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泥棒猫は今日も盗む  作者: 枕木きのこ
「お姉さんの四年間、僕が盗んであげる」
3/7

 合コンなどというものを、私は未だかつて経験したことがありません。高校時代からして奥手で人付き合いの苦手な私が、そのような会合に呼ばれようはずもありませんし、彼と出会い彼を好いてからはほかの男性に視線を奪われるようなこともなかったのです。

 三日後、それでもカサギさんの指定した場所に足を向けたのは、あるいは気まぐれとも言えよう無自覚の所作でした。何かを失えば何かで補うほかなく、そのための変身はロシアンブルーがしてくれました。私にはこれくらいしか使い様が見出せなかったのです。

 今回の合コンはカサギさんが私のために急ごしらえしてくれたようで、彼女は私の顔を見ると嬉しそうにくしゃりと笑いました。

「主役が来たよ」と彼女の友人らしい二人の女性に声を掛けると、今度は私の耳元に口を当て、「こんな急に誘って来れるなんてさすが振られたばかりの女は違うね」

 そう意地悪に微笑むのです。

「ナカマタです」カサギさんをぐいと押しやり、二人の女性に名乗ります。「なんだか済みません」

「あたしヒロコ、よろしくね」セミロングの綺麗な方が返してくれます。「ナカマタさん綺麗、振った男もったいないね」

「こらヒロコ」たしなめたのは、ボブカットの可愛らしい女性です。「私、ジュン。ナナコがいつもお世話になっているようで」

 ナナコというのはカサギさんのお名前です。カサギさんはそう言われると頬を膨らませて「うるさい」とジュンさんを叩きます。傍から見ても、どれほど仲が良いのか伝わります。私は少々場違いな感を覚えましたが、引き下がる度胸もありませんでした。

 四人で男性との待ち合わせのレストランへ向かっている途中、ヒロコさんとジュンさんはひっきりなしに私へ質問を繰り出してきました。二十三歳の身体は、やはり同じ二十七歳の視点からすると疑問の的になるようです。と言っても、やはりこれは私の力でどうこうなったものではないので、ほとんどはうまくはぐらかすしかありませんでした。

 彼女たち二人と、カサギさんも含め、別れた彼のことをよく聞きたがりました。悪魔の私が鬱陶しいと思う間もないほどの質問攻めで、私は良くも悪くも彼との四年間を頭の中で再生しました。

 出会った頃、彼は頭を金色に染めていて、バンド活動をしていました。私は友人に誘われて初めてライブハウスを訪れ右も左もわからない状態で、ともすれはお手洗いと間違えて楽屋へ入ってしまうような不埒な女でした。

 出番を終えた彼は着替えをしていたようで、上半身裸のまま私に気づくと、切れる息で「どうしたの?」と声を掛けてきたのです。この頃の私は前に言った通り年相応に見られることの方が珍しく、彼にしても私を年下の人間だと思って接していたのだと、後に笑い話にしてくれました。

 ほかのメンバーさんはすでにホールでお客さんとお話をしていたようで、狭い空間に私と彼は二人きりでした。恥ずかしさと、困惑とがないまぜになり、頬が熱くなるのを自覚します。

「おて……」

「お手?」

「お手あら、ひーっ」

 男性に免疫のない私にしては頑張ったものだと思います。しかし楽屋を飛び出したのは言うまでもありません。

 終演後、友人がお目当てのバンドマンさんに話しかけている間、私は一人手持ち無沙汰で、携帯電話を弄っておりました。するとふいと影が私にかぶさり、視線を上げると、彼が居たのです。柔和な笑みと低い物言いに、気づけば好意を抱いていたのです。

 などと話しているうちに、レストランに到着しました。爛々と好奇心を光らせる六つの目は、今度は男性たちに向けられました。

 はっきり言えば、この二時間、相手の方たちを悪く思うことは一度もありませんでしたし、四人ともに別々の個性を持ち合わせそれぞれに魅力的な男性でしたが、私の中の彼を超えることはありませんでした。

 帰り際、輪から外れた私に、一人の方が声を掛けてくださいます。

「ナカマタさん、連絡先教えてくださいよ」

 私は、曖昧に笑んで、誤魔化そうとしましたが、彼は執拗でした。

 気づいたカサギさんに助けられた時には、私は訳もわからず、涙が出そうになっていました。

 どんなに身体が若返り、色々な男性に褒めていただいても、私の中の空虚は肥大化するばかりで埋まることなどありません。

 そう思うと、身体的な四年間を盗んでもらったところで、なんの意味などなかったのだと理解しました。

 私は彼と生きたその四年間を、しっかりと刻み込んだ身体で、前を向くべきなのだと悟りました。

 今はない火傷の痕を、無意識に撫ぜてしまうのです。

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