狼少年
人殺しの天使の番外編です!
最終回の後のお話になります。
本編を読んでから読むことをオススメします。
狼少年の童話を知っているだろうか?
遊牧を行っている村人が一人の少年に羊の番を頼むのだ。
狼が来たら叫べと。
少年は初めこそ、真面目に見張っているが狼なんて来やしないから、羊の番をするのに飽きてしまう。
そこで、少年は狼が来た、と嘘をつく。
村人は慌てて、狼に羊を食べられないように追い払おうと少年の元に駆けつけるが、狼はどこにいない。
慌ててやってくる村人の様子を、少年は笑った。
少年の笑う顔を見てようやく、村人は騙されたことに気付いて怒って戻る。
少年は何度もそれを繰り返した。
何度も狼が来たと嘘をついて、村人をからかった。
そのうち村人は、少年の言葉を信じなくなる。
そんな中、本当に狼がやってきた。
少年は必死に叫ぶが、村人はそれをまた嘘だと思い気にしなかった。
そうして、少年も羊も狼に食べられてしまう。
そんなお話だ。
この話の教訓は、嘘をつくと誰にも信じてもらえなくなる。
結果的に自分が損をする、ということだ。
だから、嘘をつくな、という教えなのだ。
けれど、ここで少し視点を変えて見てみよう。
これはあくまで少年の視点に立った場合の教訓だ。
では、村人の視点に立ってみるとどうだろう。
注目したいのは、ここで最も損をしたのは誰か? ということだ。
それは、死んでしまった少年か?
いや、僕はそうではないと思っている。
羊が死んで最も困るのは誰か?
それは村人だ。
村人は遊牧で食べているのに、羊を失ってその後、一体どうやって暮らしていくというのか?
死んだらそこで終わりだが、生きていたらそうもいかない。その先があるのだ。
つまり、この教訓はたとえどんな嘘つきでも時には真実を言うこともあるということ。
だから、何度騙されたとしても、信じてやることも大切だということ。
僕はそうも解釈している。
この考えを言っても共感してもらえたことはない。
ただ一人を除いてはーー。
* * * * *
僕のいとおしい人が捕まってから、二年の歳月が経った。
彼女の裁判は判決まで長くかかったが、最終判決は死刑だった。
彼女はそれを受け入れた。
刑はまだ執行されていない為、彼女は塀の中で今も生きている。
元気にしているようだった。
調べて分かったことだ。
やろうと思えば、彼女を檻から出してやることだって出来る。
彼女を逃がして、全く別人として生きる道を与えてやることだって出来る。
それをしないのは、彼女がそれを望んでいないから。
ただそれだけの理由。
でも、それが一番大切な理由。
彼女はこの世界の底辺で、泥と血にまみれていた。
この世で最も罪深いを行いをし、皆に疎まれた彼女は、誰よりも美しく純粋であった。
彼女はその純粋さ故に、人を殺し、自分自身さえも殺してしまった。
ああ。紗菜ーー。
僕は君を誰よりも愛しているよ。
* * * * *
人は平気な顔をして嘘をつく。
僕もそう。
僕の口は、嘘の言葉を吐いて相手を騙し、自分に必要なものを搾り取る。
嘘ばかり吐く僕を、知人は誰一人として信用しない。
一人を除いてはーー。
ネオンが輝く夜の街をぶらぶらと歩く。
特に目的なんてない。
仕事も終わったところだ。
僕の仕事なんだと思う?
娼婦?
いやいや、それはもう止めたよ。
まぁ、裏社会のお仕事とだけ言っておこうか。
手八丁口八丁で、相手を騙しているのさ。
下らない仕事だよ。
でも働かないと生きていけないしね。
別に貯蓄は余りあるくらいあるけれど、何かしてないと気が狂いそうなんだよ。
僕はまだ紗菜を助けたいって思ってる。
紗菜の死を受け入れられないんだ。
だって、おかしいだろ?
そこらにいる餓鬼なんかよりもずっと、紗菜のほうが命を分かっている。
いじめなんかして、相手を死に追いやるような奴は、それに対して何も感じてない。それなのに、のうのうと幸せに生きている。
そうして、また別の奴を標的にしている。
でも、紗菜は違う。
彼女が人を殺したのは、誰よりも命に対して真摯であったからだ。
きっと、叫んだところで誰にも届かないだろうけどーー。
僕は息を吐くように、嘘をつく。
嘘をつきすぎた僕は、そのうち僕自身にさえ本当のことが分からなくなってきた。
これは、僕がついた嘘?
