表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲上タッチ ~触れるだけで、命を救う。神の力を宿した青年が世界を変える、奇跡の物語。~  作者: 団田図


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/60

第33話 ミラクルタッチ

 ニューヨーク、マンハッタン。

 摩天楼の谷間を縫うように、一台のリムジンが走っていた。

 後部座席には、イカロス財団の「ゴールデントリオ」が揃っていた。理事長の真千子、元刑事で現在は調査・警護担当の隆史、そして施術者の淳史だ。

 今回のクライアントは、ウォール街の帝王と呼ばれる大富豪、ロバート・マクンガイア。

 原因不明の衰弱により寝たきりとなり、余命幾ばくもないという。世界中の名医が匙を投げた末、イカロスの特別枠を当時のレートで数十億円という破格の金額で落札したのだ。


 ハドソン川を見下ろす広大な屋敷に通されると、そこは重苦しい空気に包まれていた。

 ベッドに横たわるロバートは、かつての威厳は見る影もなく、骸骨のように痩せ細っていた。

 その枕元には、長男のエドワードが立っていた。仕立ての良いスーツを着ているが、その目は笑っていなかった。

「父はもう長くありません。無駄なことだとは思いますが……まあ、好きにやってください」

 エドワードは冷ややかな視線を投げかけてきた。

 淳史はロバートの元へ歩み寄った。

「……原因不明とのことですので、治せる確証はありません。ですが、全力を尽くします」

 淳史がロバートの冷たい手を握る。

 ――タッチ。

 瞬間、淳史は眉をひそめた。

 体の中を巡る、ドス黒い異物感。これは病気ではない。外部から継続的に投与された「毒」だ。

 淳史の力は、その毒素を分解し、破壊された内臓機能を一瞬で修復していく。

 数秒後。

 ロバートが大きく息を吸い込み、カッと目を見開いた。

「……おお、体が軽い! 力が漲ってくるぞ!」

 ロバートがベッドから起き上がった。その顔色は瞬く間に紅潮し、声には往年の張りが戻っていた。

 部屋中がどよめき、医師たちが十字を切る中、ただ一人、長男のエドワードだけが青ざめていた。

(馬鹿な……。あの毒は、最新の科学で合成された完全犯罪用の毒薬だぞ。それを一瞬で消したというのか?)

 遺産相続を急ぐあまり、父親に毎日少しずつ毒を盛っていたのは、他ならぬエドワードだった。

 彼は淳史を睨みつけた。

 余計なことを。あと数日で父は死に、莫大な遺産は俺のものになるはずだったのに。

 こいつさえいなければ。

 エドワードの瞳に、昏い殺意の炎が灯った。


 任務を終えた一行は、その日のうちに帰国の途につくことになった。

 JFK国際空港のプライベートジェット専用ターミナル。

 淳史たちがチャーター機に乗り込もうとした時、エドワードが見送りに現れた。

「素晴らしい奇跡でした。父に代わってお礼を言います」

 エドワードは恭しく頭を下げたが、その口元には不敵な笑みが張り付いていた。

「ああ、そうそう。感謝のしるしに、お土産を荷室に入れておきましたよ。驚かないでくださいね」

「……それはどうも」

 淳史は背筋に寒気を感じたが、軽く会釈をしてタラップを登った。

 隆史もまた、鋭い視線をエドワードに向けていた。元刑事の勘が、何らかの危険信号をキャッチしていたが、具体的な証拠はない。

 

 飛行機が離陸し、眼下にニューヨークの夜景が広がった頃。

 機内では、真千子が空港で買ったハンバーガーを広げていた。

「んー! やっぱり本場のバーガーは肉々しくて最高ね!」

 彼女はプラスチックカップに注いだ赤ワインをあおり、至福の表情を浮かべた。

「隆史もどう? 半分あげるわよ」

 真千子が差し出すと、向かいの席に座っていた隆史は苦笑して首を振った。

「遠慮しておくよ。それに、ハンバーガーでワインを飲めるのは、世界広しといえど理事長くらいだ」

「あら、失礼ね。これがニューヨーカーの嗜みよ」

「聞いたことないな」

 二人が軽口を叩き合っていると、淳史もつられて笑った。元夫婦の、この独特の距離感が淳史は好きだった。

 だが、その平穏は唐突に破られた。


 ドォォォォン!!

