第53話 地球はだれのもの
その日、ダニーの屋敷に現れたのは、土と血の匂いを纏った粗野な男だった。
男のトラックの荷台から、大人数人がかりで厳重な檻が降ろされる。
中には、しなやかな筋肉を持つ大型のネコ科動物が、憎悪に満ちた唸り声を上げて暴れていた。
「いい獲物だろ、ダニー。ジャガーの罠にかかったんだが、こいつはピューマだ」
男は密猟者だった。
この一帯のジャングルは、ジャガーの生息地だ。絶滅危惧種に指定され、商取引は国際的に禁止されているが、裏社会ではその牙や美しい毛皮が「富の象徴」として高値で取引されている。特に中国の富裕層には、薬膳や飾り物として絶大な人気があるという。
男は檻を叩き、威嚇するピューマを指差して笑った。
「こいつ、珍しく生け捕りにできたからよ。お前にプレゼントするぜ」
「ハハッ、元気のいい猫ちゃんだな。だが、随分と機嫌が悪いじゃないか」
ダニーが面白そうに覗き込むと、ピューマは檻の隙間から鋭い爪を突き出した。
その瞳には、野生の誇りだけでなく、深い悲しみと殺意が宿っていた。
「ああ、捕まえる時にな。目の前で子供を殺しちまったんだ。親子連れだったんでね」
密猟者は、タバコを吹かしながら事もなげに言った。
子供を殺された母獣。その怒りは計り知れない。
だが、ダニーは手を叩いて喜んだ。
「最高だ! 気性が荒いほど育てがいがあるってもんだ。番犬代わりに飼ってやるよ」
彼らにとって、命はコレクションであり、玩具に過ぎない。
親を殺され、売り飛ばされた子供たち。子供を殺され、見世物にされる母親。
人間も動物も、ここでは同じだ。
商談を終えた密猟者が帰ろうとした時、ダニーが呼び止めた。
「おい、腕のそれ、どうした?」
男の腕には、包帯が巻かれており、赤黒い血が滲んでいた。
「ああ、別のジャガーを仕留める時にやられたんだ。浅手だが、化膿してやがる」
「なら、いい土産を持たせてやるよ。おいドクター、出番だ」
ダニーに顎でしゃくられ、淳史は前に出た。
この男を治すのか。
金のために絶滅寸前の種を狩り、楽しみのために親子の絆を引き裂くこの男を。
淳史の胸の内で、どす黒い感情が渦巻いた。
だが、ピューマの悲痛な唸り声を背に、淳史は無言で男の腕に触れた。
――タッチ。
傷が塞がる。男は驚き、そして下卑た笑みを浮かべた。
「すげえな! これなら、いくら怪我しても狩り放題だ!」
男は礼の代わりに現金の束をダニーに渡し、アクセルを吹かして去っていった。
残された檻の中で、ピューマは力尽きたように横たわっていた。
同じ地球に生きる命。本来なら、互いに干渉しすぎず、共存できるはずの世界。
だが、人間の際限のない「所有欲」が、バランスを崩し、種の存続さえも脅かしている。
レッドリスト。絶滅の恐れがある生物たち。
そのリストの最後には、自らの欲望で自滅していく「人間」の名が刻まれるべきなのかもしれない。
淳史は檻の前にしゃがみ込み、二度と戻らない子供を想う母獣の背中に、届かない祈りを捧げた。




