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ただのチャールズの告白

 ソフィアは、風使いの村の長の家で、ようやく魂のやすらぎを得ていました。


地脈の怨(ちみゃくのえん)」との激しい戦で深く傷ついた心身は、この村の、風の精霊の慈愛に満ちた空気に包まれ、日々、少しずつ癒されていきました。 ソフィアがどこへ行っても、村人たちは皆にこやかに彼女を迎え、その眼差しには、戦い抜いた娘への心からの敬意と、精霊に愛されし娘に対する清らかな親愛が宿っていました。


 季節が巡り、風が少し冷たさを増してきた、ある日の夕刻のこと。 村長の家の戸口に、二つの影が立ちました。 一人は、村を出ていた若き風使い、ゼフィーリア。そして、もう一人。


 ソフィアは、その人物を一目見て、息を呑みました。


「殿下、何故ここに!?」


 声は、震えていました。 村長の家の中に差し込む、西日の淡い光を背負って立っているのは、薄汚れた旅装に身を包んだ、チャールズ王子その人でした。かつて、王宮のきらびやかな衣装をまとい、誇り高くあったその姿とは、あまりにもかけ離れた、変わり果てた様子でありました。


 チャールズは、まっすぐにソフィアを見つめました。


「風の精霊に許されて、ここまでゼフィーリアに連れてきてもらった」


 二人は、しばらく言葉もなく見つめあいました。ただ、風の音が、遠くで囁いているだけでした。 やがて、ソフィアは、意を決したように口を開きました。


「殿下、そのお姿は、殿下らしくないというか、一体どうなされたのですか?」


 まるで、長く厳しい旅路を歩いてきたかのような、薄汚れた布の匂い。王族の矜持とは無縁の、擦り切れた服。ソフィアは、そこに、いつかの高貴な王子の面影を見つけることができませんでした。


 チャールズは、静かに、しかし、はっきりと答えました。


「ソフィア、僕はもう殿下ではなく、ただのチャールズなんだ。話すと長くなるけれども、陛下に勘当されて、王宮から追い出された身さ」


 それは、あまりにも簡単な、身の上話でありました。しかし、その言葉の背後には、想像もつかないほどの、苦難の道のりがあったに違いありません。


「風は、何にも言っていなかったのに……」


 ソフィアは、己を愛する風の精霊が、何一つ、この異変を教えてくれなかったことに、わずかな戸惑いを覚えました。しかし、それは、この男が、精霊に許された存在であることの、何よりの証拠かもしれませんでした。


 ソフィアは、立ち上がりました。


「今、私は村長の家に身を寄せていて、心身の疲れもだいぶ取れてきたと感じています。村長の家で、殿下、いや、チャールズのお話を聞かせてくださいますか」


 そう言って、二人は、夕闇が濃くなり始めた村長の家の奥へと消えていきました。 ゼフィーリアは、そんな二人をそっと見送りました。どうなるかは、もう二人次第だと。


 ゼフィーリアが吐き出した、ごく小さな吐息が、一つ、軽い小さなつむじ風となって、土間の片隅を吹き抜けていきました。その風は、どこか、祝福めいたものを含んでいるようにも、ゼフィーリアには感じられました。


 村長の奥さんは、そっと二人の部屋にやってきて、湯気の立つ器を並べました。それは、この土地に自生する野のハーブを煎じた、素朴で芳しいお茶でした。二人がそのお茶を飲むと、体の奥から、じんわりと温かくなるような気がしました。


 ソフィアの使っている部屋は、質素ながら、明るい光が差し込み、窓からは清らかな風が流れ込んできます。その中で、二人は互いの身に起こった出来事を、つむぎ出すように語り合いました。


 チャールズは、膝の上で、かたく組んだ指を見つめていました。


「王が、君と私との婚礼を仕組んだんだ。宰相や君の父上までも巻き込んで、君が王都に戻ったら無理やりにでも結婚させようとしたのさ。僕は、それに強く反対したんだ」


 彼の声は、低く、押し殺した響きがありました。


「権力で、ソフィアを縛りつけるようなやり方は、どうしても受け入れられなかった。それが、勘当の、直接的な原因さ」


 ソフィアは、持っていた茶碗を、そっと卓に置きました。野の草花の香りが、かすかに揺れました。


「チャールズは……私と結婚することが、お嫌だったんですか?」


 彼女の問いは、風の精霊に愛された娘らしい、率直なものでした。何の回りくどさもない、まっすぐな疑問。 チャールズは、勢いよく顔を上げました。その眼差しに、迷いの色が宿りました。


「そういう意味ではないよ!」


 彼は、思わず声を大きくしてしまったことに気づき、慌てて言葉を継ぎました。


「君と私は、あくまで対等な関係でいたかったんだ。王の権力という、不公平な力で、無理やり僕の妻にするようなことは、したくなかった。もし、君が、心の底から……僕の妻になってもいい、と言ってくれれば……」


 そこまで言って、チャールズは、ぴたりと口を閉ざしました。頬が、みるみるうちに熱を持ち、赤く染まっていくのが、ソフィアの目にも分かりました。彼は、まるで、禁じられた宝物について語ってしまったかのように、視線をさまよわせました。


「いや、踏み込みすぎた。今の発言は、どうか忘れてくれ」


 ソフィアは、ただ、じっとその姿を見つめた後、静かに、しかし、はっきりと、口を開きました。


「私は、チャールズが『いい』、というのであれば、一緒になることに、異存はありませんでした」


 その声は、窓から吹き込む風のように、まっすぐで、どこまでも清らかでした。ハーブの香りが、二人の間を、そっと漂いました。


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