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雲上タッチ ~触れるだけで、命を救う。神の力を宿した青年が世界を変える、奇跡の物語。~  作者: 団田図


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第57話 再会と再生と再始動

 羽田空港の到着ロビー。

 自動ドアが開いた瞬間、懐かしい日本の空気が淳史を包み込んだ。

 三年ぶりだ。

 中東の乾いた砂、中南米の湿った密林。世界中の地獄を巡り、ようやく帰ってきた。

 出迎えた隆史の案内で、空港内の関係者専用応接室へと通される。

 ドアが開く。

 部屋の中央に、車椅子に乗った女性がいた。

 真千子だ。

 三年前よりも少し痩せ、髪も短くなっている。だが、その瞳の強さは変わっていない。

 変わったのは、膝から下だった。

 スカートの裾が、不自然に垂れ下がっている。あの日の爆破テロで、彼女は両足を失ったのだ。自分を守ろうとして。

 淳史は静かに歩み寄り、手を差し出した。

「ただいま、姉ちゃん」

 真千子は、眩しいものを見るように弟を見上げた。精悍になり、深い傷と強さを宿したその目。かつての頼りない弟の姿はどこにもなかった。

「……お帰り、淳史」

 真千子は震える手で、その手を握り返した。

 生きていてくれた。それだけで十分だった。

 数秒の握手の後、真千子は手を離そうとした。

 だが、淳史は離さなかった。

 それどころか、さらに強く握りしめ、もう片方の手も添えた。

「……淳史?」

 淳史は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

「探し出してくれて、ありがとう。……これからは、僕が姉ちゃんを守るよ」

 次の瞬間、淳史の掌から黄金の光が溢れ出した。

 それは、今まで見たどの光よりも強く、濃密で、圧倒的な熱量を持っていた。

 光は真千子の全身を巡り、そして失われた両足の切断面へと収束していく。

「ちょっ、何を……!」

 真千子が声を上げる間もなかった。

 無いものが、作られていく。

 骨が伸び、筋肉が編まれ、神経が通り、皮膚が覆う。

 淳史の脳裏には、ジャングルで読み漁った解剖図譜の知識と、数々の欠損治療で培った経験が、完璧な設計図として展開されていた。

 光が収まると、そこには美しい二本の足があった。

 淳史は汗一つかいていなかった。

 彼は手を握ったまま、優しく微笑んだ。

「身長、変わってないかな。……立ってみて」

 淳史のエスコートで、真千子がおそるおそる腰を浮かせた。

 足裏が床を踏む感触。膝が体重を支える力強さ。

 彼女は、自分の足で立った。

 目線の高さが戻った。目の前に、弟の顔がある。

「……嘘……」

 真千子は言葉を失い、自分の足を見下ろした。夢ではない。確かにそこにある。

 横で見ていた隆史が、涙を堪えて笑った。

「間違いない。真千子の身長だ。……ハイヒールもまた履けるな」


 数秒の沈黙の後、真千子の理性が戻った。

「……あんた、約束を破ったわね」

 彼女の声は震えていた。

「私へのタッチは禁止だと言ったはずよ。私が欲に溺れないように、人間であり続けるために……」

「僕の意思だよ」

 淳史は姉の言葉を遮り、強く言い放った。

 そこには、かつて姉の背中に隠れていた少年の面影はなかった。

「イカロスを復活させるよ。目の前の家族さえ助けずに、遠くの人なんて助けられない。……姉ちゃんがいなきゃ、何もできないんだ」

 淳史は真っ直ぐに真千子を見据えた。

「でも、これからは僕が表に立つ。隠れるのはもう終わりだ。僕の力は、僕が管理し、僕が使う」

 その言葉には、三年間の地獄を生き抜き、数多の死と生に向き合ってきた者だけが持つ、揺るぎない覚悟があった。

 真千子は、目頭を押さえた。

 守るべき対象だった弟は、いつの間にか、自分よりも遥かに大きな存在になっていた。

「……そう。とうとう、雲の上から降りてきたのね」

 彼女は敗北を認めるように、しかし誇らしげに微笑んだ。

「分かったわ。……付き合うわよ、地獄の果てまでもね」


 和やかな空気が戻った部屋で、淳史は表情を引き締め、隆史に向き直った。

「ただ、再開する前に……どうしても助けたい人たちがいるんです。中東に置いてきた、僕の大切な……」

 ミライとイーリヤ。

 彼女たちを迎えに行かなければならない。たとえまた、あの紛争地帯に戻ることになろうとも。

「隆史さん、手伝ってください。お願いします」

 淳史が頭を下げようとすると、隆史は「ああ、分かってる」と短く答え、何も言わずに部屋を出て行った。

 そしてすぐに戻ってきた。

 その後ろに、小さな影を二つ連れて。

 淳史の時が止まった。

 一三歳から少し大人びた少女、イーリヤ。

 その腕に抱かれた、二歳になった幼女、ミライ。

「……パパ?」

 ミライが、不思議そうな顔で淳史を見た。

 淳史の顔がくしゃくしゃに歪んだ。

 一年間、片時も忘れたことはなかった。拷問のような日々も、彼女たちとの再会だけを夢見て耐えてきた。

 淳史は膝をつき、両手を広げた。

「……ミライ! イーリヤ!」

 二人が駆け寄ってくる。

 その体温を感じた瞬間、淳史の中で張り詰めていた最後の糸が切れ、堰を切ったように涙が溢れ出した。

「よかった……本当によかった……!」

 隆史が静かに説明した。

「クレーン作戦で現地のアジトを制圧した時、タッチの差でお前はいなかった。だが……その直後、この子たちが現れたんだ」

 イーリヤの胸元で、銀色のドッグタグが光っていた。

 淳史が託した、魂の片割れ。

「このタグが、彼女たちを守り、俺たちを導いてくれた。……お前が繋いでくれたんだよ、淳史」

 淳史は泣きじゃくりながら、ただただ頷き続けた。

 篤人がくれた力が、ミライを守り、隆史を引き寄せ、そして今日、再び家族を一つにした。

 失ったものは多い。アーリヤはもういない。

 だが、ここには確かに希望がある。

 淳史はミライを抱き上げ、涙に濡れた顔で笑った。

「日本だよ。……桜を見に行こう」

 窓の外には、どこまでも広がる青空があった。

 イカロスの翼は、もう溶けない。

 なぜなら彼は今、太陽を目指して飛ぶのではなく、大地にしっかりと足をつけて、愛する人々と共に歩き始めたのだから。


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