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フィリッポ・モラッティ

 間もなく、馬車は王都にそびえ立つ聖堂の敷地に滑り込みました。正面には天を刺すような尖塔と、巨大な薔薇窓が威容を誇っていますが、今回馬車が着いたのは裏手の通用口でした。通用口とはいえ、そこは威厳に満ちた豪華な造りになっていました。


 門番は、聖堂の私兵と見える風変わりな服装をしており、誰もが長い木の棒を携えています。馬車は門の前で一旦停止させられ、中を門番による鋭い一瞥を投げかけられた後、ようやく中へ通されました。ソフィアは、思いの外の物々しい雰囲気に、微かに息をのみました。


 チャールズ王子は、ソフィアの緊張を察したのでしょう。静かに説明を加えます。「今、この聖堂には、宗教指導者である教皇猊下がいるらしいからね。警備が厳重なのもうなずけるよ」


 建物の入口の重厚な木の扉の前には、一人の僧侶が立っていました。フィリッポ・モラッティ氏です。彼は、馬車から降りるソフィアに、恐縮するほどの丁寧さでエスコートまでしてくれました。


 裏口から入ってすぐのところに、こぢんまりとした応接室がありました。ソフィアと王子はそこへ通されました。聖堂の中では、チャールズ王子も王族としては扱われていないようです。彼らが受けるのは、僧侶が来客に払う敬意であって、王家へのそれではありません。その事実に、ソフィアは新鮮な感覚を覚えました。


 見習いと思われる若い僧侶がお茶を出してくれた後、モラッティ氏は、穏やかな、しかし芯の通った声で会話の口火を切りました。「私に用とは何でしょうか、ソフィア様、殿下」


 王子が、まず挨拶を始めました。「私は、当ガーデンハイム国の第二王子のチャールズだ。そして、こちらはフレイザー伯爵家の息女、ソフィア嬢。彼女は聖魔法の素養を持つのだが、師がおらず探していた。モラッティ殿が、聖魔法に詳しいと聞き、今日訪れた次第だ」


 ソフィアも、その言葉に続いた。「フレイザー伯爵家のソフィアと申します。聖魔法の手ほどきをしてくださる方を切に探しておりまして、モラッティ様に、良き方をご紹介いただければと思い、本日伺いました」


 フィリッポ・モラッティは、ソフィアの真摯な言葉を聞き終えると、目を細めた。「ソフィア様、あなたの評判は、すでに王都に響き渡っております。先日の森林火災において、山火事の上を飛びながら、水魔法で消火にあたった大魔法使いであると。そのあなたが、聖魔法の素養までお持ちとは……神は、実に不公平ですな!」


 そう言って、モラッティ氏は、豪快に笑いました。その笑い声は、聖堂の静謐な空気を震わせるほどでした。


 ソフィアは、その豪放な笑い声に、一瞬、面食らってしまいました。(この人は、一体どういう「器」をしているのだろう)ソフィアは、目の前の僧侶が、王族にも屈しない宗教的な権威と、力を持つ者への純粋な好奇心を合わせ持っているのを感じながら、不思議に思い、彼をじっと観察していました。


 フィリッポ・モラッティ氏は、豪快な笑いを収めると、ソフィアに向き直り、尋ねました。その視線には、魔法の根源を探ろうとする、真摯な探求の色が宿っているようです。


「ソフィア様は、聖魔法をどのように捉えておられますかな。また、これまで、どんな聖魔法を使われたことがありますか」


 ソフィアは、戸惑うことなく正直に答えました。「聖魔法は……最初に魔法の師となった方から、魔力放出の訓練として、『空気の清浄化の術』を教わりました。ただ、その方は、聖魔法の素養がある方ではございませんでしたので、それが正しい使い方だったのかは、私にはわかりません」


 モラッティ氏は、ソフィアの言葉を聞き終えると、深い笑みを浮かべました。「たしかに聖魔法らしい。ですが、魔力放出の手段として、聖魔法を使うとは、なんとも贅沢な話ですな」


 彼は、椅子に深く腰掛け、ソフィアを見据えました。その瞳には、冗談めいた調子は消え、信仰と力の真髄を見つめる、真剣な光が灯っていました。「聖魔法とは、単に人を癒すだけの力ではない。穢れを払い、世に蔓延る邪悪なものを滅する魔法です。きわめて強力で、そして、きわめて稀な力なのです」


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