二
結局、当日券で彼らのライブを観に行った。シーディショップで試聴した彼らの音楽が、やはり格好良かったからだ。
ライブハウスの煙草の煙と酒の匂い、騒ぐ若者といったような雰囲気が酷く懐かしい。薄暗く安っぽく見えるのも、醍醐味と言える。洞穴に潜っていくようなわくわく感が胸に疼く。
なるべく知り合いには会いたくなかった。音楽をやめてから一切関係を絶っていたし、今尚何をも完遂していないのに、どんな顔をして彼らに会えばいいのかわからない。出来ることならば誰にも気付かれたくない。そう思って深くニット帽を被っていたのだが、そんな心配が要らないくらい、ホールは人に満ちていた。完売ではなかったようだが、取り置きもせず当日券を買えたのはラッキーだっただろう。
小さく鳴るビージーエムを聴きながら、隅のほうで煙草を吹かす。喧騒を眺めながら、僅か数メートル先と自分との間に、明確な線引きがなされているような錯覚に陥る。どうか早めの出番であってくれと願うばかりだ。
ホールが暗転し、エスイーが掛かる。パンクミュージックに紛れて演者が出てきたが、彼らではなかった。そもそもパンクは彼らの音楽性とは合致しない。そこにこだわらないバンドも多くいるが、彼らに限ってはエスイーには使わないだろう。
一バンド目はよくあるギターロックバンドだった。その上で妙に個性を出そうとしすぎて、全体にまとまりがなく、下手糞を味と開き直っているようなヴォーカルが、不快だった。元ベーシストとしての習性か、自然、リズム体に耳が傾くが、こちらも褒める要素は特にない。歌詞もよくある台詞の詰め合わせのようなもので、明確な意図が伝わらない。ただ、雰囲気だけは一人前だった。
などと、実際には彼らよりも先に「才能」の二文字から逃げた僕が玄人ぶるのは、我ながら情けないにもほどがある。そもそも「プロ」でもなければ、いまやバンドマンですらない。大人しく拝聴する。
三番手として彼らが登場する。喝采の中悠々と片手を上げて挨拶に代える姿が、様になっている。
インストゥルメンタルの中、音出しを行う。ギターやベースがチューニングをしている際に、予め決めていたのか、ドラムの鳴らしたワンフレーズが印象的で頭に残る。
ヴォーカルが頷くと、エスイーが止んだ。
目元の隠れる前髪を、ピックを持った手の小指で掻き分ける。
「ラヴァーズです。始めます」
オープンハイハットの四カウントから演奏が開始する。
彼らはトリではなかったが、今までのふたバンドが前座に思えるくらい、圧巻の存在感だった。ミディアムチューンの中に激しさと静寂を捉えており、それはほかのバンドのように散らかって聴こえない。なるほどプロの指導のもとプロになった彼らは、逸して輝いている。
が、それも三曲目までだった。
最初は上手リードギターの機材トラブルだった。音が出なくなり、エフェクターをいじっている間に曲が終わった。本来エムシーを挟む予定でなかったのか、しどろもどろの挨拶で間をもたせる。ギターからアンプに直刺しにしたことで難を逃れたが、曲から色が失われた。
トラブルを経ると客は盛り上がる場合がある。今回もそうだったが、度が過ぎた。
次の曲、異常なモッシュの最中、酒に狂った客同士が揉め始めたのだ。煙草の火が当たっただとかどさくさ紛れに蹴られただとかと喚き、あわや殴り合いというレベルに発展し、ライブどころではなくなった。スタッフが慌てて駆け寄るが、ラヴァーズにこれを収める技量はなかった。困惑し呆然と立っているだけで、言葉を入れることも、音を鳴らすこともなかった。
僕はそこでライブハウスを出た。
夜気が肺を一杯に満たすと、どうしようもない吐き気が襲ってくる。
これが、彼の言っていた「未来を盗む」序章なのだろうか。
その後の彼らのツアーも、似たようにボロボロだったと、大手検索サイトのトップニュースで知った。「大型新人」と注目されていただけあって、その反響も大きく、「もはや呪いの域」だと匿名掲示板で揶揄されていた。ある意味それは、間違いでない。
そうして話題性だけは獲得したが、シーディの売れ行きは怪しいらしい。かつて切り捨てたはずの僕のところにまで、どうかシーディを買ってくれ、という旨のメールが来る始末だ。ライブに関しても彼ら個別の動因は散々らしい。
もうピークを越えた、とまで言われているようだった。
ああ、彼に会わなくてはならない。
僕はそう、思った。