

 

「ナガミミは目立ちますかね。ウチにダンナがきだして、すっかり常連ですね」


 顔を覚えられていたようだ。

 

「……」

「ダンナは、無口なんですかね」


 エルフ店長と話をしたのは、コレが初めてだった。

 何を話すべきだったのか。

 ずっと、『無口寡黙』なエルフだと思いこんでいた。

 違った。


「ニンゲンはソレ以外を亜人で呼ぶんですよね。どうです? エルフは珍しいですか。亜人らしいですか」

「いや、あまり物珍しいという感覚はありません」


 口を開いていた。

 エルフ店長はおしゃべりらしい。

 おしゃべりは嫌いではない。

 無視をすることなど、選択肢にありえなかった。

 話しかけられたなら、話し返すべきだ。

 よほどの無礼者でも、無視はするべきではない。

 拳の言葉がある。

……エルフ店長は、そんな『無礼な人ではない』だろうが。


「おぉ……まさか返事をくれるとは思いませんでした」


 エルフ店長のにこやか顔は、人懐こさがにじみ出ていた。

 客商売には都合がよさそうだ。


「いつもお客に対して、話しかけてはこないでしょうに」

「人を見て、ですね。話をする、しないは。あと、店の仕事が暇なとき限定です。レアですよ。珍しいです」

「確かに暇そうですね」  

「ハッハッハッ。こういうのを、閑古鳥がラップすると表現するのですよね」

「ちょっと違うと思います」


 ラーメンを食べ上げる前に、エルフ店長が次なる話題へシフト。

 意外と、話好きなのかもしれなかった。

 

「アッシは〈亜人移民第一陣〉の世代なんですけど、昔と比べて随分と増えつつありますよね、亜人」

「店主は随分と長生きなのですね」

「エルフですから」

「なるほど」

「昔と比べれば随分と変わっていきますね、異種族交流。宇宙時代。随分と『未来』が来ている感が増しても来ましたね」

「長命のエルフにとっては些細な、よくある変化の一つなのでしょうね」

「いえいえ」


 エルフ店長は、心外だといわんばかりの表情を浮かべて見せた。

 

「ここ何百年は本当に楽しい時代ですよ。長く生きているからこそ、小さなことにも敏感になるのです。もし万年同じ日々なら、世のエルフの大半はとっくに、〈死の権利〉を行使していることでしょう」


 楽しい時代……。

 どうにも同意しかねるものだったが、それでも話を合わせ頷く。

 エルフ店長は、少し変わりものなのかもしれない。


「そういうものですか」

「エルフのコトワザに、『退屈こそがエルフを殺す』というのがあるくらいですから」


 コレで話がいったん途切れた。

 そのスキにラーメンをかき込む。

 少しだけ冷めていた。

 汁を全て飲み干しはしなかったものの、具や麺は、全てたいらげた。

 全て食らい、店長の次の話を待った。

 次があれば、だったが。

 そしてそれはあった。


「ニンゲンのダンナはどうです」

「どう、とは?」

「亜人とニンゲンの共棲です。種族も考えも根幹が違うのに、同族のように扱い、同族のように支援をおこなう。理想を追いすぎって考えるわけですよ。昔は地球で暮らす亜人なんて、人間の退治対象だったんですよね」


 コロコロと話をかえる、エルフ店長だ。

 せっかちだ。


「……」


 答えはしなかった。

 口にするには、軽すぎないからだ。

 

「悪いものじゃあないと考えてるわけなんですけどね。そりゃあ、沢山問題もありますけど、悪くないと思いませんか。殺し合うよりは、ずっと」

「……ソレはわざわざ、客と話したいことなのですか」

「ダンナがお客さんだから、です。ダンナ……ダンナはニンゲンで、アッシはエルフですから」

「まぁ、エルフとニンゲンは、お互いドワーフくらいは別の種族ではありますね。……見た目は似てますけど」

「近くて遠い種族差というわけですね、ダンナ。エルフはニンゲンより、フェアリーのほうが近縁です。ニンゲンは──スライムが似ているんでしたっけ」

「店長は物知りのようですね」

「エルフですから。〈ゴルゴダの裁断〉から1516年の歴史は頭の中にあります」

「エルフですね」

「エルフですよ」


──星暦1516年。

〈ゴルゴダの裁断〉は振るわれた日を新・星暦0年とした時代から、1516年。

 神が人を創ったのか。

 人が神を生み出したのか。

 その裁断が、〈ゴルゴダの裁断〉だった。


「〈ゴルゴダの裁断〉といえば……神が人間を創ったわけではない。……コレってけっこう、大切なことだと思いませんか、ダンナ」

「店主は神を信じているのか」

「忘れられがちなんですけどね、地球のニンゲンのかたがたには。アッシらの世界には、フツーに神はいますから」

「あぁ……そうだ、そうでしたね」

「だからこそ、神というものは共通で不変なものだと思えていたんです。だってモノホンがいるわけですから。でもニンゲン──地球人の世界には、『確かな神が1柱もいない』んです。人の心の数だけ解釈されてます。不思議です」

「神がいないからこそ、抽象的な存在という認識なんだと思いますよ」

「なるほど」


 エルフ店長は納得したように頷く。

 いったい何を納得したのか。


「ダンナ、話を戻すんですがね」

「何か話していたかな?」

「そりゃないですよ」


 ラーメンはすでに食した。

 器にはわずかな汁だけが残った。

 いくらラーメン好きであろうとも、いつでも、ラーメンの汁を一滴残さず飲み干すわけでもないのだ。

 

「ダンナ。ニンゲンやらエルフやら、いろーんなごった返した、闇鍋みたいな世界です。ダンナはそんな世界、どう思います?」


 しばし考え込んだ。

 結論はでた。


「生まれてからずっと『この世界』でしたから。好きも嫌いもありません」


 代金を机の上に置く。 

 お釣りがでないだけ。

 ちょうどの金額だ。

 600円。

 

 エルフ店長の「まいど」の声を背中に押されながら、店の外へ出た。

 じきに昼休憩も終わりそうだった。


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