↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

送り盆

作者: 深川夜
掲載日:2026/09/08

 ぼおん、ぼおんと、居間の古い柱時計が午後五時を告げる。俺が畳に座ったまま時計を見上げると、隣に立つ妻もまた、時計を見上げた。


「おお、もう時間か」

「早いものですねえ」

「どれ、行く前に仏壇でも拝むか」


 立ち上がった俺に妻が続く。共に手を合わせると、線香の煙がふわりと揺れた。

 外では子供達が送り火を焚いている。


「切符は持ったかい」

「ええ、ここに」


 妻は白地の夏帯の間から、切符を二枚取り出す。その一枚を受け取り、玄関に立った。どこからともなく入ってきた黒い蝶が、俺と妻を導くように玄関の外へと飛んでいく。先に下駄を履き、草履を履く妻の手を取る。


「おおい、俺達はもう行くぞ」

「また遊びに来ますからね」


 俺達は子供達の背に声をかける。暮れなずむ空の向こう、一番星のあたりから、少しづつ電車が近づいてくる。四両編成の電車はその車体を揺らしながら、俺達の前で止まった。

 乗り込む前にもう一度子供達を見て、妻と顔を見合わせ、ふと笑う。

 車掌に切符を見せ、席に座る。電車は再びゆっくりと夕暮れの空へと動き出す。


「盆ってのもあっという間だなあ」

「あなた、いつもそう言うじゃない」


 俺の言葉に妻はふふふ、と口元に手を当てて微笑む。


「あいつ、幾つになった」

「そうねぇ、確か、今年で七十のはずですよ」

「なんだ、もう七十か。もうじき俺の歳を超えるじゃないか」


 送り火を焚く、その老いた後姿を思い返す。せがれとその連れ合い、孫や曾孫達。

 きっとせがれとも、そう遠くない先、この電車に乗る日が来るのだろう。迎え火を目印に電車に乗り、送り火を背に再び家を出てゆく日が。


「いいじゃありませんか」

「そうだな」


 俺は妻の手を握る。妻もまた、俺の手を握り返す。


「ゆっくり、できるだけゆっくり来ればいいさ」


 がたん、ごとん、と電車は進む。

 誰もが最期は行き着く先。

 空の向こう――彼岸へと向けて。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。