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結婚の報告と拒絶

 馬車ならば早くとも二週間はかかる道のり。しかし、ソフィアの風魔法は、その長大な距離を数刻で越えました。


 ソフィアの風の揺りかごは、広大な山々や、森を越え、あっという間にフレイザー領へと近づいていきます。チャールズは、眼下に広がる緑豊かな大地を見下ろし、思わず感嘆の声を漏らしました。


「フレイザー領も、空を飛ぶと案外近いものなのだな」


 ソフィアは、その言葉に小さく微笑みました。


「私たちだけよ。他の人たちには、この距離を数刻で超えることが出来るなんて、想像もできないでしょうね」


 チャールズは、すぐに現実的な思案へと移ります。彼は、王都の食糧危機を片時も忘れていませんでした。


「ところで、どれくらいの重さまで、ソフィアは運べるんだい?」


「魔力次第だと思うけれど、明確な限界は……精霊たちに聞かないとわからないわね」


 チャールズは、わずかに顔を曇らせました。


「フレイザー領の穀物を、王都に輸送するときに、もし空を飛んで運べれば最高だなと思ったんだ」


 それは、彼の、王都を救いたいという切実な願いでした。ソフィアは、その言葉を胸に刻みました。


 そんなことを話している間に、二人は伯爵邸の目の前に、音もなく降り立ちました。


「本当に久しぶりね」


 ソフィアは、目の前の石造りの邸を見上げました。 「六歳の時に魔力鑑定で王都に連れていかれて以来だわ」 彼女が覚えていた伯爵邸の入口は、今の彼女には幾分小さく感じられました。それは、自分の内側が、あの頃よりも遥かに大きな世界を知ってしまったからかもしれません。


「今日は、ビクトリア姉様以外の家族全員が揃っているはずよ」


「そうか……」 チャールズは、ふいに、喉の奥でつぶやきました。 「何か、少し緊張してきた」


 それは、魔王との戦いを前にしても見せなかった、ある種の畏れでした。 ソフィアが、慣れた手つきで扉を開けると、すぐに召使が駆け寄ってきました。


「お帰りなさいませ、お嬢様!」


 その心からの歓迎に、ソフィアはほっと息をつきました。


「ただいま。こちらはチャールズ様、私の大切な友人です」


「存じております。ようこそお越しくださいました。こちらへどうぞ」


 召使は、二人を丁重に応接間へと案内しました。すぐに茶が出され、間もなく、フレイザー伯爵と奥方もやって来ました。 伯爵は、娘の無事な帰還に、目元を緩ませました。


「よく帰って来たソフィア。お前の部屋は、ここから出て行った時のままにしてあるよ」


 そして、チャールズに向き直りました。


「そして、王子と呼んでよろしいか」


「いえ、勘当された身ですので、チャールズと呼び捨てていただければ、十分です」


 チャールズの言葉に、伯爵は微笑みました。


「では、チャールズ。ようこそ我が伯爵邸へ」


「先日は王都での魔王出現の際に我ら伯爵家の皆の命を助けてくれて感謝をしているよ。チャールズ。ところで、王都の瘴気はどうなっている」


「出来ることをしたまでです。王都の瘴気は払い終わりましたので今日こちらへ伺いました」


 こうして、ゆっくりと会話が始まりました。 話題は、ソフィアが身につけた風魔法や聖魔法のこと、王都を離れていた間の風使いの村での暮らし、そして、人々の知るところのない、地下での魔王討伐の話など、多岐に亘りました。


 伯爵も奥方も、ただ静かに、そして興味深く、娘の不思議な体験に耳を傾けていた。その言葉の一つ一つが、彼らの知る世界の枠を遥かに超えていることを理解しながらも、彼らは娘を信じ、その力の行使が、正しい行いであったことを感じ取っていました。一家団欒のひとときが、王都の暗い影を払うかのように、応接間に満ちていきました。


 和やかな会話の途切れ目、出された紅茶の湯気が静かに立ち上るその瞬間に、チャールズは意を決したように切り出しました。


「伯爵、奥方様。実は、今日ここへお伺いしたのは、ただの挨拶のためだけではございません」


 チャールズは、ソフィアの手をそっと握り、二人は揃って立ち上がりました。


「私とソフィアは、この度、夫婦となることを誓い合いました。どうか、お二人の許しをいただきたく存じます」


 静かに、そして真摯に告げられた言葉に、応接間の空気が一瞬で張り詰めました。 伯爵は、一呼吸の間、静かに二人を見つめ返しました。その瞳には、喜びも怒りも浮かんでいない。ただ、深く、思慮に満ちた光があるだけでした。


 やがて、彼は重々しく口を開きました。


「チャールズ殿。ソフィア。その報告、残念ながら、儂は了承することはできない」


 ソフィアの顔から、一瞬にして血の気が引きました。チャールズも、その言葉に、息を詰まらせました。


「理由を、お聞かせ願えますか」 チャールズが、努めて冷静に問いかけます。


 伯爵は、ゆっくりと話し始めました。その声には、親としての愛情と、貴族としての責任が、複雑に絡み合っていました。


「一つ目の理由。チャールズ殿は今、『ただのチャールズ』だ。そして、ソフィアは、由緒あるフレイザー伯爵家の令嬢。その身分は、釣り合わぬ」


 魔王を討伐した勇者や、聖女としての力は、貴族社会の厳格な「身分」という壁を前にして、無力でありました。 そして、伯爵は、より複雑で、避けがたい現実を突きつけました。


「二つ目。仮に、君が王子という立場に戻るか、あるいは、将来的に王位を継ぐことになったと仮定しよう。そうなれば、我々フレイザー伯爵家は、ますます王家に近くなりすぎる」


 伯爵は、奥に座る妻、そして王都に嫁いだ長女ビクトリアへと想いをいたしました。


「ソフィアの姉、ビクトリアは、すでに兄王子セドリック殿下の妃。その妹が、次期王位継承者たる君の妻となれば、フレイザー家は、王家と血縁上、あまりに近すぎる勢力となる」


 彼は、嘆息するように続けました。


「それは、王国の他の大貴族、特にサザーランド公爵やスペンサー公爵家といった勢力から見れば、明らかな脅威となる。必ずや、いらぬいさかいを招きかねない。王家の内側に、血縁による偏重を生み、王国全体を不安定にさせる」


 伯爵は、両の手を広げ、深い憂いを込めて結論を述べました。


「儂は、このフレイザー家を守らねばならぬ。そして、娘たちの未来に、余計な政治の濁流を招き入れるわけにはいかない。ゆえに、この結婚を、許すことはできない」


 応接間には、重苦しい沈黙が満ちました。ソフィアは、力を込めて握られたチャールズの手の熱だけを、唯一の慰めとして感じていました。 その日はそのまま夕餉となり、ソフィアとチャールズは別々の客間で休むこととなりました。


 翌日、ソフィアの案内でチャールズはフレイザー領の中を馬車で巡っていました。村々は豊かで明るく領地運営が上手くいっていることを示していました。


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