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希望の飛翔

 二人が聖堂の広間へ入ると、そこは臨時の救護所と化していました。急ごしらえの寝台が並べられ、瘴気を浴びて体調を崩した人々が、青白い顔で伏せています。


 ソフィアは、その病に苦しむ人々の中央に静かに立ちました。目を閉じ、体に流れ込む精霊の気配を、生命を慈しむ光の力へと変換します。


「我が魔力と引き換えに……穢れを祓う癒しの光を放たん」


 彼女が回復魔法を放つと、一瞬、広間中に温かな光が満ちました。 それは、まるできらきらとした春の陽が差し込んだかのように、横たわる人々の肌を優しく包み込み、その奥深く、淀んでいた生気を呼び覚ましました。人々は、深い眠りから覚めたように目を開き、たちまちその顔に生気が戻りました。


 広間の異変に気づいたモラッティ師が、その光景に驚き、二人に駆け寄ってきました。


「ソフィア嬢、チャールズ殿! よくぞ、よくぞ戻ってきてくださいました!」


 チャールズは、モラッティ師の感謝の言葉を受けながら、すぐに本題を切り出しました。


「モラッティ殿。街の瘴気を祓いたい。あなたの聖魔法の力と、我々の力が合わされば、街は早く息を吹き返すだろう。協力してくれないか」


 モラッティ師は、清められた広間の空気と、立ち上がろうとしている人々を見渡し、深く頭を下げました。


「私のようなものでもお役に立つのであれば、喜んで協力いたします。何なりと、ご命令を」


「では」と、ソフィアが二人を見据えて話し出します。その声は、広間の喧騒を鎮める力を持っていました。


「私がお二人を連れて、街の上を風魔法で飛びます。その際に、瘴気はモラッティ様と、私の聖魔法で払い清めましょう。もし、瘴気の残滓に魔物が潜んでいた場合には、チャールズがその剣で討伐します。この段取りでいかがでしょうか」


「了解した!」 チャールズは剣の柄を握り、力強く答えました。


 モラッティ師は、驚きと興奮で目を輝かせました。


「私も、空を飛べるのですね!」


 その表情は、敬虔な聖職者というよりも、初めて超常の力に触れた少年のようでした。彼は、ひらひらとした袖の長い僧服を脱ぎ捨て、身軽な麻のシャツとズボンに着替えて現れました。


「大広間にいた瘴気にあたった人たちも皆元気になり、食事を済ませて、家に帰れる者は帰ったようです! さあ、早く! それでは、街の瘴気を祓いに参りましょう!」


 モラッティ師は、早口でまくし立て、今にも飛び出そうとする勢いでした。ソフィアとチャールズは顔を見合わせ、静かに笑みを交わしました。 王都の再生という、長く困難な務めが、今、三人の力によって始まろうとしていました。


 ソフィアが風の精霊たちに願いをかけると、柔らかな風の揺りかごが三人を取り囲みました。モラッティ師は驚きに声を上げそうになりましたが、隣のチャールズが支えると、すぐにその感覚に慣れたようでした。


 彼らが街の上空を飛び立つと、眼下に広がる王都の様子が、くっきりと見えました。


 黒い霧のように見える瘴気は、聖堂を中心にして、同心円状に広がっていったことがよく分かりました。それは、まるで、水面に墨を垂らした後のように、徐々に、しかし確実に、街の隅々まで染み渡っていたのです。


 特に、窪地になったところ。水の流れが滞り、貧しい人々の住まいが密集するそうした場所には、瘴気がまだ厚く、重く残っていました。空気はよどみ、黒い霞が地表を這っています。


「あそこです、ソフィア嬢!」モラッティ師が指差します。 彼らは上空で風に身を任せながら、それぞれの力を放ちます。


 ソフィアとモラッティ師が力を合わせ、きらきらと輝く聖なる光の波動を放ちます。それは、泥水を清めるかのように、瘴気をたちまち蒸発させ、空気から毒を抜き去っていきます。聖魔法は、根深い「怨」の澱みを払うには、最も適していました。


 しかし、水が溜まっているような場所は、もはや瘴気の沼と化していました。そこには、毒された気配を吸い込んで変異した、動物たちのなれの果てがいました。カエルのような、ネズミのような、しかし、ありえないほどに醜く、魔物に変じています。


「見つけたぞ!」


 チャールズは、空中で体勢を崩さぬよう注意を払いながら、腰の剣を抜き放ちました。風に乗って一気に滑空し、煌めく一閃で魔物を討ち果たします。彼の剣は、淀んだ瘴気を引き裂き、魔物を元の動物の魂へと還していきました。


 この作業は、彼らが考えていたよりも、遥かに根気がいるものでした。


「これは急いでやっても、数日はかかる」


 チャールズがつぶやき、ソフィアも頷きました。瘴気は、街の路地の隅々まで詰まっていたのでした。


 初日の作業を終え、三人は聖堂へと戻りました。 モラッティ師の魔力は、初めての本格的な聖魔法の使用と、空を飛ぶという経験で、だいぶ減っていましたが、彼は顔を紅潮させ、喜びを隠せない様子でした。


「食事をして、ゆっくり眠れば大丈夫です。また明日の朝には力が戻ることでしょう」


 モラッティ師はそう言い残し、聖堂の自室へと戻っていきました。 ソフィアとチャールズは、この夜も聖堂の客室へ泊めてもらうこととなりました。


 翌日も、その翌日も、三人は王都の空を飛びました。 彼らが頭上を通り過ぎる度に、街には清らかな風が吹き抜け、淀んだ空気が入れ替わります。


 街に住む多くの人々が、空を見上げていました。


 黒い瘴気の中を、三つの人影が飛び回り、光と剣を振るう。それは、かつての闇に囚われた人々の目には、希望の奇跡そのものとして映っていました。 「ソフィア様が街を蘇らせてくださる」 彼らは、その姿をただ静かに、あるいは感極まって涙しながら、見つめていました。


 三人が空を駆けるたび、王都の色彩は濃くなり、人々の顔には、確かな生気が戻っていきました。


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