天文部
六月一三日午後四時
「今日クラスメイトみんなで遊びに行こうっていう話になってるんだけど静莉と博人もこないか」
予定をきかれて僕は腕時計で日付を確認する。すると今日は既に天体観測の予定が入っていたが、断りの言葉が喉元まであがってきているのに言葉としてなかなかでてこなかった。
「今日は…」
「だめだめ!今日は月に一回の満月だから天文部の天体観測があるのよ。だから遊びに行くのはまた今度。ごめんね」
僕が返事しあぐねていると静莉が僕の言いたかったことをすべて代弁した。人の顔色ばかり窺って、自分の思っていることをうまく伝えられない僕から見れば、なんでも気兼ねなく言える静莉の性格はうらやましくて仕方がなかった。
「確かにそういえば今日は満月だったよね…」
クラスメイトはキョトンとした顔をした様子で何かを思い出すように僕と静莉を交互に見つめていたが、
「夫婦水入らずを邪魔しちゃ悪いし俺たちは帰るか」
と言ったのと、ぶっ、と静莉が飲みかけていた麦茶を吹き出しそうになるのはほぼ同時だった。
「だっ、だれが夫婦だっ!!」
麦茶のペットボトルを片手に「静莉が図星を突かれて怒った!」と彼女を茶化すクラスメイトを追い掛け回している静莉をおいて僕は教室を後にした。
「あ、博人ちょっと待ってよ!」
鞄を手にした静莉が駆け足で追いかけてきた。
向かう先は星ヶ丘学園壱号館。学生の間では通称旧館と呼ばれているその建物は、星ヶ丘学園にまだ生徒が多くいたころは教室として使われていたのだが、近年は少子化の影響からか段々と生徒数のが減っていった今では部室棟としてしか使われていないそうである。全ての部活動の中で最も活動期間が長い部活がまさに博人と静莉が所属している天文部である。
つい数年前に天文部の卒業生たちの寄付によって設立七十周年記念祭が行われたのだが、調星ヶ丘学園は戦後にできた学校なので天文部の歴史の方が学校の歴史よりも長いという矛盾があり、この天文部の矛盾は学園七不思議の一つとして数えられていたりするらしい。
長い伝統を誇っているおかげもあってか、星ヶ丘学園天文部は新しい彗星や惑星を見つけて名前をつけたような偉大な先輩も輩出している。そんな名門の天文部も、近年は人気の化学部やコンピュータ研究部に部員の大半を奪われてしまい、今では部員は僕と静莉の二人しかいない。
静莉が天文部に加入したのは二年生の時だったので、僕が一年生の時は部員は僕と今ではもう卒業してしまった先輩の二人だった。その先輩が僕からみても変人としか形容できない変わった人間で、今でも部室を訪れるとあの先輩がひょっとしたらいるのではないかと思わせるほど強烈に僕の記憶に焼き付いている。
年季の入った思い扉を開け、迎賓館をモチーフにされたという漆黒の木製の大階段をのぼっていく。手すりをつかむと、手形の後がはっきりと残ってしまう程度には掃除されていないがわかる。埃っぽいのは嫌だったが、この雰囲気は嫌いではなかった。
ふと思い出したが、静莉と初めて出会ったのもこの旧館だった。
なんか短いのでそのうち付け足すかも