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雲上タッチ ~触れるだけで、命を救う。神の力を宿した青年が世界を変える、奇跡の物語。~  作者: 団田図


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第9話 設立日の誓い

 その日、東京のホテル会場は異常な熱気に包まれていた。

 公益財団法人「イカロス」設立記者会見。

 政府が後ろ盾となり、未知の治癒能力を持つ青年を擁する組織が発足する。そのニュースは瞬く間に世界を駆け巡り、会場には国内外から数百人のメディアが押し寄せていた。

 焚かれるフラッシュの光が、まるで白い壁となってステージを照らし出す。


「……以上が、当財団の概要となります」


 演台に立った真千子は、無数のレンズを前にしても動じることなく、設立趣旨と「タッチ」と呼ばれる治癒行為の全容を読み上げた。

 しかし、説明が終わるや否や、会場の空気は疑念の色に染まった。


「インチキだ! そんな魔法みたいな話、信じられるわけがない!」

「税金を使った詐欺じゃないのか! 証拠を見せろ!」


 怒号に近いヤジが飛ぶ。当然の反応だった。現代医学を根底から覆す話を、言葉だけで信じろという方が無理な話だ。

 だが、真千子にとって、この反応は完全に想定の範囲内だった。

 彼女は冷ややかな視線を記者たちに向けたまま、静かに口を開いた。


「言葉よりも、現実をご覧いただきましょう。本日、最初の『被験者』をゲストとしてお招きしています」


 真千子が舞台袖を示した。

 会場の視線が一斉に注がれる中、一人の女性が姿を現した。

 その瞬間、会場がどよめいた。


「あれは……まさか、フィギュアスケートの?」

「加奈子選手だ……!」


 現れたのは、去年の冬季オリンピックで日本中を感動と悲劇の渦に巻き込んだ、フィギュアスケーターの加奈子だった。

 メダル確実と言われたフリー演技の最終盤。ジャンプの着氷に失敗し、激しく転倒。診断は胸椎九番損傷による脊髄損傷。下半身不随となり、二度と氷上には立てないと宣告された悲劇のヒロイン。

 つい先日も、車椅子バスケットボールのイベントに車椅子姿で参加していたはずの彼女が、今、そこに立っていた。


 車椅子ではない。

 松葉杖も、介助者の手も借りていない。

 彼女は自分の二本の足で、ヒールの音を響かせながら、確かな足取りでステージの中央へと歩みを進めたのだ。


 罵声を浴びせていた記者たちが、息を呑んで沈黙する。

 シャッターを切ることすら忘れ、その「歩行」に見入っていた。


 マイクの前に立った加奈子は、紅潮した頬で客席を見渡した。


「皆様、ご覧の通りです。私は……奇跡を受けました」


 震える声だったが、そこには確固たる真実の響きがあった。


「医学的にはあり得ないと言われました。一生歩けないと絶望していました。でも、奇跡の『タッチ』が、私の壊れた神経を、失われた未来を繋いでくれたのです。いまだに夢ではないかと怖くなりますが、この足の感覚は本物です」


 加奈子は一度言葉を切り、強く前を見据えた。


「私はここに宣言します。来季のオリンピック、必ず出場し、あの時落としたメダルを取りに行きます」


 その宣言がされた瞬間、会場は爆発したような騒ぎになった。

 シャッター音が嵐のように降り注ぐ。

 疑いは驚愕へ、そして熱狂へと変わった。もはや誰も、これをインチキだとは言わなかった。目の前の「奇跡」は、あまりにも圧倒的だったからだ。


 翌日。

 世界中のトップニュースは「奇跡の帰還」一色となった。

 肯定的な意見、賞賛の声。一方で、やはり科学的根拠がないとする批判や、ドーピングの一種ではないかという懐疑的な記事も踊った。

 世界は一夜にして、奇跡の施術を認知し、揺れ動いた。


 その日の夜。

 喧騒から離れた財団の執務室で、真千子は窓の外に広がる東京の夜景を見下ろしていた。

 背後のソファには、疲れ切った様子の淳史が座り込んでいる。


「姉ちゃん……これでよかったのかな」

「ええ。もう後戻りはできないわ」


 真千子は振り返り、弟を見つめた。

 かつて引きこもっていた弟は、今や世界の注目の的となり、救世主として崇められようとしている。

 だが、光が強ければ強いほど、落ちる影も濃くなる。

 これから富や名声、そして尽きることのない人間の欲望が、この部屋に流れ込んでくるだろう。

 その濁流に飲み込まれないために、真千子はずっと考えていた「あるルール」を口にした。


「淳史。約束して」

「何を?」

「今後、何があっても……私にはタッチをするな」


 淳史が怪訝な顔をした。

「なんでだよ。姉ちゃんだって、いつ病気になるか……」

「だからこそよ」


 真千子は弟の言葉を遮った。その瞳には、氷のような冷徹さと、悲痛なほどの決意が宿っていた。


「私はこの『イカロス』の舵取り役。あんたの力を管理し、守る立場の人間よ。その私が奇跡の恩恵に浴して、死や病の恐怖から逃れてしまったら……私は正常な判断ができなくなる」

「姉ちゃん……」

「私は人間として老い、病み、死んでいく。その恐怖を持っているからこそ、あんたの力を欲しがる人々の気持ちを理解し、同時に冷静に線を引くことができるの。これは私の戒めであり、欲に溺れないための足枷よ」


 もし私が不老不死のような安心感を得てしまったら、きっと私は怪物になる。かつての鈴子のように。

 だから、私だけは人間であり続けなければならない。


 淳史は姉の覚悟を悟り、寂しげに、しかししっかりと頷いた。

「分かった。約束する」


 真千子は一つ息を吐き、デスクの上に置かれた真新しいパンフレットを手に取った。

 表紙には、ギリシャ神話をモチーフにしたロゴマークと共に、財団の理念が刻まれている。

 それは、太陽を目指して空を飛んだイカロスの翼が、今度こそ溶け落ちないようにという、彼女なりの祈りの言葉でもあった。


---


公益財団法人イカロス


【基本理念】

未知なる治癒の力をもって人類が幸福に暮らせる世界になるよう貢献します


【基本方針】

・公正公平な治癒力の提供を目指す

・法令順守し健全な組織を目指す

・財務諸表を公開しクリーンな経営を目指す

・収益の大半を医療福祉へ助成し研究開発と人材の育成に寄与する





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