第一夜
山あいにあるこの街は、今日も薄い霧に包まれております。
山を背に栄えている街で、交通の要衝と言いますか、そこそこ活気があり、街の中心は商人や旅人で賑わっております。
私どもの居はそこから少し離れた、山の入り口にひっそりと建っております。
主は「静かな方が星の方が聞こえやすい」と仰っていますが、実際には、単に人混みが苦手なだけでしょう。
本日の夕方、主のもとへ若い商人風の青年がいらっしゃいました。
急いでいるのか何なのか、緩やかに続く上り坂を登ってくる足取りが妙に軽く見えたのは気のせいでしょうか。
「星見さまぁぁぁ! 何とかしてください! なぜかお金が消えるんです!」
青年は開口一番そう仰いました。
「星見」とは、主の職業とでも申しましょうか。主は魔法でホロスコープを作り、星占いをするのです。
生活魔法とは違い、誰もが使えるわけではないこの魔法を使って星占いをする人のことを、「星見」というのです。
それにしても、消える、ですか。
盗まれたのか、落としたのか、使ったのか。
いえ、使ったのであれば「消える」とは言わないはず。
主は飄々とした様子で、机の上の紙にそっと手をかざしました。
紙の表面が淡く光り、ホロスコープが浮かび上がります。
魔法の光が梁に反射し、青白い影が揺れました。
「あー、海王星が2ハウスね」
……海王星、ですか。
海王星とは、一体どういう星でしょう。長くお仕えしていますが、分からないことばかりです。
ですが、「ハウス」というのは存じ上げております。生まれたときの星の配置を記したホロスコープの……こう……12の区画に分ける……はい、とりあえずそんな感じのやつでございます。
ともかく。
眉間にシワを寄せている青年を、顔は動かさずに目だけで見て、主は話を続けます。
「あんた商人? 金に縁がないけど、やってけるの?」
「はあ!?」
いや、ちょ、言い方ぁ!
客人相手に何言ってるんですか主。「あんた」はないでしょう、「あんた」は。
ところで合点がいきました。軽いのは足取りではなく財布だったようです。
青年も素っ頓狂な声をあげて固まってしまいました。
主はさらに続けます。
「2ハウスはお金。海王星は、入っているハウスの対象や物事をかき消す星。気づいたら使っている、気づいたらなくなっている。というかそもそも入ってこない。ま、貯まることはないね」
丁寧です。確かに丁寧に説明しています。ですが商人相手に金が入ってこないなんて、とどめさしてどうするんですか。
「あーーーーー………………………」
いすの背もたれ背に中を預けて天井を見上げ、青年は声にならない声を漏らしながら悩みます。
そんな青年に、主は優しい声で締められました。
「でもね、海王星は夢の星でもある。夢のために使うなら、そんなに悪くないよ」
主の言葉に希望を見出したのか、青年は目を輝かせて帰っていかれました。
夢のために使っているのかどうかは存じ上げませんが、とりあえず元気になられたようです。
青年を見送り、青年が出ていった扉が閉まった後、私は紅茶を差し出しながら主に申し上げました。
「主、商人にお金が貯まりにくいとは……もう少し言葉の選びようが」
「なかったんだよ」
「…………」
努力してください頼みますから。
「しかし、フォローがあったのはよろしかったかと」
「細かいね、君は。俺と同年代だろうに。たま、あのフォローもてきとーだけど」
「!?」
主は紅茶をすすりながら、
「なにぶん、海王星だからね」
と仰いました。
だからといって“てきとー”で済ませるのはいかがなものかと思われます。
夜もめっきりふけたというのに、窓の外では山の霧が静かに揺れております。
海王星のせいかどうかは存じませんが、本日もこの家はどこか曖昧で、静かで、……そして、少しだけ不思議です。
〜本日の端書き〜
2ハウスはお金や所有物を示す。
海王星は入っているハウスの対象や物事をかき消す。
つまり、お金がない、と。
……もう少しいい解釈の仕方ありませんかね主……




