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泥棒猫は今日も盗む  作者: 枕木きのこ
「お姉さんの四年間、僕が盗んであげる」
4/7

 四日後、ロシアンブルーが私の部屋へやってきました。私は買っておいたかつお味の猫缶で丁重に彼をもてなしました。

 食後、顔を洗う彼のほうへきちんと向き直り、ひとつ頭を下げますと、

「どうしたんですか?」

 動作を止めぬまま彼は質問を寄越してきます。

 私は思い悩んでも仕方ないと、

「あなたが盗んだ私の四年間を、どうか返してください」

 要望を言うと、ぴたりと手が止まります。

 無慈悲に沈黙が下り、私は何かとんでもないことを言ってしまったのではなかろうかと、不安になる気持ちを抑えられません。

 ややあってから、

「それは無理ですよ」彼のガラス玉が私を捉えます。「お姉さんの四年間は、無事、僕が盗んでしまいましたから」

 もう一度頭を下げます。

「お願い。缶詰ならいくらでもあげるから」

「残念ですが」ぐぐっと身体を伸ばすと、「それは無理な話です」

 ロシアンブルーは冷淡にそう言いました。

 しかし私は、絶望したと言うよりは、どこか妙に納得してしまっている自分に、驚きました。

 だって彼は泥棒だから、盗んでしまえばそれで終わりです。与えることも、返すことも、泥棒ならば致しません。

 火傷の痕は、もう帰ってきません。

「お姉さん。大事なことです。これはあなたが望んだ結果なのだと、理解するしかありません。望まれたからこそ僕は現れたし、望んだからこそあなたから盗んだのです。しっかりと前置きはありました。対面して、了承の上での事象です。残念ですが大抵のことは、気付いたときには手遅れなのです」

 ロシアンブルーの言葉を聞きながら、それは多分、私と彼の関係もそうだったのだろうと、思いました。

 どこからか歯車がずれ始めていましたが、その要因はお互いにあるのです。結果として関係性を絶ったのは彼のほうからでしたが、それはなるべくしてなったことなのです。噛み合わない歯車はいつかは壊れる、そんなことは、わかっていたのです。

 本当は浮気がなくても、続かない関係だったなんてことは想像に易いことです。些細な諍い、セックスレス、要因は数多あったのです。

 それだからこそ、彼に費やした四年間を私は取り戻したいと願ったのです。腹いせのようなものでしょう。彼は新しい人を見つけたからいいものの、私はこれから一人なのです。こんなに悲しいのならば彼に出会わなければ良かったと、二十三歳の時に別の男性と出会っていれば良かったと、そういう捨て鉢な思いが、思わず言葉になっただけなのです。本当は彼のことを誰よりも大切に思い、愛していたのです。

 若い女に浮気して離れていった彼を、心のどこかで憎めない自分がいるのです。だからせめて戻りたいと、そう願ってしまったのです。

 そんな、無様な結果が、これなのです。

「忘れるしかありません。なくなった傷も、そこに秘められた思い出も。その身体で、あなたは生きていくしかないのです」そして、と彼は続けます。「あなたは年を取るたび思い出すのです。自分が同じ年齢の周囲の人間よりも四歳分も身体が若いのはなぜなのか。同時に、自分を捨てていった彼のことも。それがあなたに科せられた罰なのです」

 罰。

 ロシアンブルーはすっかり虚空を眺めていて、私には興味がなさそうです。

 彼と会うのもこれが最後なのでしょう。私はそう思いました。短い短い付き合いでした。

「望むことは悪くない。望んだ末にどうするかが重要なのです。あなたは最初に思っていたとおり、彼に出会う前の自分に戻っていればよかった。彼を忘れて新たな人生を歩んでいればよかった。それだけの話なのです。そうすれば不都合は何一つないはずだった。二十七歳の誰よりもあなたは若く、美しいはずだった。一人の男性に固執して自ら視野を狭めたからいけなかった」

 私はロシアンブルーを見つめました。

 彼の言っていることは最もかと思います。そう、私を捨てていった彼など忘れて、この間の合コンのときにでも適当な男性を捕まえればよかったのです。他人に言われるまでもなく、そういった未来の可能性は持っているのです。

 でも、身体はいくら若返ったって、それを上回る鮮烈さを持って、彼への思いがなくならなかったのです。

「猫さん。あなたにはまだ、愛の話は早いのかもね」

 精一杯の皮肉を私が言うと、ロシアンブルーは何も言わずに外へ去りました。

 私はこれからも、このどうしようもない身体を抱えて、生きていくのです。

なんだか書いていてよくわからなくなってしまいました。

次からは別の話です。

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