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魔力の放出と、魔力切れ

 ソフィアの全属性という驚くべき魔力情報は、貴族人名録には記されるものの秘匿されることになりました。一般に知らされるものではなかったので、翌日からは一見、フレイザー伯爵家は普通の生活に戻ったように見えていました。


 しかし、ソフィアの日々は一変していました。ドン先生は、王都滞在中は毎日タウンハウスへやって来て、ソフィアに魔力放出の練習をさせてくれました。


「ソフィア様は、聖属性の魔法を使える。これは素晴らしい適性です。聖属性は、溜まりすぎた魔力を大気中に放出するのに、最も適しているのですよ」


 ドン先生は、その温かい手で、ソフィアの手をそっと包み込みました。


「呪文は、簡単でいいでしょう。『我が魔力と引き換えに、この大気を浄化し賜え』。さあ、言ってみましょう」


 ソフィアは、ドン先生に促されるまま、タウンハウスの二階のベランダに出ました。冷たい冬の空気が頬に触れます。ソフィアはまっすぐに立ち、両手を空に向かって広げ、そして、教えられた呪文を、小さな唇から唱えました。


「えっと『我が魔力と引き換えに、この大気を浄化し賜え』」


 その言葉が、ベランダの向こうの空気に触れたとたん、奇跡が起こりました。  周囲の空気が、まるで、無数の小さな鏡でできているかのように、キラキラと、まばゆく輝き始めたのです。それは、かつて収穫祭でソフィアの身体を包んだ光よりも、遥かに強く、清らかな、純粋な魔力の輝きでした。


 放出された聖なる力が、一気に大気に解け出し、ソフィアの小さな身体から、全ての魔力が、絞り出されてしまいました。  そして、ソフィアは、その眩しい光の中で、意識を失ってしまったのです。


 ドン先生は、「素晴らしい聖魔法だ」と感激し、一瞬その光の奔流に立ち尽くしましたが、すぐに意識を失って倒れかかったソフィアを抱きかかえました。


「しまった……! 大気の浄化は、ソフィア様には大魔法に過ぎたようだ!」


 ドン先生は、軽いソフィアを抱えたまま、急いで彼女をベッドに寝かしつけました。そして、血相を変えて、伯爵に報告するために執務室へと走ったのでした。  知らせを聞いたジェイムズ伯爵は、驚きで顔色を変え、すぐさまソフィアの寝室へと駆け付けました。ベッドの上でぐったりと眠る愛娘を見て、伯爵は心臓が掴まれる思いでした。


「ソフィアは! ソフィアはどうしたのだ、クリントン卿!」


 ドン先生は、額の汗を拭いながら、力強く説明しました。


「伯爵様、ご安心ください。ソフィア様は、ただの魔力切れで寝ておられるだけです。魔力が回復すれば、自然に目を覚まされます」


 しかし、安堵したのも束の間、伯爵の顔には、すぐに非難の念が浮かびました。


「クリントン卿! 幼子に、いきなり大気の浄化とは大魔法に過ぎたのではありませんか!」


 伯爵の厳しい言葉に、ドン先生は深々と頭を下げました。その姿は、宮廷魔法使いの威厳をかなぐり捨てた、ただの老人に過ぎませんでした。


「……誠に申し訳ない。ベランダに出て、あれほどの広範囲の大気の浄化を試みさせるのは、私の判断の過ちでした。ソフィア様には、確かに早すぎました」


 王宮の魔術師は、己の軽率な判断を心底悔いながら、ソフィアの小さな寝顔を、そっと見つめ「この子は特に聖魔法が得意なのかもしれないな」と小さく呟きました。


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