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キャラバンの到着

 荷物を降ろして軽くなった箱舟は、再び空を舞い、静かにフレイザー伯爵邸の裏庭に戻されました。今はもう、ただの大きな木製の器であるその船は、旅の塵を払い、緑の中に横たわっていました。


 伯爵は、庭の隅で、その空の船を眺めていました。フレイザー領は王国の有数の穀倉地帯とはいえ、領民の分を切り崩して行った今回の支援で、領地の余剰は、もはや底を突きかけています。さらなる支援が必要となれば、それは領民の生活を削ることになるという冷たい感触が、伯爵の手元に残りました。 領民には節約を呼びかけてはいるものの、これ以上の自己犠牲を強いることは、領主としての良心が許しません。


 その頃、大地を這うように進んでいた穀物キャラバンの本隊は、ようやく王都の姿を水平線に見据える位置にありました。明日か明後日には、王都の門をくぐることでしょう。


 その夜、事件は起こったのです。


 闇の中から、獣の皮を纏い、盗賊を思わせる薄汚れた服装の集団が、唸り声と共にキャラバン隊に襲いかかりました。 しかし、彼らの動きは、飢えた野盗のそれではありませんでした。個々の服装は不揃いであっても、隊列の動きは無駄がなく、一糸乱れぬ統率が取れていました。


「ようやく来たか」


 襲撃を想定し、準備を整えていたチャールズ率いる護衛部隊は、待ちに待った出番だとばかりに、勇躍して迎え撃ちました。彼らの士気は高く、盗賊に偽装した兵など敵ではありませんでした。 戦闘はあっという間に終結し、盗賊と思しき者たちの多くが捕虜となりました。


 チャールズは、リーダー格の男の頑強な体を検め、確信しました。


「筋肉の付き方、剣の運び。これは、盗賊ではない。兵士だ。どこかの領の者が、命令を受けて襲ってきた。計画的な襲撃だ」


 その静かな断言は、彼の周りの空気を、戦場の熱から、政治の冷たさへと変えました。


 キャラバン隊がもたらした大量の穀物は、その後、王都の穀物商に順次納品され、店頭に並び始めました。 フレイザー伯爵が設定した価格は、飢餓で高騰していた王都の相場を一気に冷やし、市場に新鮮な風を吹き込みました。暴落を恐れた一部の買い占め商人や貴族は、慌てて隠匿していた穀物を吐き出し、市場は一時的に飽和状態となり、王都における飢餓の脅威は遠のきました。


 しかし、真の戦いは、王宮の地下で始まっていたのです。


 捕らえられた偽装盗賊たちは、王宮の地下牢に収容されていました。チャールズは自ら尋問に当たっていましたが、彼らは誰一人として口を割りません。冷たい石壁と闇の中で、彼らの沈黙は岩のように固く、容易に崩せそうにありませんでした。


 その地下牢の重い空気の中に、ソフィアがやってきました。彼女は、静かにチャールズに問いかけました。


「チャールズ。その者たちは、心を閉ざしていますね。聖魔法を使えば、真実を話してもらえるかもしれません。聖魔法は人々の心を癒し清浄なものにする働きがあります。清浄な心の良心に働きかけることで悪事の内容を話す場合があるのです」


 チャールズは、ソフィアの持つ力の新たな可能性に希望を見出しましたが、すぐに躊躇しました。


「ソフィア、君にやってもらえるかい? 君の力は、その、あまりに多彩で強大だ」


「私でもできますが、ここは聖堂から聖魔法使いを招聘して手伝ってもらうのが良いと思います」


 ソフィアの瞳は、曇りなく澄んでいました。彼女の心には、「全てを自分の力で解決しては、セドリック殿下の立場を奪いかねない」という、細やかな、しかし確固たる配慮がありました。王の裁きは、王の言葉でなければならない。


「ソフィア、あてがあるのかい?」


「はい。私の聖魔法の師匠であるモラッティ師であれば、申し分ないと思います。彼は、真実を偽りなく見極めることができる、賢明な方です」


 チャールズは、ソフィアのその深慮に、自らの未熟さを恥じ入る思いでした。彼はすぐに聖堂へ使者を送り、セドリック殿下の名前でモラッティ師を王宮へ招きました。


 地下牢の奥深くで、偽装された盗賊たちは、まもなく聖なる光による、抗いがたい尋問を受けることになりました。


 翌朝、王宮の小さな尋問室に、セドリック王子、チャールズ、モラッティ師、そしてサイモンが集まりました。 サイモンは、聖職者の介入に露骨な不快感を示しましたが、「王位に仕える忠臣として、公正を証明するために立ち会う」と言い張り、尋問に臨みました。


 モラッティ師は、黙秘を続ける野盗のリーダー格の男の額に手をかざし、厳粛な詠唱を始めました。ソフィアの言った通り、聖魔法は、男の心にゆっくりと、しかし抗いがたい力で作用し始めました。


 男の顔から、恐怖と虚勢の仮面が剥がれ落ちていきます。彼の目は泳ぎ、身体は小刻みに震え、やがて、堰を切ったように言葉が溢れ出しました。


「……申し上げます。我らに指示を出したのは……」


 男の唇が震え、その視線が怯えたようにサイモンへと向けられました。聖なる光が、彼の魂の奥底にある良心を容赦なく暴き立てます。


「サザーランド公爵家の、サイモン様です」


 静寂が、部屋を支配しました。


「貴様ッ! 狂ったか!」


 サイモンがテーブルを叩き、立ち上がります。その顔は蒼白だが、目は血走っていました。


「殿下! これは陰謀です! 魔法で証言を操作しているのです!」


「お座りください、サイモン殿」


 モラッティ師が静かに、しかし厳然と言い放ちました。


「聖魔法は『偽り』を許さないだけ。彼の言葉は、彼自身の魂の叫びです」


「だ、黙れ……! 私は……私は……!」


 逃げ場を失ったサイモンの視線が、セドリック王子へと縋るように向けられます。しかし、かつて彼を頼りにしていた王子の瞳には、もはや侮蔑の色しかありませんでした。


「……連れて行け」


 セドリックの声は震えていたが、それは恐怖ではなく、決別によるものでした。


「王家の名を汚した罪、償ってもらうぞ」


 王子の命令は、王宮内に衝撃をもって響き渡りました。しかし、サイモンは捕らえられる直前、チャールズとセドリックに対し、憎悪に満ちた目で睨みつけ、「この程度で終わると思うなよ」という、王位簒奪の禍根を残す不吉な言葉を囁いたのでした。


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