第54話 呪家業
その日、ダニーが連れてきたのは、右手を血塗れのタオルで押さえたアメリカ人だった。
男は痛みと怒りで顔を歪め、タオルを投げ捨てた。
そこにあるはずの親指と人差し指が、根元から吹き飛んでいた。
「見ろ! お前んとこの銃を使ったせいでこのザマだ! どう落とし前をつけてくれるんだ!」
男が喚き散らす足元には、無残に砕け散った拳銃の残骸が転がっていた。
クロアナカルテルの資金源は、麻薬だけではない。銃の密造と販売も大きな柱だ。
彼らが捌く「ゴーストガン」は、製造番号がなく、安価で足がつかないため、犯罪者たちの間で絶大な人気を誇っている。だが、品質管理は杜撰そのものだ。
淳史は残骸を拾い上げた。
銃身が、裂けたバナナのようにめくれ上がっている。
「……銃腔内の変形ですね。弾丸がスムーズに前進できず、内圧に耐えられなくなって破裂したようです」
淳史が分析すると、ダニーは不快そうに舌打ちをした。
「チッ、不良品か。これじゃあ『信頼と実績のクロアナブランド』に傷がつく」
麻薬王は、あくまでビジネスマンの顔で言った。
「客へのアフターサービスだ。ドクター、治してやれ」
命令一下。淳史は男の前に立った。
かつてなら「欠損は治せない」と断っていただろう。だが今は違う。
淳史は男の手首を掴み、脳内の解剖図譜を検索した。
指骨、関節、腱、神経、血管。
複雑なパズルを組み立てるように、再生の設計図を描く。
――タッチ。
光が凝縮する。
切断面から骨が伸び、肉が盛り上がり、皮膚が覆う。
数分後。そこには、指紋まで完全に復元された二本の指があった。
「オーマイガー……! アンビリーバブル!」
男は再生した指を動かし、狂喜乱舞した。
だが、ダニーの目は笑っていなかった。
「さて。指は戻った。次は『けじめ』の時間だ」
ダニーは冷酷に告げた。
「こんなガラクタを作った職人に、教育をしてやらなきゃな」
車で数時間。道なき道を走り、ジャングルの奥地へと分け入った。
到着したのは、トタン屋根のボロボロの小屋だった。
そこは、密造銃の工場だった。
劣悪な環境の中、旋盤やプレス機が並び、金属を削る甲高い音が響いている。
作業していたのは、一組の親子だった。
油まみれの父親と、まだ一〇歳にも満たない少年。
ここでは、親から子へ銃の作り方が伝承され、代々武器を作ることで生計を立てているのだという。拳銃からアサルトライフルまで、注文があれば何でも作る「死の職人」たちだ。
「おい、親父」
ダニーが壊れた銃の部品を投げつけた。
「お前の作った銃が暴発して、大事なお客様の指が飛んだ。どういうことだ?」
父親は部品を手に取り、震える手で検分した。
「……確かに、俺の作った型に似ている。だが、違う」
父親は必死に訴えた。
「俺は全ての銃を出荷前に試射している。こんな欠陥品は出さない! 何かの間違いだ!」
「間違いだと? 現に客が怪我をしたんだぞ」
ダニーは腰から二丁の拳銃を抜き放った。
カチャリ。
同時に撃鉄を起こし、それぞれの銃口を、アメリカ人と父親の眉間に突きつけた。
場が凍りつく。
少年が悲鳴を上げようとして、父親に制された。
「ゲームをしよう」
ダニーは楽しげに言った。
「お前らのどちらかが嘘をついている。俺は嘘つきが大嫌いだ。……さあ、正直に言え。言った方は助けてやる。だが、嘘をつき通せば、二人ともここで死ぬことになる」
究極の選択。
沈黙が流れる。ジャングルの鳥の声だけが響く。
ダニーの指が引き金にかかった、その時。
「……待ってくれ! 俺だ! 俺が嘘をついた!」
叫んだのは、アメリカ人の方だった。
彼は両手を上げ、崩れ落ちた。
「あんたの所の銃じゃない……別の組織から安く買ったんだ。でも暴発して指がなくなって……あんたなら『ドクター』を持っていると噂で聞いて……」
指を治してもらうために、ダニーを利用したのだ。
カルテルの面子を逆手に取った、命がけの嘘。
ダニーは銃を下ろし、深くため息をついた。
「……そうか。どこの組織だ?」
アメリカ人が震えながらライバル組織の名を告げると、ダニーはニヤリと笑った。
「よし。正直者は嫌いじゃない。帰っていいぞ」
アメリカ人は腰を抜かしながら逃げていった。
ダニーは部下たちに向き直った。
「聞いたか? うちのブランドを語る偽物を売ってる舐めた連中がいるらしい。……戦争だ。叩き潰しに行くぞ」
ダニーたちは小屋を出て行った。
不良品を出した職人への制裁は免れたが、その代わりに新たな抗争の火種が撒かれただけだった。
取り残された小屋で、親子は再び作業に戻ろうとしていた。
淳史は、少年を見つめた。
煤で汚れた小さな手。その手がヤスリを持ち、無心に鉄の塊を削っている。
彼が作っているのは、人を殺す道具だ。
喧嘩のために作られた道具が、不具合を起こして喧嘩の種になり、その解決のためにまた銃が使われる。
終わりのない円環。
淳史の目から見て、ここには正義など欠片もなかった。あるのは、生きるために殺しの道具を作り続ける貧困という現実だけ。
淳史は少年の肩に触れたかったが、その手は空を切った。
指を治すことはできても、この少年の未来を、染み付いた硝煙の臭いから救い出すことはできない。
無力だ。
金属を削る鋭い音が、淳史の心臓を抉るように響き続けていた。




