送り盆
ぼおん、ぼおんと、居間の古い柱時計が午後五時を告げる。俺が畳に座ったまま時計を見上げると、隣に立つ妻もまた、時計を見上げた。
「おお、もう時間か」
「早いものですねえ」
「どれ、行く前に仏壇でも拝むか」
立ち上がった俺に妻が続く。共に手を合わせると、線香の煙がふわりと揺れた。
外では子供達が送り火を焚いている。
「切符は持ったかい」
「ええ、ここに」
妻は白地の夏帯の間から、切符を二枚取り出す。その一枚を受け取り、玄関に立った。どこからともなく入ってきた黒い蝶が、俺と妻を導くように玄関の外へと飛んでいく。先に下駄を履き、草履を履く妻の手を取る。
「おおい、俺達はもう行くぞ」
「また遊びに来ますからね」
俺達は子供達の背に声をかける。暮れなずむ空の向こう、一番星のあたりから、少しづつ電車が近づいてくる。四両編成の電車はその車体を揺らしながら、俺達の前で止まった。
乗り込む前にもう一度子供達を見て、妻と顔を見合わせ、ふと笑う。
車掌に切符を見せ、席に座る。電車は再びゆっくりと夕暮れの空へと動き出す。
「盆ってのもあっという間だなあ」
「あなた、いつもそう言うじゃない」
俺の言葉に妻はふふふ、と口元に手を当てて微笑む。
「あいつ、幾つになった」
「そうねぇ、確か、今年で七十のはずですよ」
「なんだ、もう七十か。もうじき俺の歳を超えるじゃないか」
送り火を焚く、その老いた後姿を思い返す。倅とその連れ合い、孫や曾孫達。
きっと倅とも、そう遠くない先、この電車に乗る日が来るのだろう。迎え火を目印に電車に乗り、送り火を背に再び家を出てゆく日が。
「いいじゃありませんか」
「そうだな」
俺は妻の手を握る。妻もまた、俺の手を握り返す。
「ゆっくり、できるだけゆっくり来ればいいさ」
がたん、ごとん、と電車は進む。
誰もが最期は行き着く先。
空の向こう――彼岸へと向けて。




