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光と影

 モラッティ師の魔力切れや、魔物によるチャールズの受傷、ソフィアによる即時の治療などもありましたが、数日間にわたった王都の瘴気の浄化は、ついに終わりを告げました。 王都の空は、まるで分厚い泥の底から引き上げられたかのように、本来の青さを取り戻していました。風の匂いも、埃っぽさの中に、確かな生命の気配が混じるようになっていました。


 王都の瘴気をほぼ払い終わったソフィアとチャールズは、この務めに尽力したモラッティ師を伴い、王宮へ、その完了を報告に訪れました。


「何、王都の浄化が完了したと? ソフィアとチャールズ、モラッティが謁見を求めているだと?」 セドリックは顔をしかめながら言い放ちました。


 サイモンは、主君の揺れる瞳の奥に、嫉妬と恐怖の色を見逃しませんでした。彼は音もなくセドリックの背後に歩み寄り、耳元で甘く、毒を含んだ言葉を囁きました。


「殿下。今、彼らと会うのは得策ではありません」


「な、なぜだ?」


「民衆は愚かです。魔王を倒し、輝くばかりの『英雄』と、王宮で政務に疲れ切った『殿下』を並べて見れば……彼らがどちらに歓声を上げるか。火を見るよりも明らかでしょう」


 その言葉は、セドリックが抱く一番の恐怖を的確に指摘しました。王子の顔から血の気が引くのを、サイモンは薄暗い愉悦と共に見つめています。


「彼らの輝きは、殿下の威光を陰らせるだけです。ここは、『英雄』としてではなく、単なる『報告者』として扱わねばなりません」


「し、しかし、余が会わねば角が立つのでは……」


「ご安心を。汚れ役は全て私が引き受けましょう。殿下は、玉座という高みから、ただ静観なさればよいのです。……彼らが、つけあがらぬように」


 サイモンは恭しく頭を下げましたが、その口元は、獲物を罠に掛けた狩人のように歪んでいたのです。


「あ、ああ、そうだな。そうしてくれるか、サイモン。君だけが頼りだ」


 セドリックは、自らを檻に閉じ込める鍵を、自らサイモンに手渡してしまったのでした。


 ソフィア達一行は国王代行であるセドリックとの謁見は叶いませんでした。王宮はまだ、先の混乱の余波と、目に見えぬ食糧危機への不安で、重苦しい空気に満ちています。


 代わりに応対に出たのは、側近のサイモンでありました。彼は、冷徹ともいえるほどの落ち着き払った様子で、三人を謁見の間に通しました。その目には、彼らの成し遂げた偉業に対する驚嘆も、感謝の色も浮かんでいません。


「チャールズ様、ソフィア嬢、そしてモラッティ師。ご苦労であった」


 サイモンは、淡々とした声で言いました。


「あなた方の活躍は、我々もよく承知している。王都の復興への礎づくりへの尽力は、決して忘れないと、国王代理セドリック殿下も仰せです」


 それは、あまりにも儀礼的な、心のこもらない言葉でありました。 サイモンは、値踏みするように二人を見つめ、本題に入りました。


「して、この後、チャールズ様、ソフィア様は、どうされるご予定かな?」


 ソフィアは、チャールズと視線を交わし、一歩前に出ました。


「はい。私は、久しぶりにフレイザーの領地へ戻り、両親の顔を見てこようと考えております」


「ほう。フレイザー領へ」 サイモンは、わずかに眉を動かしました。


「して、チャールズ様は?」


 チャールズは、その問いに、揺るぎない声で答えました。その声は、この冷ややかな謁見の間に、確かな熱を持って響きました。


「私は、ソフィアの赴くところに赴くと決めております。ゆえに、私も一緒にフレイザー領を訪れようと考えています」


 サイモンの目が、鋭く光りました。王位継承権を持つ者が、王都を離れ、特定の貴族の領地へ赴く。その意味を、彼は即座に理解しました。


「それはようございます。お二人とも田舎でゆっくりと骨休めをしていらしたらいかがでしょう。王都の治安は、我々にお任せください」


 サイモンは、獲物が罠にかかったかのような安堵を心の底で感じていました。 しかし、チャールズは構いませんでした。ソフィアもまた、静かにそれを受け入れています。


 二人は、この時に、フレイザー領で待つ両親へ、結婚の報告をするつもりでありました。 さて、セドリックは、謁見を求めるチャールズとソフィアに対し、ついに顔を見せることはありませんでした。


 聖堂から清めの務めを終えて戻った二人を、国王代理である己が自ら迎え、その功績を讃えるのが、本来の王家の務めであることは、彼自身、重々承知していました。 だが、冷静な気持ちで彼らと対面する自信が、セドリックにはまるでありませんでした。


 チャールズは、自らの剣と勇気で、誰も成しえなかった魔王の討伐を成し遂げた。ソフィアは、その身を捧げて瘴気を祓い、民の心を掴んだ。彼らの功績は、あまりにも眩しすぎた。 その光は、王宮に籠り、ただ政局の不安に苛まれる自分自身の「ひ弱さ」を、容赦なく照らし出す鏡でしかありませんでした。


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