それとも僕の本音?
全然、分からなくなってしまったんだ。
そんな僕に紗菜が言った一言をよく覚えている。
「分からないなら、全部嘘ってことにしちゃえばいい。その嘘が悲しいと思ったならそれがお前の本当の気持ちだよ」
“嘘泣きは出来る。
でも、悲しみは嘘で作れないんだ”
そう紗菜は言った。
その言葉でもう紗菜から目が離せなくなった。
恋に落ちた瞬間って言い換えてもいいーー。
僕に本当を教えてくれた紗菜。
僕の嘘を怒りながらも受け入れてくれる紗菜。
人を殺して命に触れて安心したい紗菜。
命を奪って罪悪に囚われる紗菜。
誰よりも純粋な紗菜。
紗菜。
紗菜。
紗菜ーー。
どんな君も愛している。
嘘じゃない僕の本当の気持ちだよ。
だって、この感情が嘘だったらとても悲しいからね。
世間はもう紗菜のことなんて、忘れている。
所詮、世間なんてそんなものだ。
つまらなくて、くだらない。
お前らなんかより、ずっと紗菜のほうが素晴らしい。
どんなにそう思ったところで、彼女自身が死を望む限り僕には何も出来ないのだけれど。
* * * * *
狼少年に出てくる村人は、羊が食べられた後どうなったのだろうか?
新しく羊を買ったのだろうか?
それとも、貧乏で死んでいったのだろうか?
彼は信じてやれば良かったと、後悔したのだろうか?
それとも、少年のことなど思い出さなかったのだろうか?
嘘つきの僕は誰の記憶にも残らずに消えていく。
それでいい。
いいけれど、唯一人。
君の記憶には残りたいーー。
どんよりと重い雲は、星を覆い隠す。
ネオンは光り、空気は澱んでいる。
走る車。客を呼び込む店員。会社帰りらしきスーツ姿の男達。
誰も僕の気持ちも紗菜のことも、理解してなんてくれない。
分かっている。
理解してほしいとも、思ってない。
ただーー。
僕の気持ちも考えてよーー。
酷いよ。紗菜。
どうして、僕を一人にするの?
一人はもう嫌だよ。
みんな、嫌いだ。
本当は、泣きたいのにーー。
視界のネオンが滲む。
一人、路地に入って嗚咽を堪えた。
涙が自然と溢れでて、止まらないーー。
紗菜。
紗菜。
紗菜ーー。
死んだら嫌だよ。
僕を一人にしないでよ。
君がいなくなったら、僕はまた一人ぼっちだよ。
一人は寂しいんだ。
君に側にいてほしいんだ。
君じゃなきゃ嫌なんだ。
お願いだよ。死ぬなんてやめてくれ。
死をそんなに、簡単に受け入れないでよ。
どうして?
待ってるのに。
君の考えは変わらないんだ?
ここ二年で分かったんだよ。
紗菜がいないと、僕はやっぱり駄目なんだ。
だから、側にいてくれよ。
女々しいこと言ってるのは分かってるよ。
でも君は男らしいから、僕が女々しいこと言ってるくらいで、丁度いいんだよ。そうだろ?
溢れる涙は地面に落ちて吸い込まれるようにして消えていく。
死んだ狼少年はどんな気持ちだったのだろうか?
嘘をついたことを後悔したのだろうか?
僕が嘘をついた罰は、紗菜を奪われることだろうか?
だったら、もう嘘なんてつかないよ。
つかないから、神様ーー。
いるのなら、僕に紗菜を返してください。
* * * * *
狼少年は、嘘をついて一時の快楽を手に入れた。
僕は、嘘をついて紗菜を手に入れた。
狼少年は、嘘のせいで命を失った。
僕は、嘘で失ったものはない。
紗菜は僕が嘘をつこうが、つくまいが僕の元を離れていただろう。
僕はこれからも、嘘をつく。
嘘が僕を生かしているから。
嘘が僕と紗菜を出会わせてくれたから。
嘘が僕に生きる意味を与えてくれるから。
嘘が僕を救ってくれるから。
嘘が僕の全てだから。
僕は嘘つきの狼少年。
でも、狼少年みたいなヘマはしない。
僕は嘘で世の中を上手く渡っていく。
君を待ち続けるよ。
君が生きたいと思うまで。
君が死ぬその日まで。
僕は君を待ち続けるーー。
読んで頂きありがとうございます!
今後も番外編は投稿していきたいと思います。