第43話 君主は豹変せず
その日、地下の処置室に現れたのは、これまでの客とは明らかに毛色の違う男だった。
立派な髭を蓄え、オーダーメイドの高級スーツに身を包んだ若者。
だが、その体型は不摂生の塊のように膨れ上がり、脂ぎった顔には傲慢さが貼り付いていた。
彼は足を引きずりながら入室するなり、ソファにどっかりと腰を下ろし、不機嫌そうに喚き散らした。
「おい、早くしろ! 足が痛くてたまらんのだ!」
彼の正体は、独裁国家・ベリトクラの現君主だった。
ベリトクラといえば、かつては二千万人の国民を擁し、先代の国王による賢明な統治で知られた豊かな国だった。先代は多くの博士号を持ち、常に国民に寄り添う姿勢で世界中から尊敬を集めていた。
だが、世襲によってこの若造が玉座についてから、国は暗転した。
彼は税金を極限まで引き上げ、その金を国民の生活ではなく、他国を威嚇するためのミサイル開発や、自身の名声を高めるための無謀な宇宙開発に湯水のように注ぎ込んだ。
結果、食料自給率は低下し、地場産業は衰退。飢えた国民が隣国の経済的搾取の餌食になるほどの始末だ。
そんな国のトップが、なぜこんな場所にいるのか。
聞けば、ラスベガスへの「視察」という名の豪遊の帰りだという。カジノで遊び呆け、毎晩のように暴飲暴食を繰り返した結果、持病の痛風が発作を起こしたらしい。
国民が飢えに苦しんでいる時に、こいつは他国で贅沢三昧をし、国民から搾り取った税金を使って裏社会で健康を買おうとしている。
淳史の中に、強烈な嫌悪感が湧き上がった。
だが、拒否権はない。
淳史は無言で男の赤く腫れ上がった足の親指に手を伸ばした。
――タッチ。
光が痛みの元凶である尿酸結晶を分解し、炎症を鎮める。
男の顔から苦悶の色が消え、途端にふてぶてしい笑みが戻った。
「おお、消えた! 噂通りだな」
彼は立ち上がり、軽くステップを踏んでみせた。
「カジノでは随分とスラれたが、この足が治ったならチャラだ。……よし、今夜は祝杯だ! ビールを持ってこい!」
反省の色など微塵もない。
健康を取り戻したその足で、彼はまた国民を踏みつけにし、その口で美酒をあおるのだろう。
男は上機嫌で部屋を出て行った。
その背中を見送りながら、淳史は深くため息をついた。
彼の痛風が再発するのが先か、それとも圧政に耐えかねた国民によって国が滅ぶのが先か。
どちらにせよ、そのツケを払わされるのは、いつも何の罪もない人々だ。
淳史は暗い地下室で、遠い国の見知らぬ人々に思いを馳せ、静かに同情した。