 機体を突き上げるような衝撃音。

 機体が激しく傾き、テーブルの上のワインボトルが宙を舞った。

「キャッ!?」

「伏せろ!」

 隆史がとっさに真千子を庇う。

 警報音が鳴り響き、酸素マスクが降りてくる。

 機長からの悲鳴のようなアナウンスが入った。

『メーデー! メーデー! 貨物室で爆発発生! 油圧系統喪失! 操縦不能!』

 爆発。

 淳史の脳裏に、エドワードの「お土産」という言葉が蘇った。

 あれは爆弾だったのか。

 機体はキリモミ回転をしながら、真っ逆さまに降下を始めた。窓の外には、暗黒の大西洋が迫ってくる。

「くそっ、やられた!」

 隆史はよろめきながら立ち上がり、機体後部の収納ロッカーをこじ開けた。

 そこに入っていたのは、非常用のパラシュート。

 だが、その数は絶望的だった。

「……二人用のタンデム(二人乗り)パラシュートが、二組しかない」

 搭乗者は五名。

 機長、副機長、真千子、淳史、そして隆史。

 定員は四名。一名足りない。

 機体は激しく揺れ、高度計の数字が死へのカウントダウンのように減っていく。

 議論している時間はない。

「機長! 副機長! こっちへ!」

 隆史はコックピットから這い出してきた二人を呼び寄せると、テキパキと指示を出した。

「機長は淳史くんと! 副機長は真千子と飛んでくれ! 急げ!」

「た、隆史さんはどうするの!?」

 淳史が叫ぶ。

 隆史はパラシュートのハーネスを機長たちに装着させながら、ニカっと笑った。

「俺は残る。誰かがハッチを開けて、最後まで見届けなきゃならないからな」

「駄目よ! そんなの認めない!」

 真千子が隆史の腕を掴む。その目は涙で潤んでいた。

「あんたも来なさいよ! 三人で掴まれば……」

「重量オーバーでパラシュートが開かない。全員死ぬぞ」

 隆史は冷静だった。SAT時代、数々の死線をくぐり抜けてきた男の顔だった。

 彼は真千子の肩を強く抱き寄せ、耳元で囁いた。

「……淳史を頼んだぞ。あいつは世界の宝だ。絶対に死なせるな」

「隆史……っ!」

「行けッ!!」

 隆史は非常ハッチを蹴り開けると、機長と淳史のペアを、続いて副機長と真千子のペアを、強引に機外へと突き落とした。

 強烈な風圧と共に、四人が闇夜へと吸い込まれていく。

 ハッチの縁で、隆史は一度だけ手を振り、そして遠ざかっていった。


 パラシュートが開く衝撃。

 淳史と真千子たちは、海上ではなく、海岸線に近い荒野へと流されていった。

 着地。

 機長たちの熟練した操作のおかげで、怪我なく地面に降り立つことができた。

 だが、真千子はハーネスを外すなり、空を見上げた。

 遥か上空。黒煙を上げて墜ちていく機体が見える。あの中に、隆史がいる。

「隆史……! 嫌よ、死なせない!」

 真千子は頭を抱え、必死に思考を巡らせた。

 何か方法はないか。彼を助ける方法は。

 物理的に不可能だ。パラシュートはない。飛行機は海へ突っ込む。仮に海面に不時着できたとしても、あの損傷具合では着水と同時にバラバラになるだろう。

 死ぬ。確実に死ぬ。

 諦めかけたその時、真千子の脳裏に狂気じみたアイデアが閃いた。

 常識ではあり得ない。物理法則を無視した賭け。

 だが、イカロスには「非常識」を現実に変える切り札がある。

「淳史!」

 真千子は叫んだ。

「準備しなさい! 隆史を受け止めるわよ!」

「えっ、どうやって!?」

 真千子は震える手でスマホを取り出し、リダイヤルした。

 繋がれ。頼むから繋がってくれ。

 

 墜落する機内。

 隆史は傾いた座席に座り、最後のタバコをくわえていた。火をつけるライターが見当たらないのが残念だ。

 高度計は残り二〇〇〇メートルを切っている。あと数分で海面に激突する。

 その時、胸ポケットのスマホが震えた。

 画面には『真千子』の文字。

 隆史はふっと笑い、通話ボタンを押した。

「……飛行機の中で電話に出たら、電波法違反で怒られるんだけどな。まあ、今はいいか」

 風切り音と警報音がうるさい中、隆史は穏やかに語りかけた。

「最後に君の声が聞けて嬉しいよ。淳史は無事か?」

『ちょっと何言ってるのよ! センチになってる暇はないわ!』

 スピーカーから、真千子の怒鳴り声が響いた。

『いい、よく聞いて! 今すぐそこから飛び降りなさい!』

「はあ? パラシュートが無いんだぞ。自殺しろってか?」

『違うわよ! 飛び降りて、淳史の位置に落ちてくるの! 着地の瞬間、淳史にタッチされれば助かる可能性があるわ!』

 隆史は絶句した。

「……正気か? 高度一〇〇〇メートル以上からの自由落下だぞ。終端速度は時速二〇〇キロを超える。地面に激突した瞬間、俺の体はトマトみたいに弾け飛ぶ。タッチする暇なんてない」

