浄化
地下深き、瘴気に満ちた聖殿の奥。玉座に座す魔王と、その前に立つチャールズとソフィア。ソフィアの体には、すでに清冽な聖魔力が満ち、発動の瞬間を待っていました。
チャールズは、玉座の黒い影を見据え、問いかけました。
「魔王よ、なぜ目覚めた。お前は、結界の中で大人しく眠り続けることも出来たのではないか」
魔王の、低く重い声が、地下空間に響きました。それは、苦痛と諦念に満ちた、人の声ともつかぬ響きでした。
「我が子孫チャールズよ、お前たちが『地脈の怨』と呼んだ、儂に殺された魔法使いども……その怨みの塊を浄化した時に、我が罪をも滅し去ることができる『聖女』が現れたことを知ったのだ」
魔王は、黒い手をかざしました。
「魔として存在しているということは、想像を絶する苦しさなのだ。我が愛する臣民を、儂自身が苦しめてしまうのだから」
「魔王よ、なぜ魔法使いの惨殺をしたのだ」
チャールズの問いに、魔王は深いため息をつきました。その息さえも、空間を歪ませるほどの重さを持っていました。
「贖罪の意味も含めて、お前に教えよう。あの時代、魔法使いが大勢いた時代だ。その魔法使いの中に、魔法の使い方を誤り、人を騙し、人を殺し、子供を攫う……そういった、悪しき輩が間違いなくいたのだ」
魔王の視線は、遠い過去を見ているようでした。
「平和だった王都では、魔法使いの犯罪に怯えていた。儂も、大多数の魔法使いが無実であることは判っていた。しかし、悪党の魔法使いと、そうでない魔法使いを、区別する方法が無かったのだ。また、魔法というものは、聖女ソフィアにはよく分かるだろうが著しく強力な武器になり得る。そして、それを使って無辜の民を虐殺する魔法使いも現れたのだ」
魔王は、自らの黒き手を見つめました。
「結果として、儂は、すべての罪は自分で背負うと決めて、『魔女狩り』を始めたのだよ」
チャールズは、その重い告白に、思わず呟きました。
「施政者としては、あまりに乱暴に過ぎますね。良き魔法使いを味方につけ、悪しき者を捜査させればよかったものを」
「我が子孫よ、お前も力あるものが現れたらその監視を怠るなと言われているだろう。その教えは儂の教訓からできたものだ。だが儂の世には魔法使いが多すぎた」
そして魔王は「さあ聖女よ、儂に聖なる裁きの光を与えよ」と言い捨てました。
ソフィアは、その魔王の言葉を聞いて、すでに今にも放たれんばかりに脈動していた彼女の全身を巡る聖なる力を放つ準備は完了していました。 そして、空間に、重い沈黙が訪れます。その瞬間――。
「聖なる裁き!」(ホーリー・ジャッジメント)
ソフィアの、清らかな、しかし、決然とした声が響き渡りました。
幾千もの、輝く聖なる光の槍が、一斉に魔王の体を貫きます。黒い塊は、悲鳴を上げる間もなく、その光に侵食され、崩壊していくではありませんか。魔王の体と魂は、瞬く間に滅し去られ、地下を満たしていた瘴気も、たちまち薄らいでいきました。
「まだどこかに魔王の残滓があるかもしれないので、油断はできませんが……魔王を滅しました」
ソフィアが、深く息を吐きながら言いました。 その時、チャールズが、玉座のあった場所に、一つの黒い球体が残されているのを見つけました。
その時、風が告げました。 「あの玉座の黒い球は、魔王の核だよ。あの核は、王家の血を継ぐチャールズ様の血を以って清める必要があるの。ソフィアの聖魔法ではあの核には無力だよ」
チャールズはまったくためらいませんでした。
彼は、腰の剣を抜き、自らの腕に一閃します。温かい鮮血が、傷口から滴り落ち、その血液を、真っ黒な、魔力の塊である核に振りかけると、核は、一瞬にして、苦しげな煙を上げて消え失せました。
聖殿の地下に、清らかな風が、初めて吹き抜けたような気がしました。 チャールズの腕に出来た傷はソフィアの治癒魔法で即座に治療されました。