『あんたの体はトマトより頑丈でしょ!』

 真千子の声は真剣そのものだった。

『淳史のタッチは一瞬よ。体が砕ける速度と、治る速度。……治る方が勝てば、生き残れる!』

 無茶苦茶な理論だ。

 細胞が破壊されるスピードと、再生するスピードの競争。

 コンマ一秒でもズレれば即死。いや、合ったとしてもショック死する可能性が高い。

 だが。

 隆史は窓の外を見た。このまま機内にいれば、爆発炎上して終わりだ。生存率はゼロパーセント。

 それに比べて、真千子の狂った作戦の生存率は……限りなくゼロに近いが、ゼロではない。

「……分かった。乗ったよ、その賭け」

 隆史はシートベルトを外した。

「わかった、真千子。……もしトマトになったら、ケチャップにして食べてくれ」

『馬鹿言ってないで! GPSで位置を送るわ! スマホのライトで照らしながら淳史が手を伸ばして待ってる! 迷わず飛び込んでらっしゃい!』

 

 隆史はハッチの前に立った。

 眼下には、豆粒のような明かりが見える。あそこか。

 恐怖はなかった。むしろ、この土壇場でこんな無茶な作戦を思いつく元妻への愛おしさと、それに応えようとするアドレナリンが全身を駆け巡っていた。

「行くぞッ!」

 隆史は空へ踊り出た。

 

 轟音。

 風が全身を叩く。呼吸ができない。

 隆史は手足を広げ、姿勢を安定させながら落下した。

 時速二〇〇キロ。新幹線並みの速度で地面が迫ってくる。

 目指す一点。スマホのライトが点滅している場所。

 あそこに淳史がいる。

 視界が狭まる。意識が飛びそうになる。

 だが、隆史は目を見開いた。

 見える。

 地面で、淳史が両手を空に向けて広げている。

 まるでキャッチャーのように。

(受け止めろよ、淳史……!)

 隆史は体を一直線にし、弾丸のように突っ込んだ。

 

 地上。

 淳史は空から降ってくる黒い点を見つめていた。

 怖い。

 もしタイミングが遅れれば、目の前で隆史さんが肉塊に変わる。

 でも、やるしかない。

 姉ちゃんが信じた。隆史さんが信じてくれた。

 なら、俺が応える番だ。

 淳史は集中力を極限まで高めた。

 来る。

 速い。

 あと一〇〇メートル。

 五〇メートル。

 一〇メートル。

 今だ!

 

 ドォォォォォン!!

 

 隕石が落ちたような衝撃音と、土煙が舞い上がった。

 地面が揺れ、真千子は吹き飛ばされそうになりながらも目を凝らした。

「隆史! 淳史!」

 土煙の中、クレーターのようになった中心地に、二つの人影があった。

 一人は座り込み、もう一人は仰向けに倒れている。

 真千子は転がるように駆け寄った。

 仰向けに倒れているのは隆史だ。服はボロボロに裂け、体中が血まみれに見える。

 だが。

 その胸が、大きく上下していた。

「……い、てて……」

 隆史が呻き声を上げ、ゆっくりと上体を起こした。

 骨折一つしていない。内臓破裂もない。

 着地の瞬間に全身が粉砕されたはずの肉体は、淳史の神速のタッチによって、破壊と同時に再生されていたのだ。

 死と再生のデッドヒート。淳史が勝ったのだ。

 傍らで、淳史は肩で息をしながら、へたり込んでいた。

「……し、死ぬかと思った……」

 淳史の手は震えていたが、その顔にはやり遂げた男の笑みがあった。

 隆史は自分の体を触り、生きていることを確認すると、空を見上げて深く息を吐いた。

「……危うくミンチになるところだった」

 その言葉に、真千子は涙を拭いながら、いつもの憎まれ口で返した。

「あら。あんたをバンズで挟んでも、筋っぽくて美味しくなさそうね」

 一瞬の静寂の後、三人は顔を見合わせ、堰を切ったように笑い出した。

 狂った夜の、狂った奇跡。

 生きていればこそ、笑えるのだ。


 後日談。

 JFK空港の監視カメラには、チャーター機の荷室に爆発物を積み込むエドワードの姿がばっちりと映っていた。

 彼は殺人未遂と航空機爆破の容疑でFBIに逮捕された。

 父親は健康を取り戻し、エドワードは廃嫡。彼は重罪人として、一生を刑務所の冷たい壁の中で過ごすことになった。

 皮肉にも、彼が父に盛っていた毒よりも、彼自身の悪意という毒の方が、彼自身の人生を蝕んでしまったのだ。

 

 日本へ帰国した淳史たちは、いつものように財団での業務に戻った。

 だが、あの日以来、隆史を見る淳史の目は、そして淳史を見る隆史の目は、以前よりも深い信頼の色を帯びていた。

 空から降ってくる信頼を受け止めた絆は、地上のどんな重力よりも強く、二人を結びつけていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